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新辺境伯が見守ってきた大切なもの

神懸かりし者たち

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 一応手紙にはもっともらしい理由もおまけ程度には書かれていた。
 若干そこだけ筆跡が違うようにも感じたが……南北の辺境伯家の親睦を深めないかという提案だ。

 実際、南北の辺境伯に付き合いはほぼないと言っていい。

 当時の南の辺境伯は、年齢は祖父に近い人である。

 これは私がまだ生まれる前の話になるが、南に隣接する国とあわや戦争かという緊迫した事態に陥った時期があった。このときの彼の武勇は有名である。

 我が家を含めてどこの援軍も必要ないと突っ撥ねた彼は、南の辺境伯家の騎士たちだけを引き連れて国境に向かい、敵の大軍を一夜にして壊滅させてしまったのだ。
 その時の彼の大立ち回りはまさに軍神の加護を持つ男だと称されるもので、北のこの地まで正しく届き、いまだに語り継がれているほど。

 そうなのだ。
 軍神の加護を授かったと称される人間は、何もうちだけに生まれるものではなく、国のあちこちでたびたび誕生している。
 ただそれが、我が家と、そして王都を挟んで真逆の領地を持つ南の辺境伯家に多く生まれてきたというだけのこと。

 単に戦の多い土地柄、その方面に際立った才能を持つ子どもが生まれやすいだけかもしれないが。
 その成長の尋常ではない早さを目の当たりにしてしまうと、どうしても周囲は神懸かるものを感じずにはいられないのだろう。

 私とてその一人。

 あの南の御仁も軍神どうのと言われるようになったのが幼いときだったと聞くから、きっと妹と似たような子ども時代を過ごしたに違いない。
 妹のように可愛くはなかっただろうけどな。


 結局妹は私と共に王都へと向かうことになった。

 私でいいのかという疑問はあったが、あの男に妹を任せたくはなかったので、これは良しとする。
 だが私たちの留守の間の領地には僅かながらの不安を残すことになった。

 うちの者たちは信用しているし、少しの不在で何かが揺らぐような心配はしていない。

 問題はあいつだ。

 あいつはろくなことをしないからな。
 それでいて当主だから、皆にどれだけ迷惑を掛けるかと憂えなければならない。

 私からも王様に早めの代替わりを頼んでおくかと、あのときは本気で迷った。
 迷いの理由は単純である。

 代替わりはいつだっていい。むしろ早い方が私としても良かった。
 だが伯の仕事に忙しくなって、幼い妹との大事な時間を奪われてしまうことが嫌だったのだ。

 そうして迷いながら王都に出た私は、また神懸かっていると感じずにはいられない体験をすることになる。



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