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おまけ

<おまけ>母親の人生 大解剖図鑑

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※※お母ちゃんの人生なんて興味なし!毒親のこれまでなど知ってたまるか!と思ったあなたは、このページをそっと閉じましょう。※※


 お母ちゃんの心が屈折したのは、大分早い時期だ。

 女傑であるお母ちゃんの母親、リーチェの祖母は悪い親でもなんでもなかった。
 女公爵にならざるを得なかっただけの人だったし、娘に自分と同じものを求めてはいなかったから、最低限の教育だけはしてあとは娘の自由にさせていたのだ。

 でもそれはお母ちゃんにとっての最初の挫折だった。

 立派な母親から勉強を強要されない。
 これを母親からの失望として受け取ってしまったお母ちゃんの人生は、自己肯定感どん底からスタート。

 お母ちゃんには兄が一人いた。
 この存在がまたお母ちゃんの成長には大変よろしくなかったのである。

 女傑の息子らしく優秀な兄。
 それだって次期公爵として優秀でなければ困るからと兄が頑張った結果であり、次期公爵だからこそ女傑もまた勉強しなくていいよとは言わなかったのだが。

 兄は勉強しろと言われている。
 兄は優秀。
 すべてが自分とは対照的な兄。

 さらに卑屈になったお母ちゃんは、兄との仲も険悪となる。


 でもそこは公爵令嬢。
 二人とは違う道を歩むのよ!社交界の華になってやるわ!
 と反抗期特有の反発心やら何やら持って、意気込んで社交界デビューを果たしたお母ちゃん。

 ところが……。

 そこはお父ちゃんの予想通りだった。

 あの女傑のご令嬢でしたら、ご存知かと思いましたわ。
 いやぁ気付かなかったな。女傑のご令嬢がこのように可憐な方だったとは。

 どこへ行っても、耳にするのは母親の話ばかり。
 称賛もあれば嫌味もあったわけだけれど。
 卑屈なお母ちゃんだから母親への称賛だって全部自分への嫌味に聴こえてしまった。

 こんなお母ちゃんだから。
 高位貴族を貶めるいい機会を得たと気付いた悪意ある貴族たちがわらわらと寄って来て。

 どこの社交場に顔を出しても、貴族らしい遠回しな嫌味を言われ、くすくすと笑われる日々。

 そうは言っても公爵令嬢。王族の次には偉い貴族様だ。
 公爵令嬢に何かしたとあれば、その貴族は無事では済まない。
 ただ不興を買ったという理由だけでも、十分に罰せられたのだ。

 だからお母ちゃんはここで、母親か兄に泣き付いておくべきだった。
 けれども残念ながらそれが出来なかったお母ちゃん。

 リーチェに甘えて欲しい!と願ってきたお母ちゃんだけど。
 実は甘えられなかったのもまた、お母ちゃん自身で。

 これ以上母親に失望されたくない!という想いの強かったお母ちゃんは、何も言えぬまま結婚へと逃げることにした。

 若くして大臣になったあの方なら。
 それに侯爵だからうちよりは下だもの。
 きっと女傑のような働きを求めずに、楽な暮らしをくれるわよね?

 とことん読みが甘かったお母ちゃん。
 そこには勉強嫌いも影響していたのかもしれない。

 期待した男は、母親の言いなりの息子で、しかもその母親は女傑に憧れていた一人だったのだ。
 女傑に憧れ、女傑のように働きたいと、息子から当主の仕事を奪っちゃう義母の登場に、お母ちゃんの心は荒れに荒れた。
 (そんな推し活の延長みたいなものに振り回されていたとは露とも知らずのお父ちゃん。可哀想に)

 でも推しの娘。
 ここでお母ちゃんが素直に出来ませんと言える子だったら、未来は容易に変わっていたんじゃないかと思われる。
 祖母からの好感度は女傑の娘ってだけで最初から高かったのだ。

 でも母親コンプレックスなお母ちゃんには、義母の好意も期待も重いだけの嫌なものでしかなく。
 そう考えると、お母ちゃんと義母との相性は最悪だったのかもしれない。

 お母ちゃんは自己肯定感のなさを、プライドを高く保って守ろうとしてきた人でもあった。
 失望されるのが嫌で怖いから、出来ない、知らない、分からないとは口が裂けても言えないお母ちゃん。
 義母から打診されるたびに、それくらい出来るわよと仕事を請け負っては、失敗の連続。
 ほとほと呆れられて、そのうち義母も嫁への当たりがきつくなっちゃって。

 推しの娘だからこそ、失望感も最強だった。
 あの女傑がこんな娘を育てたの?と信じたくない気持ちもあって。

 ここで未来のお母ちゃんの言葉を思い出してみよう。
 出来もしない仕事を自ら抱えて侯爵領をめちゃくちゃにしたと娘を罵っていたけれど、あれも過去のお母ちゃんの話だったのだ。

 こうなっては、お母ちゃんの中で義母も母親と同じ場所に置かれるようになる。
 彼女たちから聞いた言葉は全て同じように変換されて聴こえるようになっていた。

 驚くなかれ。
 実は二人とも孫を見て「母親に似なくて良かった」なんて言っていなかったりもする。

 確かに二人はリーチェを褒めた。
 リーチェは長女でまだ弟が産まれる前だったからこのままいくと当主になる。
 そんなリーチェは小さい頃からお勉強が大好きで、だから良かったね、と。
 子どもに嫌なことをさせ続けるのは、おばあちゃんたちだって可哀想だと思っていただけ。

 それを全部「わたくしに似なくて良かったと言った!」と変換したのはお母ちゃんで。

 まぁ女傑の孫であるリーチェを義母がことさらに可愛がっていたことは事実だったから、お母ちゃんにとっては喜べないことに違いはなかったのだけれど。


 しかしここまで色々と考察してみると、すべての元凶はお父ちゃんだったんじゃないかとも思えて来る。
 母親に反論もせず、仕事に逃げて、母親に言われるがまま結婚し、妻となった人を知ろうともせず、義務だからと子作りはしておきながら、子どもが生まれても知らん顔で、仕事仕事仕事。

 結婚に逃げようとしたお母ちゃんと、仕事に逃げたお父ちゃんは似た者同士とも言えたかもしれないが。
 その家族を省みない様はあまりに酷く。

 それで今さら娘に出来る男として尊敬されるなんてさ。
 それはお母ちゃんの心も壊れるって。

 とお母ちゃんのこれまでを想えば、そんな風にも思ってしまう。


 お母ちゃんはこれから別の誰かに愛されて、すぱーっとお父ちゃんを振っちゃうくらいが気持ちいい展開かも?
 そんでお父ちゃんは、可愛い孫から『じいじ嫌い』と言われてしまえ。

 そんな可哀想なお父ちゃんのこともすっかり忘れて、リーチェのようにこれからは愛されて改心していく。
 そんなお母ちゃんが主人公の話がどこかにあっても……。


 書かないけれど。



 お母ちゃんについてまとめると。

 『女傑の娘』であることに、誰よりもこだわり続けた人。
 周りもまた『女傑の娘』としか捉えてくれず、『ありのままの私』を見てくれる人はいなかった。
 実はその女傑こそが『私』を見ていてくれていたのだけれど、自分でももう『私』が見えなくなってしまっていたから気付けず。
 それは自分が母親になっても続き、目のまえにいるのはいつも『ありのままの子どもたち』ではなく、『私の娘』でさえなくて、『女傑の孫』である子どもたちだった。


 以上、裏設定?として考えていたお母ちゃんの人生でした。


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みんなの感想(57件)

pajan
2023.11.27 pajan
ネタバレ含む
解除
わんこ
2023.11.26 わんこ
ネタバレ含む
解除
ちこた
2023.11.26 ちこた
ネタバレ含む
春風由実
2023.11.26 春風由実

貴重なご意見ありがとうございます。
執着していた子どもたちをすべて失った、今回はそれが母親への最大の罰でした。
また彼女は立場も含め、ほかのあらゆるものすべてを失い、正気さえ失っていますので、よくある重労働などはないものの、相応の罰は受けているかなと。

主人公に関しては、親からの愛情不足が今も残ったまま、真面で優しい女性という認識はありませんでした。
なので、不気味に感じられたら正解かも?

いつでも旦那さま優先で、子どもよりも旦那さまが大事。そんな主人公ですから、少し条件がずれていれば、自分も毒親になりかねなかった人です。
現代でも子どもより男性を優先してニュースになるような事件が起きていますよね。リーチェは最初から相手が良かった。
ただお勉強が好きなので、そういう悪い男性とは相性が良くなさそうだとも思いますので、家令の功績などもありますが、自分で努力した結果掴んだ幸せなのかもしれません。

弟や妹が領地に来たのは一年後、父親が多少は矯正したあとです。
そして辺境伯領ですので、妹と子どもたちだけで過ごす時間はありません。
周りには乳母だけでなく、騎士も兼ねる侍女など揃っておりますし、まずい言動があったら即辺境伯家にご報告です。義両親も孫の世話をしながらよく目を光らせています。

かつての家族は平民になって監視されて過ごしている、というように考えますと、主人公は何も許していないのかもしれません。
自分の家族だから貴族に戻しましょう~とも、家族だから優遇して~とも、決して言わない人でしたから。
家族の監視兼、お勉強用の観察のために側に置いていると考えてしまえば、怖くもなってきますが。

現実ではたった一人の人間でも容易に言動を理解出来るものではありませんし。
今回の主人公のように深い傷を持った人についてはなおさらのこと。
ですので三人称でその言動を分析することなく、一人称で不思議な主人公として終わる物語を選びました。

ご感想ありがとうございました。
お読みいただけて嬉しかったです。

解除
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