誰か私を愛してください

文字の大きさ
2 / 13

story2

しおりを挟む

アイリーンの家は、このクランシルファ帝国でも名門中の名門と言われる公爵家である。そしてこの国の建国にもかかわった創世の八騎士が一人、勇猛果敢な戦士で初代国王トーランド・シルファの相棒であったパーシバル・イレオスキーの末裔だ。

イレオスキー公爵家を知らないのは、この国では恐らく産まれたばかりの子供くらいだろう。

アイリーンはそんな建国から続く名門貴族のお嬢様として生まれただった。

本来であれば、多くのメイドたちに傅かれた優雅で煌びやかな生活を送っているのだが、現在の彼女はそんな生活とは真逆である。

そもそも、アイリーンは誰かから愛されるということを知らない。
というよりも、記憶に無いのだ。
もともと体が弱かったらしい彼女の産みの母親は、彼女が1歳を少しすぎた頃に亡くなっている。もしかすると生前の母親からは愛されていたのかもしれないが、そんな記憶は一切残っていなかった。

政略結婚であった彼女の母親とイレオスキー公爵との関係はそれはそれは冷え切っており、さらに生まれたのが跡取りになることはできない女の赤ん坊であったことから余計に興味を失ったらしい。葬儀こそ行ったものの、とても公爵夫人の葬儀とは思えないような簡素なものであった。

そして葬儀を終えると、公爵はどこからか子連れの女性を連れてきた。女性とは公爵が政略結婚する以前から肉体的な関係を築いていたらしく、その女性が連れてきた男の子は紛れもなく公爵との間にできた子供で公爵自身も認めていた。それがグレイブである。
後妻となったグレイブの母親エレナはすぐに第二子を身ごもった。そもそも亡き妻に対する愛情は無く、その娘であるアイリーンには感心すら示さなかった公爵である。今まで辛うじてアイリーンに乳母をつけて育てていたが、エレナとの間に第二子が生まれるとそれさえも辞めてしまった。

かわいそうな子、捨てられた子、そんな同情心から使用人たちがアイリーンの面倒を見ていたが、彼女が4歳の時に事件が起こった。

面倒を見てくれるとはいえそれは所詮同情心からであると言うことを幼心に気がついていたアイリーンは、自室として与えられた北の部屋に閉じこもって絵を描くのが常だった。絵を描くと言っても、絵の具のような高価なものを与えられることは無い。羽根ペンと黒のインク、そして質の悪い藁半紙。その年頃の貴族の娘達が当たり前のように持っている着せ替え人形でも、愛らしい顔立ちのふわふわのぬいぐるみでもない。
それでもそれは一人ぼっちの彼女にとって唯一のおもちゃであり、友達であり、宝物だった。

そんな唯一の物を壊されてしまったら、普通子供ならどうするだろうか?
おそらく呆然としてただただその様子を見つめるか、泣き叫ぶかの二択だろう。
ある日彼女が部屋へ戻ると、部屋の中央でサーシャが座り込んでいた。やめて欲しいと言った所で勝手に自室へ妹が入るのは日常茶飯事だったためそれ自体は不思議では無かった。しかし、ふと義妹の周りを見れば見覚えのある白い羽根や少し黄ばんだ紙片がそこかしこに散らばっているではないか。まさか、と思い慌てて駆け寄ると、案の定それは彼女が最も大切にしていた物だった。ペンも紙もインクも、全て消耗品である以上使えばなくなる。自分から強請ることなんて出来ないから、使用人が余った物を気まぐれに渡してくれたのを大切に大切にしまっておいたのだ。それなのに、それら全てをダメにされてしまった。

自分より2つ下の義妹に髪の毛をこれでもかと言うほど引っ張られても、おやつとして与えられた、たったひとくち分のお菓子を取られても、義兄であるグレイブから理不尽に殴られても、それでも怒らない彼女であった。そんな彼女でも、唯一の宝物を壊されたことだけは許せなかったらしい。

彼女は義妹の頬を平手打ちしたのだ。

まだ3歳の幼いサーシャは泣き叫んだ。
そしてその声を聞き付けて使用人たちとともにエレナがやって来る。何故こんなことをしたのかという理由を聞くことすらなく、ただ単にアイリーンがサーシャの頬を打ったと判断したエレナは、アイリーンがサーシャにしたのと同じようにアイリーンの頬を加減無しに思い切り打った。

まだ4歳のアイリーンの全力の力とは違い、大人の全力の平手打ちに簡単に彼女の体は吹っ飛ばされた。環境が環境なだけにどこか子供らしさのない彼女であったが、食べ物もあまり与えられていないことから義妹にすら突き飛ばされてしまうような体格である。

そのとき彼女のあたまに浮かんだのは「なぜ?」という事だけ。

悪いことをすればいつもグレイブに叩かれた。それはサーシャを泣かせそうになった時もだ。痛いのは嫌だから、いい子でいようとして何をされても全て許したけれどそれでも宝物を壊されたのはショックだった。それに何よりアイリーンが食事を少しでも零してしまうと「物を粗末にしている」と使用人や義母から叩かれた。

だから自分も同じようにしただけなのに…

そんなアイリーンの訴えを、エレナは一切聞き入れなかった。そして事の顛末をエレナから聞いた公爵は烈火のごとく怒り、アイリーンの監禁を決めたわけである。

最初こそ、今まで通りの食事が出された。風呂も、使用人付きで毎日入ることが出来た。しかしそれも一月経つ頃には全て出来なくなった。

風呂は週に一度だけ、食事も現在のような残飯といっても過言ではないようなものがほんの少し、1日に3回出るだけになった。そんな食事も、下手をすれば忘れられて1日食べれないことさえもあったのだからたまらない。

部屋唯一の窓には外から鉄格子がはめられ、常に分厚いカーテンを閉めておくことを強要された。部屋から外に出ることも許されず、そうして彼女の存在は最初から無かったも同然として扱われるようになっていった。

運動神経がよく頭の回転が早い公爵家の跡取り息子グレイブと、美しく気立ての良いその妹サーシャ、世間では公爵家にもう1人娘がいるという事を知らない人間が、知っていたとしてもそんな話しがあったなくらいにしか思い出せない人間だけになっていきその存在は忘れ去られたも同然だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...