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Ⅱ‐52 人買いの村4

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■ルッツの村

 マリアンヌ達は氷漬けの頭と体を黒虎に咥えさせてから、エルとアナを背中に乗せた。途中で小屋によって中の娘たちを檻の中から解放してやると、まだ怯えていたが水を飲ませてやると少し落ち着いたようだった。サトルがいれば色々なものを出してやれるが、今は手持ちがないので翌朝まで小屋に居るように娘たちに言い含めて村長の家に一度戻った。だが、そこでは想定外の事態がマリアンヌを待っていた。縛り上げた村長は喉と腕を切られて死んでいて、一緒につないでいた妻の姿が消えていたのだ。

「おかしなことがあるものですねぇ。一体だれが村長を・・・、それに女のほうはどこにいったのでしょうか?」
「他の村人から話を聞く必要があるな。血の形から見て斬られたのは村長だけのようだ。手錠を外すために腕は殺した後に切ったのだろう」

 ミーシャは地面やテーブルに飛び散った血痕をライトで照らして確認していた。

「そうですか、だったら女のほうを逃がすために腕は切ったということかもしれませんね。でも、今日は遅いからここで泊めてもらうことにして、続きは明日にしましょうか」
「泊まる? 何をのんきな!」

 ミーシャはマリアンヌの落ち着き払った態度が我慢できなくなってきていた。

「では、ミーシャはどうしたいのですか?」
「それは・・・、何とかサトルを戻したいのだ!」
「どうやるのですか?」
「それは・・・」
「今は私にも案がありません。明日、夜が明けたら村人から話を聞いて、そのあとは炭焼き小屋に行ってあれを焼いてしまいましょう」
「だが!」
「ミーシャ、サトルが心配なのは分かりますが、今は休息をとるのも大事ですよ。まずは、外にいる黒い死人達を集めて縛り上げておきましょう。殺してもいいのですが、サトルが嫌がりますからね」

 マリアンヌは次の悪事を働かせ無いように悪人は処分した方が良いと思っていたが、サトルは人を殺すのを嫌がっている。住んでいる世界が違ったから仕方ないのだろうと思いつつも、どこかで仇となるような気がして心配だった。

「では、リンネ。転がっているはずの黒い死人達を引きずってくるように頼んでください」
「ああ、分かったよ」

 家の前で待機していた黒虎とラプトル達はリンネの目を見ただけで暗闇へと走って行き、次々と血だらけの悪党どもを引きずってきた。ミーシャは納屋から麻縄を見つけてきて、後ろ手に縛りあげると納屋の中に一人ずつ入れていく。11人入れたところで黒虎たちが手ぶらで戻ってきたので、リンネはそのまま納屋の入り口で見張るように言いつけて、三人は村長の家に戻った。

「では、交替で寝ることにしましょうか?ミーシャはまだ眠くなさそうですね。先に休ませてもらって良いですか?」
「ええ、どうぞ」
「あたしも起きておくよ。どうせ寝なくても死なないんだからさ。ミーシャと少し話をするさ」
「そうですか、では私は奥の寝室を使わせていただきます」

 マリアンヌは他人の家だというのに、落ち着き払ってベッドの上に服を着たまま横たわり、すぐに寝息を立て始めた。すぐに寝付くというのはサリナにも遺伝している良い特技なのかもしれない。

 ミーシャとサリナは村長の血だまりをぼろ布で拭いて綺麗にしてから、居間の椅子に腰かけて顔を見合わせた。

「サトルがいないと、飲み物も出てこないねぇ。あの子がいる生活に慣れると・・・」
「うん、そうだな。もう、すっかり慣れきってしまっていて、水袋を持ってくることもしなくなったな・・・」
「やっぱり心配なのかい?」
「もちろん心配だ!だが、自分には何もできないのだ・・・」
「ふん、あたしもそうさ。だけど、マリアンヌが言っていたようにサトルは生きているってあたしも思うよ」
「だが、何を根拠に?それにどこにいるのだ?あいつが言うには空気の無い場所だと言っていたぞ」

 ミーシャは眉を寄せて険しい顔でリンネに言い返した。

「そうさね。そう言っていたけど、サトルなら道具で何とかするんじゃないのかい?」

 確かにサトルが出してくる不思議な道具があれば、空気の無いところでもなんとかできるのかもしれないと思った。それでも、何処にいるかが判らなければ助けようもないのだ。やはり、自分の見えない場所に居る―そのこと自体がミーシャの不安を募らせていた。

 ―サトルの背中は私が守ると約束したのに・・・、すまん、サリナ。

 §

 街道を走り続けたサリナの車は10時過ぎに目指すルッツの村に到着した。だが、村の入り口や大きな村長の家の前にはサトルの車は見当たらなかった。

「あれー、車がないよ! どこかに行ったのかなぁ?」
「いや、あそこに虎たちがいるから、まだ近くにいるはずだ」
「そっか。車は別のところに止めたのかもね」

 サリナが大きな家の柵の手前に車を止めると、家の中からミーシャが出てきた。ミーシャはサリナの顔を見ても笑顔を浮かべずに近寄ってくる。

「ミーシャ! おはよう! どうしたの? なんか元気ないね?」
「ああ、すまん。サトルが・・・」
「サトル!? サトルが怪我したの!?」
「いや、消えたのだ・・・」
「消えた? それってどういうこと!?」

 ミーシャはサリナとショーイを家の中にあった道具でスープを作っているマリアンヌの元へと案内しながら昨夜のことを説明した。

「そ、そんなぁ? 嫌だよ! サトルがどこかに行ったなんて! お母さんが一緒にいたのに、どうしてそうなるの!?」
「落ち着きなさい、サリナ。あなたもミーシャもサトルのことになると興奮しすぎですよ。そんなことだと二人ともサトルに嫌われてしまいますよ」
「だって、でも・・・」

 サリナは涙を浮かべながらマリアンヌを見上げている。

「それよりも、どうしてあなたたちはここに来たのですか?イースタンさん達はちゃんと送り届けたのですよね?」
「ああ、それは・・・」

 ショーイは興奮したままのサリナに代わって、ショーイ達の昨夜から今日のことを説明した。

「なるほど。ハンスが気を利かせたのですね。それで、昨夜あなたが感じた“殺気”は実体が見えなかったけど、刀で突いた手応えはあったのですね?」
「ええ、間違いなく手応えがあったんですが、車の中には何も残っていませんでした」
「そうですか、だったら一つ試してみたいことがあります。あそこに転がっている氷漬けの腕を炎の刀で斬ってください」

 マリアンヌは氷漬けにしたままで床に転がっている四肢を指さしていた。

「あれを? ですけど、もうバラバラじゃないですか?」
「ええ、ですが私の風魔法なら切っただけで終わりなのです。時間がたてば元の体に戻って行きますからね。ひょっとすると、その伝説の魔法具なら・・・」
「判りました、やってみます」

 ショーイは炎の刀を抜くと刀身に炎を纏わせて床に置いたままの腕へ素早く打ち込んだ。腕だけを切り、床には傷一つつかない位置で刀を止めた。斬られた氷の腕はひじのあたりできれいな断面で二つに分かれた。そして、ジワリと断面から血が滲み始めていた。

「やっぱり、その刀を使えば死人も普通に斬れるようですね。斬られた場所はもう再生しないのでしょう」
「そうなのですか?石でも鉄でも切れる気がしていましたが、そんな効果もあるなんて・・・」

 ショーイは刀身をじっくりと眺めてから刀を鞘に戻した。

「お母さん! そんなことよりもサトルを!」
「まあ、待ちなさい。今ので目途が立ちましたよ」
「本当に!?どうするの?」
「ええ、まずはあの頭を鍋で煮てみましょうかね」
「!?」
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