【完結】愛の弊害と後始末

春風由実

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13. 雪解け水は染み渡り

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「王族が動かないのに、君たちが動かないのは当然だった。悪いのはすべてこの私だ。すまなかったね、マリアンヌ嬢」

「わたくしめには過分なお心遣いにございます。どうかわたくしのことなどはお気になさいませんよう」


 王族から謝罪を受けたと報告すれば、あの父もさすがに困るだろう。
 私はどうにか謝罪をなかったことにしたかった。


「ねぇ、マリアンヌ嬢。名前を呼び合おうと言ったのはね、この場ではそれぞれの立場を忘れ、気楽に付き合えたらと願ったからなんだ。だからこれは王族からの謝罪として仰々しく受け取らず、私の至極個人的なものとして、もっと軽い気持ちで聞いて貰えると有難い」


 謝罪するのに軽い気持ちで聞けというのも、あまりに失礼極まりない話だけれどね。

 アラン殿下はそう続けると、肩を竦めて、恥じらいながら微笑んだ。


「私は長い間役割を放棄していた。それも勝手に拗ねてだ」


 アラン殿下が眉を上げてしばらく私を見ていた。


「私がいつ生まれたか聞いていないか?」

「御歳は存じております」


 アラン殿下の年齢は私の一つ上だ。
 学園入学時の年齢が明確に決まっているわけではないので、特に気にしてはいなかった。

 あえて今年入学した理由があるとすれば、私の監視役だろうなとは考えた。


「マリアンヌ嬢には正直に話しておこうと思う。私と下の妹は、君のご両親の結婚に合わせ、陛下がつくられた子どもだった」


 急激に大量に胸に押し寄せるものがあった。
 それは吐き気がするほど苦しいものだった。

 私はあの両親の娘だった。


「そんな顔をさせたかったわけではないよ。あぁ、どうしたらいいかな?」

「わたくしを見ないでくださいませ。何もかもアラン殿下のせいですわ」


 そう言いながら、カトリーヌ様は私の手を取った。

 簡単に吐き気が収まったことにも自己嫌悪した。 


 私は私が世界で一番憐れな存在だと思っていたのだ。
 そして生まれない方が良かったと自身の存在を否定しながら、実のところ誰にも悪いと思い生きていなかったのである。

 なんて狭い視野に立ち傲慢に世界を見てきたのだろう。

 正しくあの母の血を引く父の娘だと実感すれば、嫌悪感は止まらない。

 なのにカトリーヌ様、そしてエヴァリーナ様が左右の手を握ってくださるから。
 許されたように錯覚し、全身が緩んでいく。

 なんて身勝手に生まれ身勝手に生きている人間だろうかと、心底自分が嫌になった。



 それは急な動きだった。

 アラン殿下が両手を上げたかと思えば、頭に添えて髪をくしゃりと握ったのだ。
 かと思えば、手をそのままに頭を振って「あーーー」と低い声を出し続けた。
 
 そして動きを止めて手を下ろしたアラン殿下がこちらを見て微笑む。

 強風に煽られたあとのように御髪が乱れていた。


「王族らしくない動きに驚いたよね?」

「はい。あ……申し訳ありません」

「謝らないで。マリアンヌ嬢もここではもっと素を出して自然体でいて欲しい。気分はどう?悪いなら今日はここまでにするよ。私たちには時間は十分にあるからね」

「いえ、なんともございません」


 素とは何だろう?
 自然体とは?

 私の頭は疑問でいっぱいだった。


「本当にね、ただ知って欲しいだけなんだよ。君を責める気はないし、マリアンヌ嬢の生まれる前の話なんだから。君には何の責任もない」


 父に代わり謝ること。
 それが公爵令嬢としての正解だと感じていたが、私は黙った。

 個人的な謝罪。
 無知だったこと。一人苦しい顔をして生きてきたこと。
 それを謝ることもまた違う気がした。

 誰の謝罪を受け入れたくなかったつい先ほどまでの自分が、今に重なる。


 こんな卑屈な私をこの場の誰も責めてはくれなかった。


「マリアンヌ嬢、それに皆。一人の男の情けない愚痴だと思ってただ聞いてくれないか?」


 皆は黙っていた。
 それが肯定だった。



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