戦場のマドンナ‥‥振り上げるのは大鎌か聖剣か‥‥

せせらぎバッタ

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 待ち合わせのバーに向かうと、洋介はすでにカウンターでカクテルを飲んでいた。

「良かった。来てくれたんだ。部屋はとってある。食事はルームサービスでいいだろう」
 座ろうとしたら制され、そのまま部屋につながるエレベータに向かって歩かされた。

「貴重な時間だ。一刻も早く翔子を抱きたい」
 エレベータの中で囁かれると、身体から蜜がしたたり、下着を濡らしていくのがわかる。

「ああ、翔子、愛してる」
 妻子持ちの洋介は部屋に入るとベッドに押し倒し、服をはぎ取っていく。

「シャワーを浴びたい」
 知らんふりした彼の指の動きはますますねちっこく翔子を攻め立てる。唇を貪るように吸われ、快楽の波が小刻みに襲ってくる。時に激しく、焦らすような繊細な舌の動きはどんどん下がっていく。
 覚えている。全身が彼の動きを覚えている。応えるように涎をたらし、女性の芯が狂おしいほどに求めている。

「ああ、こんなに濡れて。今すぐ挿いりそうだが、まだ挿れないよ」
 翔子を見つめながら両脚を開くと膣口に舌を這わせてきた。
「ああん、お願い、もう我慢できない」
 すすり泣くようにせがむと、ペニスがグイと挿入された。一瞬目をつむり、はあ、というため息を吐き出した後にピストン運動が始まった。
 官能を楽しむように時々目を細める。汗ばんだ額に張りついた前髪を時々かきあげ、乳首をいじりながら、キスを繰り返す。

「好きだ。一日だって忘れたことはない。愛している」
 絶頂を迎え、首に回した手に力が入る。
 わたしも、と翔子は心の中でつぶやく。既婚者なのに、いや、既婚者だからか、思いつめたように『愛している』なんて口走るのは。

「これからも、こうして時々会ってほしい」
 腕枕に頭をあずけ、洋介の胸をなでていた手を止め、
「これっきりよ」
「そんな冷たいこと言わないでくれよ。会えないなんてつらすぎる」

 愛されているのはわかっている。自分もこの男を愛している。だが、今となっては禁断の木の実だ。誰かを傷つけ、自分を傷つけてまで愛し合う価値があるのか。この男に依存するほど自分は弱いのだろうか。

「愛しているというのなら、わたしのこともわかって」
「そうだな。虫のいいお願いだよな。でも、忘れられないんだ。忘れたくない」
「誰か他に探しなさい」
「見つかるもんか」
「セックスだけなら、お金で手に入るわよ」
「翔子だから抱きたいんだ!」
「いい加減、年貢を納めなさい。よりにもよって洋介から『愛人』として口説かれるなんてごめんだわ!このクズ!」

 涙が頬を伝う。祖母も母も結婚せずに子供を産み育てた。彼女たちがどんな恋をしたのか知らない。知りたくもない。自分まで誰かの『愛人』なんて笑えてくる。泣きながら翔子はヒステリックに笑いはじめた。男運がなさすぎる。

「翔子」
「お願い。わたしからプライドを奪わないで。三世代にわたって『愛人』で我慢するような家系にしたくないの。洋介とつきあったら、わたしはきっと壊れてしまうわ」

 彼の胸にしがみつき声をあげて泣いた。
「悪かった。ごめん。俺はいつまでたっても甘ちゃんだな」
 泣きそうな顔の洋介に抱きしめられた。甘いムスクの香りも、これで最後なんだなと思いながら。


 バーで軽く飲み、洋介と別れた。かつての同僚としての節度は守ったと思う。
 帰り際に、「北山さんは、俺の若い頃に似ていると思う」
 意味ありげに笑う洋介に、ふんと鼻で笑い、男ってしょうもないな、と思った。


「本社機能の従業員は100人ほど。受け付けはないから、内線で連絡を取ることになっているわ。総務に連絡ね」

 エレベータで5Fの渋沢精機にあがると、モンステラとベンジャミンが出迎えてくれた。採光を計算したガラス張りの外壁は開放感にあふれており、日系企業とは思えないモダンなオフィスだった。

「クロッソン様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 新卒のように若い女性が応接室まで案内してくれた。小柄で目のパッチリした控えめそうな女性だ。
 部長の後藤がやがて現れ、先ほどの女性がアシスタントとしてついた。名前は村田愛という。
 簡単な挨拶のあと翔子が切り出し、北山が資料を配った。

「では、始めさせていただきますね。導入予定のプロジェクトですが、360度評価、アンケート、スキルチェック、人事との1on1、管理職研修を取り急ぎ実施したいと思います。質問内容はこちらです。一般的な内容となっておりますが、ご不明な点及び追加や削除等あれば何なりとお申し付けください。企業風土に沿った方がより正確な結果を得られると思っております。並行して従業員の情報も確認したいので人事データのアクセス付与をお願いします」

 翔子が一通り、今後のスケジュールを説明し、質問を確認したところで、
「情報漏洩が心配なんですが、そこらへんはどういったご対応を?」

 後藤が老眼鏡をずり下げたまま、目だけをジロリとあげた。この期に及んで何をか言わんやだが、外部に警戒しているポーズも必要だろうし、内情を見せたくないという心理も働くのだろう。自宅の押し入れの中を見せてくれというようなものだからだ。
 北山は内心ムッとしていた。

「契約内容には当然守秘義務も含まれてますし、扱う情報も社内秘になっておりますから慎重に対応したいと思っております。これは信用していただくしかありませんが、膨大なデータの外部装置のコピーはあらかじめ指定された装置でしか行えないため、御社の管理下になります。閲覧権限なのでデータの改竄という意味でも心配ございません」
 そこで表情を和らげる。「渋沢社長から伺いましたが、人事ソフトの導入では大変だったのではないでしょうか。アナログなものをデータ化するなんて、一昔前までは考えられませんものね」

 つられたように後藤の表情もなごむ。笑顔のミラーリング効果だ。
「ええ、あの時は苦労しました。操作ももちろん、入力に手こずりました。数値化できない、余白に書き込んだものをどう扱うのか。まあ、この村田が頑張ってくれましたよ」
 村田がはいというように頭を下げた。

「やはり若い方はデジタルに強いですよねぇ。わたしも時代の波に追いつくよう、必死にくらいついております」
 おや?というように後藤が顔をほころばせた。「山東さんでもそうなんですか?」
「ええ、今は小銭すらも持ち歩かない人がいるそうですが、いまだに現金がサイフに入ってないと不安になります」
「ええ、わかりますよ。わたしも現金がないと不安になるなぁ」
「親の代がタンス預金好きなのと同じですか。笑えませんね」

 翔子がニッコリ笑う。横で見ていても愛らしく、一回り近く年上の後藤がくつろいできたのが手に取るようにわかった。
 それからパソコンの時代の変遷や、かつての流行に話が及んだ。DosVとか、98とか、何だかわからないが、後藤が懐かしそうに話しているからいいのだろう。バブル時代の話にも花が咲いている。
 11時を少し回ったところで、村田が後藤にメモをまわした。

「ああ、もうそんな時間か。近くの店にランチを予約してあります。そろそろ参りましょうか。IDカードおよびアクセス権限はその後お渡しします」
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