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60. 桜咲く
しおりを挟む春うらら。
すっかり春めいて風が暖かくなってきた今日このごろ、いかがお過ごしですか。
なんて、書き出しで手紙を書いてみた。
ご連絡鳥があるので、手紙を書く必要なんてないけど、殿下にラブレターを貰ったのでお返しのお手紙に悩んでいる。
ラブレター、そう、生まれて初めてラブレターを貰った。前世と今世含めてラブレターなんて貰ったのは初めて。
お兄様がすごく気楽に
「リーナ、アルファント殿下からラブレターが届いているよ」
と渡してくれてちょっとだけドキドキしながら自分の部屋に駆け込んでペーパーナイフで開けて読んでみると本当にラブレターだった。
小さな花のブーケも付いている。
殿下が初めて私に会った時の事から始まって、少しずつ目が離せなくなって、そして一緒にダンジョン攻略をする事になって嬉しかったことや、私の事を考えるだけで胸が暖かくなって幸せな気持ちになれるとか、そんな殿下の熱い気持ちが切々と書かれていて、もう、如何しよう。
私の気持ちと身体が何だか暑くなって思わず、冷たいかき氷を出してしまった。
かき氷を食べ終わって少し落ち着いてからさて、お返事を書こうと思ったのだけど、なんて書いたらいいのかわからない。
ずっとペンを持って書こうとしつつ書き出しから進まない。
好きです。大好き。抱きしめられて嬉しかった。
と書いてしまったので、これはボツ。
気が付くとボーッと殿下の麗しいお顔とか、まつ毛が長くて切れ長の目に影を落とすとことか意外とたくましい胸板とか、あの胸板に抱きしめられたっけとか考えていて……、これじゃ、まるで顔とか身体に惹かれているみたいでダメじゃない、でも書こうとすると殿下の顔が浮かんできて気持ちがフワフワしてしまう。
まだ、殿下と結ばれる決心がついたわけではないのに、気持ちだけは先走っている。ああ、もう、如何しよう。
ドン、ドン、ドン
ああ、もう、煩い。
「リーナ、リーナ、もうお昼だよ。ご飯、食べようよ。リーナ!?」
えっ、お兄様? お昼? いつの間に。
「リーナ、リーナ、そこにいる?」
「もう、お兄様、居るに決まっているでしょう。どうしたの」
「だって、ずっと閉じこもったまま出てこないし、声、かけても返事がないから」
「えっ、そうだったの。ごめんなさい。聞こえなかったわ。お昼にしましょう」
「リーナ、殿下の手紙はなんて?」
お兄様に聞かれて、思わずカッーと身体が熱くなった。
「リーナ、顔、真っ赤」
「もう、お兄様ったら、ほらご飯にしましょう」
恥ずかしかったので急いで今朝、作って置いたちらし寿司と肉じゃがを目の前に並べてあげた。肉じゃがのお肉は魔豚だけど、豚肉と大して変わらない。野菜も似たようなものが結構あるので日本食はわりと簡単に再現できる。特にお出し汁に味噌に醤油が『液体の加護』で出せるようになったのは大きい。
本当に『液体の加護』様さま。
「うわっ、リーナこれ美味い。ちらし寿司なんてほんと何年振りだろう。俺んち、お正月とか誕生日にはちらし寿司だったんだ。ちらし寿司の元を使っていたんだけど、このリーナのお寿司はめちゃくちゃ美味い。後は握りずしも食いたいなぁ」
「私、流石に握りずしは作れないわ。でも、手まり寿司ならできるかな」
「この世界ってさ、完全に洋食の世界だよな。でも、カルパッチョはあるんだから刺身があっても良いと思うんだ。なにより、俺たちには醤油がある」
「でも、ワサビがないわ」
「ワサビ、ワサビ、液体のワサビってあったっけ?」
「ワサビ油って聞いた事があるけど、私の『液体の加護』は経験に基づくものしか出せないみたいだから無理じゃないかしら」
「あぁー、ワサビがない握りは握りじゃない」
「お米のある大陸だったら、ワサビもあるかもしれないわ。海苔があるくらいですもの」
「おう、そうだな、殿下に頼んでみよう。ところでさ、殿下からの手紙、」
「お兄様、これを見て、ほら、デザートのお餅よ」
「あっ、この間作っていたバター餅か」
「そう、ほら見て」
と言いながらバター餅を両手で左右に引き延ばすとビヨーンと面白いように伸びた。お兄様の目も輝いた。
お兄様は急いでバター餅を手に取るとビヨーンと伸ばしてからパクッと一口で食べてしまった。割と大き目サイズなのに。
「美味っ。バターの風味がたまらないな。柔らかくて甘くて」
「そうね。これはかなり美味しいわ」
お兄様が食いしんぼで良かった。まだ、気持ちが上ずっているこの状態で殿下の事を聞かれたら何を口走ってしまうか分からない。
お兄様はアルファント殿下と私が結ばれることを喜んでいるから。初恋がかなって良かったって、もう、どうしよう。初恋は実らないものなのに。
温かい麦茶にミルクを入れて二人で飲みながら音楽とかほしいなと思っていると、ご連絡鳥がやってきた。
「アーク、リーナ。神殿の桜が咲いた。すぐこちらに来てくれ」
アルファント殿下からの連絡に私達は思わず顔を見合わせた。私達が婚約してすぐ、タウンハウスに王宮につながる転移陣が置かれた。それは私とお兄様限定のもので、さらに結界付きの小部屋になっている。
急いで着替えをして王宮の神殿に向かうと、桜の花が咲いていた。
しかし、三分咲きである。風に揺れる桜の花は前世でもアプリコット辺境伯家の森でも見たように蕾が付いて、その三割が開いていた。
「おかしいんだ。普通、魔王の封印が解けると一挙に満開になって、魔王が封印されるまで満開のまま咲き続けるのに、こんな、徐々に桜が咲くなんてこれまで記録された事はない」
「胴咲き桜が咲いたのも初めての事ですし、これまでの歴史にない事が起こって正直、如何したらいいのか」
アルファント殿下とノヴァ神官が困ったように私を見た。そんな、私を見られても。
「ひょっとして、行方不明のピンク頭が何かした、という可能性もあるかも」
お兄様が怖い事を言った。
確かに、ピンクさんは魔王の封印を解く事ができるかもしれない。
でも、封印が解けると桜は満開になるはず。
このまま、桜は三分から満開になるのかしら。
それはちょっと止めてほしい。
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