わたしの愛した知らないあなた  〜You don’t know me,but I know you〜

藤野ひま

文字の大きさ
25 / 27

記憶3.

しおりを挟む
 朝の光を浴びながら、榛瑠はいつものようにキッチンで水を飲んだ。
 結局2日寝込んだ。熱が下がって起きたばかりで、顔も浮腫んでいて表情もぼんやりしている。
 窓の外の冬の早朝の空は薄く青く、週末のせいか時間のせいか、いつもより静かで澄んだ寒さが見えるようだった。
 
 もう一度水を飲んだ。セラミックトップのキッチンカウンターにガラスのコップが置かれて、コンっと乾いた音をたてる。
 そのままぼんやりと大きな窓から外を眺めた。カーテンのない高層階の窓の視界を遮るものは何もない。

 榛瑠は外を見たまましばらく身じろぎもしなかったが、やがて、カウンターの淵に両手でつかまってしゃがみ込んで下を向く。
 その姿勢で固まっていたかと思うと、何かを呟いて急に勢いよく立ち上がり、早足に部屋を出て行った。




 一花は目を覚ますと体をおこして大きく伸びをした。
 時計を見ると平日の起床時間と同じ。週末だけれどいつもの朝だ。

 榛瑠は結局、先週は出社しなかった。美園さんは翌日に来たみたいだけど。
 どうしてるかな、熱は下がったかしら。もう一度連絡してみよう。

 そんなことを考えながら着替え終わると、朝食をとるために部屋を出た。そして、廊下の開けたところに置いてある長椅子のところまで来て足を止めた。
 大きな窓からは手入れをされたいつもの庭が見える。が、長椅子の端に見慣れないものがあった。
 一瞬、なにかわからなかったが、それは人の足先だった。

 あわてて椅子の正面に回り込む。そこに横になっていたのは、金色の髪の人だった。

「榛瑠?」

 小さい声で一花は名前を呼んだ。榛瑠は眠っているようだった。

 どうしてこんなところに? 熱が下がったのかな? でも、こんな朝からどうして?
 約束したから早く来てくれたのかな。

 一花は心配になってそっと榛瑠の額に手をあてる。……大丈夫みたい。熱はさがったみたい、熱くない。

 と、不意に榛瑠が目を開けた。

「榛瑠、おはよう。こんな時間からどうしたの? 体調はどう?」

 一花は答えをもらう代わりに両腕で抱きしめられた。強く、痛いくらいに。

「え? 榛瑠?! どう……」
「ごめん」

 え?

 榛瑠が一花を抱きしめたまま、絞り出すような声で言った。

「ごめん。遅くなった」

 一花は訳がわからなかった。遅くなったって、来るのがって事? それならそんなに……。

「ごめん。……ただいま」

 ただいま、って。

 ……あ……。

 一花の目にゆっくりと涙が滲み、体が小刻みに震えた。
 
 記憶が戻ってる? もしかして、思い出したの? 
 
「……は……る?」

 一花を抱きしめていた腕が緩む。
 榛瑠は少し困ったような、でも優しい笑顔を一花に向けた。

「ただいま戻りました、お嬢様」
「…… ! おかえりなさいっ」

 一花は榛瑠の首に腕を回して抱きつく。

「一花」

 優しい声とともに、一花は再び力強い腕で抱きしめられた。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

処理中です...