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20.傷痕に残るもの

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「ルーカスさん、そろそろ」
「……ええ。ですが、その前にひとついいかな」

 ルーカスは顎に手を当て、クラウスを見る。

「閣下、その負傷は火ですか?」

 私は天を仰いだ。
 初対面の相手に傷の話を聞くなどどれだけ失礼なのだろう。
 口を開こうとした瞬間、クラウスが片手で私を制した。

「左様です」
「ふむ。本当に魔獣ですか?」

 ルーカスの言葉に、ついクラウスの横顔を見る。
 確かに、彼の傷は兜をかぶっていたと仮定して、上から伝うように広がっているのだ。
 火か、もしくは酸を吐く魔獣に当たったのだろうと私は推測していた。だが、この辺りに出た魔獣の内、空を飛ぶものや背の高いもので火を吐くものはほとんど居ない。
 土地ゆえの高低差のせいなのかと結論づけていたけれど、ルーカスの見解では違うのだろうか。

 クラウスは声に出さなかったけれど、微かに眉がキュッと中央に寄った。

「ええ。山越えの際、魔獣と対峙しました」
「……なるほど。その魔獣は?」
「討ちました。代わりにこの傷を貰ってしまいましたが」

 恐らくルーカスは何の魔獣だったのかを聞いていたのだろうが、クラウス「討った」という回答に、思わずといった様子で驚きの声をあげた。

「まさか! トドメを刺したのですか!?」
「はい。首を落としました」
「なんと。討伐証明は、」
「この状態でしたので、持っておりません。部下の証言のみです」
「そうか……いや、充分です。貴方の御身だけで」

 目を輝かせ、ルーカスがクラウスを。正しくは、クラウスの纏う空気を見ている。
 ダリルとふたり首を傾げていたが、ああ、魔力の流れを読んでるんだなと先に一人腑に落ちた。

 私には出来ないけれど、ルーカスほどの魔術の手練れになると魔力が可視化できるらしい。
 私があわいの裂け目を封印する際同行してもらっているのも、行ける場所や浄化が必要な場所を選定したり、封印できちんと閉じられたかどうかを、魔力漏れの有無で判断してもらっているからだ。
 旅の間は宰相の息子がその役を担い、魔獣の溢れる場所や魔力の溜まり場などを回避することが出来ていた。

「……フローラさん。いつも、行くのを止める山の道があるでしょう?」
「! あの、大岩の峠ですか?」
「そう。あの道、多分もう通れますよ」

 いつも行くことを許されなかった、隣国へも通じる峠道。途中でみた湖の水源である沢が道を沿うように流れていて、地図によると少し外れれば旧エイノワーツ領特有の鉱物なども採れる坑道が残っている。
 人の手が入ったせいでより複雑な場所だ。
 ただでさえ山間の過酷な環境。坑道や洞窟には魔獣もたくさん棲みついているだろうに。さらに雪の中、彼らは進んできたのか。と、驚いた。

「……閣下。なんとお礼を申したらよいか」

 慇懃に礼をするルーカス。そしてダリルとミーナ。
 私も慌てて頭を下げた。そんな私たちに、クラウスはゆるく首を振って姿勢を戻すよう勧める。

「すべて成り行きだ。……畏まらないでくれ、フローラ」
「いいえ、これまでお礼も言わず申し訳ありませんでした…クラウス様、ありがとうございます」

 あの道を通ることができれば、沢や湖迄の道を短縮できる。マーサ曰く、湖では小エビや淡水魚が採れるといっていたから、貴重な蛋白源だ。
 坑道の魔獣も少しずつでも排除できれば、資源が得られる。
 魔硝石の排出にも着手出来そうだった。


 

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