わたしの愛した知らないあなた  〜You don’t know me,but I know you〜

藤野ひま

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聖夜2.

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 須賀は一通り話し終えると、思わず息を吐いた。
須賀の前の席には松岡瞬が静かに座っている。

 彼は、俺の妄想、を最後まで茶化すことなく聞いてくれた。それは、なんのあてもなく資金もなく知識もなくおまけに今時でもない、世界で食をテーマにビジネスがしたいという、俺の夢だった。

「なるほど。世界か。僕は国内展開しか考えてないからすごいね」

 と、松岡は本気とはとても思えない言葉を放つ。

「そう言えば瞬、世界って言えばお前この時期毎年フランスじゃなかったっけ?」

 後方の席にいた政治家の息子が口を挟んだ。

「ああ、今年は色々あってやめたんだ」

 松岡が振り返って言う。

「なんだ、ついに葡萄畑手放したかと思ったぜ」
「悪いけど、まだ持ってるよ」

 え、この人もしかしてフランスにワイナリー持ってるとか? なんだ、そりゃ。色々恵まれすぎじゃね?

 松岡は須賀を見ると、「四条と共同出資なんですよ」と言った。

 いや、なんにしてもさ。と思いつつ須賀は、そうですかと言っておいた。

「ねえ、瞬。……あの二人さあ、どうなると思う?」

 やはり後方のテーブルに座っている吹子が、手元のワイングラスを見つめながら言った。

「二人って誰だよ?」

 間の抜けた問いを無視して松岡は言った。

「元どおりになるよ」
「随分と簡単に断言するのね?」
「言い切るよ。だって他に代わりはいないんだから」
「でも、四条さん全部忘れたままなんですよね?」

 須賀は思わず口を出した。

「そうだね。でも、問題ないよ。大事なことを忘れたのなら、また気づけばいいだけだから」

 そんな事なのか?

 不服そうな顔をする須賀に松岡が重ねて言った。

「榛瑠から見返りを得ようとしない女ってそうそういないんだよ。男でもだけど」
「……」
「でもねえ」

 言葉を継いだのは吹子だった。

「それって、こっち側から見たらどうなの?……辛いばっかりじゃない、アレが相手じゃ」
「んー、一花ちゃんは榛瑠に鍛えられてるから大丈夫じゃないの? 許してもらおう?」

 松岡が笑って言う。

「彼女、総領娘だからな、俺らと違って。覚悟が違うって」

 政治家息子の明るく軽い言葉を受けて、吹子が怒った口調で言った。

「あーもう本当に! 男って隙を見せるとすぐそうやって甘えてくる! 最悪!」

 ……美人が芝居がかった事言うと迫力だなあ。

 そんなことを思う須賀をノコが手招きした。
 やばっ、仕事中だった。

「うわ、吹子サン怖いなあ」

 その松岡の朗らかな声に被せるように言った、将来政治家の奴の声は、結構マジだった。

「大丈夫だって。吹子に甘えようなんて奴いないって。怖えーもん」

 吹子がきっと睨んだ。うん、怖い。

 仕事に戻った須賀にノコがいくつかグラスを渡す。それを運んでいると、ノコが厨房の入り口から大きな声で言った。

「吹子さん、日本酒のむ? スーパーのやっすいヤツだけど」
「飲む!」

 即答を待たずして、ノコが一升瓶を手にホールに出てきた。須賀は慌ててグラスをみんなの前に置く。
 松岡だけはグラスを断った。

「飲まれないんですか?」
「違う種類の酒を一度に飲むと調子悪くなるんだよ。だから遠慮しとくよ」

 安酒だしな、と思う須賀の思いを打ち消すように楽しそうな笑い声がした。

「格好つけてるけど、ただ単に、そいつ腹が弱いだけだからな!」
「……うるっせえよ、ショータ」

 政治家息子、ショータって言うのか。ていうか、いま言葉悪くなってたよな、松岡さん。

「ほんとよ、だまんなさいよ。それより、ほら飲む! 政治家は安酒飲めてなんぼでしょ!」
「いつの時代だよー、吹子」

 情けない声で返答するショータのグラスに、吹子の手からなみなみと透明な液体が注がれる。

 なんか、この綺麗なお姉さん、一升瓶が似合うなあ。

 口に出したら怖いんだろうなあ、と思って見ていたら須賀のところにもなぜか酒が回ってきて、今晩で何回目だかの乾杯になった。



 解散の時刻に合わせて須賀もバイトを上がった。予定より遅くなったが、もちろん時給はでるし、色々食べさせてもらったり、いいことだらけだったな、と帰り支度しながら思っていた。
 ま、一花さんとあんまり話せなかったとか、それより何よりあの金髪がなんかムカついたけど、しゃあない。

 三人の客もコートを着たりしながら話している。吹子には松岡が後ろから着せている。
 二人ともその仕草が自然で真似できんなと思う。

「だけど、彼も丸くなった方よね。許してあげるか」

 吹子が言っている。四条のことだろう。

「元からああでしょ、滅多に怒ったりしなかったし」
「そうだけどさあ」

 松岡の言葉に言い返したのは吹子でなくショータだった。

「あいつ高校の時はさ、たまにだけど刺しそうな目してたじゃん」
「お前だからだろ」
「ひでぇな。確かに、バカ言って殺されるっとか思ったことあったけど。じゃなくてさ」
「……あったわね」
「あったけど」
「それ考えりゃあ、マシになったって」
「……まあ、な」

 三人は改めて店の者と挨拶を交わして出て行った。

「じゃあ、俺も帰ります。お疲れ様でした」
「お疲れ様。気をつけて帰ってね」

 ノコの言葉に笑顔を返して店を出ると、三人とも店のすぐそばにまだいた。松岡が電話をかけているようだった。

「あーあ」
「何よ、今、場所押さえててくれてるんだから。ため息つかないで」
「違うって、そうじゃなくて」

 吹子とショータの会話が漏れてくる。今から次の店とってんのか? 無理じゃねえの? クリスマスだぞ?

 立ち去ろうとする須賀に気づいて、松岡が手振りでなんか合図する。なんだ?

 足を止めて待っていると、やがて電話を切った松岡が「取れたよ」と二人に言うと、須賀の方に来た。
 びっくりして立ち尽くす須賀に言う。

「さっきの話、結局中途半端で終わってたから」

 さっきのって?

「店の中ですると君に都合悪いかもしれないからね。ちょっと話聞いてて思いついたんだけど、君、空いてる時間があればうちの会社でバイトする? 事務系で」

 須賀は驚いて声もすぐに出なかった。

「え? いいんですか?」
「雑用だけど。ちょうど動ける人が欲しかったんだ。君にも勉強になることがあるかもしれないし。今のバイトしながらでも構わないよ」

 ……この人、神か? まじかよ⁈

「ぜひっ、お願いします!」

 松岡と連絡先を交換すると、また連絡するからと笑顔で言って彼は去っていく。

 須賀はその背に深々と礼をした。顔をあげると、三人で並んで歩いているのが見えた。
 急にショータが伸びをするように、頭の後方で両腕を組みながら大声で叫んだ。

「あーちくしょう! さっさと思い出しやがれ!」

 松岡が彼の背を軽くぽんっと叩く。吹子が笑っている。

 仲いいんだな、と須賀は思う。たぶん、あのムカつく男も含めて。

 でも、須賀はそんなことは今はどうでもいい気分だった。
 通りはクリスマスの飾りつけと人ごみでいつもよりずっと華やかだ。その中を歩きながら須賀は思う。

 なんつうか、予想外だけど、まだ、何にも始まってないけど、でも、なんかいい感じじゃないか?
 うん、悪くない。ていうか、いい! 俺!

 須賀は寒さも、働いた疲れも気にならなかった。

 俺の人生、全然、悪くない! さすがクリスマス! サンタやるな!

 クリスマスの町は夜が更けても明るかった。





 
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