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第4章

第157話 モースSIDE 4 第二王子じゃなくなった日※

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※暴力を含むシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。




「ふぅふぅ、兄様、ちょっと休んでからにしませんか? 訓練」

ちょっと転移しただけでもう疲れた。食後すぐに動くのはやっぱり健康に悪い。
でも兄様に応じてくれる気配はなさそうだ。

(いや、それどころか……何だ? この寒気は。)

訓練場に到着した瞬間、空気が変わった。
兄様は射殺すような目で俺を見下ろしている。そしていつもの優しいお声ではなく地を這うような声で、驚くべきことを告げた。

「俺は、お前のことを本当の弟だと思って大切にしようと思っていた。
が、今日からお前のことは弟だと思わない。先ほど父様と母様にもそう話してきた」

「へ? な、なぜです!?」
「なぜ、だと!?」

クライス兄様の目がギラリと光った気がした瞬間、重い圧力を感じ、足がその場に縫いとめられて動けなくなる。

「お前が、キルナを、俺の大切な人を傷つけたからだ」

室内に、雷鳴が鳴っている!? ピカピカとまばゆく光る雷の塊が頭上に現れどんどん大きくなっていく。

(え、……ちょっと、まって。それ、俺に向ける気~!?)

背中に冷や汗がびっしょりと伝うのがわかる。あんなのちょっとかすっただけでも大惨事だ。うまく言い逃れをしなくては、と頭をフル回転させた末、俺は無邪気な笑顔を作る。

「い、嫌だな~兄様。そ。そんなの、やったのは俺じゃありませ、っぐがあ」

腹を蹴り上げられその場にうずくまった。こつん、こつんと兄様の靴音が響く。

「なぜキルナを襲った? 言え」

腹が痛くてそれどころじゃない。だけど、何か言わないと、また蹴られる!!
ひぃ、また近づいてくるぅ……。

(そうだ、あいつらのせいだ! 青いフードの男たちに全部罪をなすりつけよう。)

「……~~~~~~~~!!(青いフードを被ったおかしな連中がやったんです!!)」

あれ? あいつらのことをしゃべろうとすると口が閉まって話せなくなる。なんで? なんとか喋ろうと口をモゴモゴ動かしてみるが、声が出ない。ゴロゴロゴロと鳴り響く雷鳴に背筋が震える。

「誤解…で……っぐっぐぁわあああああ」

やっと声が出たと思ったら、白い光が俺を目がけて降り注いできた。直撃はないものの光に触れるたびに焼けるような痛みと猛烈な痺れに襲われる。直撃したら即死、それは間違いない。

(ああ、痛い痛い痛い!!! 痛みでおかしくなる。なんで、なんで俺がこんな目に!?)

というか、なんで俺がやったとバレたんだ? あいつがしゃべったのか? でもあいつはまだ目を覚ましていないと言っていた。じゃあ……なんで? いや、なんでもいい。とりあえず否定しないと!! 俺じゃない俺じゃない、と何度も繰り返してみるけど、兄様が聞き入れる様子はない。

(とりあえず逃げよう、これ。やばい……。あれっできない!?)

転移魔法を試してみるけど発動しない。他の魔法も……移動系の魔法は全て封じられているようだ。



「お前がキルナに使った魔法。あれは、俺がお前に護身用に教えたもの、だな」

兄様は指で紋様を描きながら氷のように冷たい声で言った。

(あいつに使った魔法? ああ、頬と二の腕を切り裂いたやつか。ビビらせるのにちょうどいいと思ったけど、もしかしてあれのせいでバレたのか? 光と風を合わせた技は……使える人間がほとんどいない。うう、失敗だったかも。)

「傷に魔力痕が残っていた、よりにもよってキルナに、俺の教えた魔法を使うなど……」
「でも、そ、それだけでは俺がやったという証拠には……」

ヒュンヒュンと飛んできた風で、俺の両腕が切り裂かれる。血!? が出てる!!
通り過ぎた風はクルクルと俺の周囲を巡り何度も何度も襲ってきては体を切り裂く。

「痛いいいい!!もう。やめ゛っ!!ひいぃいい」

ああ、傷口から血がドクドク出ていってるうぅ。回復魔法を使って癒そうとするけれど、追いつかない。

「魔力痕はが鑑定したから間違いはない」

!? あっ、と思う。が次々と襲う痛みでもう何も考えられなくなった。

再び腹を蹴られ、胃の内容物が全部撒き散らされた。それでも腹は蹴り続けられ、全然止まらない。容赦もない。鬼だ!
とんでもない人を怒らせてしまった!!
魔法を使ってやり返そうとしても、光魔法の結界に全て弾かれる。得意なはずの魔法が全く通用しない……。


「もう一度聞く、なぜキルナをあんな目にわせた? お前があいつに会ったのはあの日が初めてのはずだ」

恐ろしい形相で睨みつけられ、ひぃっと喉の奥から変な声が出た。どうすれば助かる? 母様が出てきたからにはもう犯人ではないと誤魔化すこともできないし。

正直に言えば許してくれるかも!? 一縷いちるの望みを賭け真っ正直に俺は答えた。正直者は救われるとどこかで聞いたことがあるような……。

「だって。ふぅふぅ、あ、あいつはみんなに忌み嫌われる闇属性で…、惨めな落ちこぼれで、髪も気持ち悪い黒色で、クライス兄様に全然ふさわしくないから!」

なのになんであいつばっかり可愛い可愛いってちやほやされるんだ。みんな騙されてるんだ。あいつに!!

「あいつは…悪魔なんです!! ふぅふぅ、だから兄様の…ために、懲らしめてやったんです!」
「それが理由か? 全ては俺のためだったと?」
「そ、そうです!!」

よし、正直に言った。きっとこれで俺は許されるはず。兄様もわかってくれる……はず。
なのに予想に反して室温がどんどん下がっていく……。これは兄様の機嫌に反応して氷の魔力が渦巻いているんだ。まずいまずい、まずい! 余計に怒らせてしまった!?

「ふざけるな!! キルナのことを何も知らないくせに!」

兄様の怒声に空気が震える。

「闇属性だからなんだ。そもそも属性に良いも悪いもない。あいつの黒髪は目の色とよく合っていてとてつもなく美しい。いつも一生懸命で、可愛くて、俺にとってかけがえのない存在だ。
みじめでも落ちこぼれでもない。もちろん悪魔でも……。モース。勝手な考えでを傷つけた罪を償ってもらうぞ」

ヒュウウウウウーーーーー

頭上には新たに氷の岩が出来ようとしている。でかい。あれをぶつけられたら俺は潰れる。ぐちゃぐちゃになってしまう。自分のそんな哀れな姿を想像すると涙が出て鼻水も出てガタガタと震えが止まらなくなってくる。

(ぐぞぉっ!! ごれでどうだぁ~~!!)

俺は一番得意な光と風を組み合わせた上級魔法の呪文を唱え、渾身の一撃を放った。身体中の魔力をき集めて放ったそれは人生で一番高度な魔法で、一番強力なやつだ。けれど、俺はそれを放ったことをすぐに後悔した。兄様に向けて放ったのものが、結界によりビンビンと跳ね返されたのだ。

(まずいっ!! 自分の放った風の槍が戻ってくるぅううう……。やばいやばいやゔぁい!!もうこれ死んだっ!!!)

「だずげでえええええ!!!」

本気の命乞いが神に通じたのか……コツンと音がして床に這いつくばって逃げようとしていた俺の目の前に誰かが立ったのがわかった。風の槍はふわりと空気になって消える。

この光沢のあるグレーのブーツ、母様だ!! よかった。母様が助けに来てくれた。予想通り母様のつやのある美しい声が響いた。

「クライス、気持ちはわかるが焦りすぎだ。まだ、殺すには……早い」

俺はその言葉の意味を考える。殺すには早い? それってあとで殺すってこと?

「モース。お前には節度ある暮らしをするよう何度も言ったはずだね」

母様は虫けらを見るような目で俺を見ている……。

「だが、何度言っても使用人への横柄な振る舞いや社交界での王子らしくない態度は酷くなる一方だった。それでも。時間をかけて教育すればいつか、うまくやっていけると思っていた。なのにこんな事件を引き起こすなんて……。とても残念だよ」

雲行きが怪しい。母様は俺の味方じゃないみたいだ。まずい……。
するとそこに父様が現れた。ああ、よかった!! きっと父様なら助けてくれる。でも投げかけられた言葉は期待していたものとは、違った。

「王宮暮らしがお前を狂わせてしまったみたいだな。環境を変えた方が良いだろう。もう手配は終わっている。あそこでもう一度やり直しなさい」
「あそ…こ?」
殿に行きなさい。あそこなら節度ある生活ができるはずだ。そうするしかない場所だからな」


神殿のことは聞いたことがある。

たしか、日の出前に起きて掃除をし、修行をし、修行をし、食事のあとまた修行をし、風呂に入り、祈りを捧げ、ふらふらになった頃ようやく眠る……という訳のわからない連中が住む場所だ。(しかもなぜか全てを魔法なしでやらなければならないらしい。)祈りに集中できていないというだけで肩や背中を棒で叩かれるという……恐ろしい場所。

何より、あそこに入るということは俗世から離れる、つまり、ってことだ。今の暮らしができなくなる!

「そ、そんなところ…嫌です!! やめてください。なぜ…ですか? 俺が父様と母様の本当の子どもじゃないから…そんな意地悪を言うんですか??」

なんてひどい人たちなんだ。自分の子どもとして育てると、二年前に約束してくれたのに。ひどいひどいひどいっ。
すると父様が厳かな声で言った。

「そうではない。実の子どもであろうとなかろうと関係ない。自分よりも弱いものを甚振って喜ぶような人間は神の元でやり直すしかない。出立は明日だ。準備しておけ」

王の言葉は絶対だ。それでも俺は訴えた。何かの間違いだと信じたかった……。

「そんな……考え直してくださいぃ!! 俺は、おれは王子でいた゛い゛!! おうじがいい゛!!」

このまま王子でいさせて~~~……という悲痛な叫びが、広い広い訓練場にむなしく響いた。
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