桜の下で会いましょう

日下奈緒

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第6章 あの時の姫君

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帝相手にそこまで言えるとは。

反って男らしいと、依楼葉は感じた。

「春の中納言殿。和歌の姫君に、伝えて下さい。あなたの妹背が、返事をお待ちしていると。」

「は、はあ……」

この勘違いが過ぎる事が、たまに傷なところだ。


その時、蔵人が叫んだ。

「帝のお出ましです。」

依楼葉は他の二人と共に、頭を下げた。

「今日は、天気のよい日だ。狩りも楽しめそうだな。」

「はい、お上。」

さっきまで、桜の君には負けないと言っていた藤原崇文は、もう態度が変わっている。


「私の輿の随行を、春の中納言が勤めてくれるそうだね。」

依楼葉は、少しだけ顔を上げた。

「宜しく頼む。」

「……恐れ多い事でございます。」

恋慕う相手と共に、遠出ができる。

依楼葉の胸は、静かに高鳴る。


「では各々方、出発致します!」

蔵人の掛け声で、五条帝は輿に乗り、依楼葉達三人は、馬に乗って進み始めた。

沿道では都の人々が、五条帝の行幸を見て、感激している。

「見て!帝の行幸だよ。」

「相変わらず、側には美しい公達がいるなぁ。」


その中でも、皆の目を奪ったのは、やはり依楼葉扮する、藤原咲哉だった。

「あれが、噂の春の中納言様?」

「なんて艶やかな。目の保養にいいよ。」

行く先々で、依楼葉は人々の噂になった。


「さすがは、春の中納言殿。魅了するのは、女房達だけではなかったようですね。」

夏の君・橘厚弘が依楼葉の元まで、やってきた。

「いえ。私など、とても……」

これが八方美人の咲哉だったら、とんでもない事になるなと、依楼葉は思った。


「ところで、春の中納言殿は狩りは、お好きかな。」

「どうでしょう。弓矢の稽古はしていましたが、狩りは初めてでございまして。」

「ほう……それは、楽しみがまた一つ、増えましたね。」

「……そうですね。」

依楼葉が微笑むと、橘厚弘も微笑んだ。


狩場に着くと、皆それぞれに、上衣を脱いだ。

胸当てをし、弓矢の調整を始めた。

その中には、五条帝の姿もあった。


「帝も、狩りに参加するのですか?」

依楼葉は、冬の左大将・藤原崇文に尋ねた。

「ああ。帝は特に、狩りがお好きでいらっしゃるからね。」

冬の左大将は、弓を張りながら答えた。


「そう言えば、お上。春の中納言殿は、狩りは今日が初めてだそうです。私が一緒に回っても、よろしいですか?」

夏の右大将・橘厚弘が帝に告げた。

「そうか、よい。春の中納言。」

「はい。」

依楼葉は、帝の方に振り返った。

その胸当てをした格好が、いつもの雅な五条帝とは違く、武官の公達のように、雄雄しい感じがして、依楼葉はドキッとした。


「夏の右大将は、狩りの名人だ。一緒に回って、狩りを楽しむがよい。」

「はい。」

すると冬の左大将・藤原崇文は、五条帝の隣に来た。

「そうなると、私がお上と組むのですね。」

「ああ。久しぶりだな、冬の君。」

「これは益々、面白くなってきた。」

二人はまるで、兄弟のようだ。


「帝と冬の君は、仲がいいですね。」

依楼葉は、一緒に回る夏の右大将に、聞いた。

「ああ。なにせ、帝が東宮になられる前からの、仲だからな。もう今は、桜の君と呼ぶのも、冬の左大将だけだ。」

そう言う夏の右大将・橘厚弘も、帝とは仲がいい。

この前、五条帝に拝謁した時に、依楼葉はそう思った。


「……夏の右大将殿も、帝と近しい間柄ですよね。」

「帝とは遠縁に、当たりますからね。ただ私と帝が、近しいと感じるのは、友人と言うよりも、臣下として私を信頼されてるからだと、思いますよ。」

涼しげな目元で微笑まれると、気後れしてしまう依楼葉。

世の中の人は自分を見て、艶やかだと言ってくれるけれど、夏の右大将の方が、余程艶やかだと、依楼葉は思う。

「さあ、行きますか?」

夏の右大将・橘厚弘が、馬に乗った。

「はい!」

依楼葉も馬に乗り、夏の右大将・橘厚弘について行った。


五条帝が申す通り、夏の右大将は狩りの名人だった。

直ぐに獲物を見つけると、真っすぐに弓矢を射て、一発で仕留めてしまう。

「すごい……」

依楼葉は、茫然とその様子を見ていた。

「何の此れしきの事。直ぐに春の中納言殿も、できるようになりますよ。」

夏の右大将は、優しく微笑んだ。


「次は、春の中納言殿の番ですよ。」

「えっ!私が!?」

「なに、今見ていた通りに、致せばよろしいのですよ。」

夏の右大将の言葉に、依楼葉も力が湧いてきた。

「では……」

依楼葉は駆け出すと、早速獲物を見つけた。

「あそこか……」

弓矢を引くが、獲物に的が定まらない。

やはり実際の狩りと、鍛錬とは違うのか。


「鍛錬を、思い出せ!」

どこからかの声に、依楼葉は鍛錬の時に使う的を思い出す。

的と獲物が、重なった時、依楼葉は矢を射た。
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