桜の下で会いましょう

日下奈緒

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第11章 側の仇

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「……はい。」

依楼葉は、隼也の思いやりと強さを、今初めて知ったような気がした。

「母は違えども、姉を救う為に努力した結果よ。それを周りにとやかく言われる筋合いはない。」

「いえ。私には兄妹がいなかったので……姉様がいてくれる事が、とても嬉しかったのです。」

「隼也……」

依楼葉は、兄弟思いの隼也が愛おしくなって、横から隼也を抱きしめた。


「そんな隼也を、依楼葉に宮中から、支えてほしいのだ。」

依楼葉と隼矢は、父の顔を見た。

「私に?」

「姉様に?」

そして今度は、お互いの顔を見合わせる。


「そうだ。頼めるな、依楼葉。」

依楼葉は、ハァーッと大きく深呼吸をすると、隼也から手を放し、父・照明に両手をついた。

「承知しました。」

「うん。分かってくれて有難う。そなたなら隼也の力になれる。」

「はい。」

そして二人の子供が部屋を去った後、東の方は照明に、一つ尋ねた。

「……旦那様。依楼葉に出仕を強く推したのは、隼也の為だけですか?」

父・照明は、扇を広げた。

「もちろん、それだけではない。」

「では……入内の事、まだ諦めになっていらっしゃらなかったのね。」

「それはそうだろう。」

照明は立ち上がると、庭を眺めた。


「大臣になった家の者は、一度は娘を帝の元へ入内させたいと願う。だが、それ自体難儀な事だ。その上、寵愛を受け子を産み、あまつさえその子が次の帝になると言うのは、空から落ちてくる雨粒を、この手で掴むぐらいの奇跡よ。」

「左様でございますね。」

「それなのに、依楼葉はどうだ。まだ入内もしていないと言うのに、帝の寵愛を受けている。だが、依楼葉は依然男の成りで、帝に仕えていた事を気に留めて、それを諦めようとしている。不憫だとは思わないか?」

「ええ。咲哉の成りをしていたのは、この家の為。決して依楼葉の勝手な迷いではございません。」


東の方も、庭を眺めた。

そこには、兄弟仲睦まじい姿を見せる、依楼葉と隼也がいた。

「私はな。今回の出仕で、依楼葉に幸せを掴んで欲しいのだ。この世で恋しい者に恋しく思われる。それがどれ程の幸福なのか、依楼葉に知ってほしいのだ。」

そして東の方も、立ち上がる。

「それは、私達のようにですか?」

「ん?」

照明が振り向くと、東の方が静かに微笑む。

「うん。ま、まあ……そうだな。」

素っ気ない返事に、東の方は不機嫌になって、照明の背中を軽く押す。


「それに今回は、藤壺の女御様にお仕えするのだし。入内してからの事を学べる。女御様は依楼葉を気に入って下さっていると言うのだから、もしかしたら入内した後も、可愛がってくださるかもしれないしのう。」

そうなのだ。

今回照明が、依楼葉を説得したのは、依楼葉の元に帝を通わせる為の策略もあったのだ。

だが照明も依楼葉も、太政大臣家を甘く見過ぎていたようだ。


数日後、依楼葉は藤壺の女御、桜子の元へ女房として、出仕した。

「本日から、宜しくお願い致します。」

「ああ、よかった。本当に来てくれて。」

桜子は依楼葉の顔を見ると、ほっとしたようだ。

「和歌には、一度お断わりされてるからのう。ほんに来てくれるとは、思うておいなかった。」

「その節は、誠に申し訳ございませんでした。」

依楼葉は、頭を下げながら思った。


桜子様は、どこか父・橘文弘に似ていると。


「女房の勤めは、綾子から聞くと良い。」

「はい。」

側には綾子も来ており、依楼葉とお互い、笑顔になった。


そんな3人を見て、他の女房達は、また騒ぎ出す。

「見てみて。藤壺には、三大臣の姫君様が揃うておるわ。」

「ええ。太政大臣の姫君様に、左大臣・右大臣の姫君様が付き従うなって。とても絵になるわ。」

依楼葉は、咲哉に扮していた時の、女房達の噂好きなところを、思い出した。


「どうして女房達と言うのは、噂話が好きなのかしら。」

依楼葉は、早速ため息をついた。

「あら。和歌の姫君は、宮中で噂されたりしたの?」

依楼葉は、綾子と顔を合わせると、目をパチクリさせた。

「ああ……兄の咲哉がまだ生きていた頃……よく似ていると噂されているとお聞きしまして……」

「ああ!そうそう!」

綾子は何かを思い出したかのように、両手を打った。

「ほら、双子ってとても珍しいでしょ。不吉な存在だと言われて、一緒に育てられないから。」

依楼葉は、唖然とした。

「あっ、ごめんなさい。変な事を言ったわね。」

「いいえ。」

依楼葉は、綾子のその飾らない性格が、逆に気に入ってしまった。


「私にお勤めを教えてくれるのが、綾子さんでよかったわ。宮中のこと、いろいろ教えて下さいね。」

「ええ。私も、和歌の姫君と一緒にお勤めできて、本当に嬉しいわ。」

綾子は、いつかと同じように、依楼葉の手を握った。

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