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昼ですね(6)
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「この家って何にも余分な物ないよね」
「そうですか?」
「そうだよ」
私は寝転がったまま部屋を眺める。
ここにある主だったものといえば、ダイニングとソファセットだけだ。テレビもない。前はあったらしいが、見ないからということですぐに手放したらしい。カーテンは初めからない。
直線的で色味を抑えたシンプルなデザインの家具。榛瑠が選んだものではない。日本に引っ越してくる時に知り合いのコーディネーターに一任したそうだ。
彼のリクエストは、シンプルで邪魔にならないもの、であったらしい。きっと頼まれた方はちょっと困ったんじゃないかな。
だって、邪魔じゃないって難しいよ。榛瑠が言うのは余分な装飾がないだけでなく、むだな温かみも冷たさもなく、でも、心地の良いデザイン性は欲しいってことなんだもの。
その意味ではそのコーディネーターはとても優秀だと思う。この家には余分なものが本当に少なくて、彼の本当の意味での注文、つまり自分の思考や行動を妨げない家、というのを成功させている。
はっきり言って、私が一番この家の中では異質で騒がしいよ。
だから、思うのだ。
いつか、私も彼の中で必要のないものになったらあっさり手放されてしまうのではないだろうか。テレビみたいに。
困ったことに前例があるからなあ。
それでも、榛瑠がどこかで元気でいてくれるならいいよと以前に言いはしたけど、でもね。
……せめて、もう少し何か温かい感じがあればなあ。
「猫でも飼えばいいのに」
「どうしたんですか、急に」
彼が私を見下ろす。
「だって、このマンション室内飼いはいいんでしょ?」
榛瑠はまた画面に目を戻す。その代わり手が私の額の前髪を撫でる。
「榛瑠がいない時は私が面倒みてあげるし」
「あなたが?」
なんだかちょっと笑いを含んだ声に聞こえたのは、私のひがみかしら。そうなのよ、私、あんまり動物に懐かれないのよ。
昔うちにいた猫のボスには、はっきり言ってバカにされてたし、レトリバーのペーターは榛瑠にべったり懐いてたからなあ。
いや、ボスも彼にはけっこう礼儀正しかった。なんなの、なんで動物にまでこの人は……。
「榛瑠、好きでしょ、猫。とくに不細工な子。いたら絶対かわいいよ」
ボスもブサ可愛だったもん。
「……それならもういますよ」
私は驚いて上体を起こした。
「そうなの? 知らなかった! え? どこ? 可愛い子? 可愛いに決まってるけど」
「すごく可愛いのですが、結構大変なんですよ」
「そうなの?」
「そう。お美味しいもの与えないと拗ねるし、かまわないとうるさいし、かまい過ぎると怒るし。結構、面倒なんです。でも擦り寄ってくるのが可愛いので、ついついかまっちゃいますね」
「えー、いいなあ」
いーなー。でもどこにいるんだろう。書斎かな。あそこは私、立ち入らないし。
でも、餌とかトイレとか、どこかにあったっけ?
あ、お外の猫を面倒見てるのかな?
榛瑠は画面を見たまま、また私を撫でる。私は勝手にさせておく。触れられるのは嬉しい。
彼の指が私の顎の下を撫でる。なんだか私が猫みたい。
…………。え、あれ。……あれ⁉︎
「もしかして、それ私⁉︎」
榛瑠は画面を見たまま笑った。
「なによ、もう! 」
二度と、擦り寄ってなんかやらない!
そう、できないとわかっていることを思う。できればいいのに!
私はふてくされた気持ちで再び横になった。見上げると榛瑠は楽しそうな顔をして仕事している。
そうよね、この人ブサ可愛好きだしね。どーせね。自分で言った言葉が痛いわ。
「……どうせブサイクだし」
「そこは違います。それに私は美猫も好きですよ」
そうですか。人の女性もそうでしょう。美しい人が好きよね。
すっかり拗ねた私の頭を彼がまた撫でる。この人、ホントに私のこと猫と勘違いしてないかしら。
「にゃあっ」
私はそう言って、爪で引っ掻く代わりに彼の指を甘噛みした。
榛瑠の口元が微笑む。金色の目が細くなる。その顔をみると、ま、いいかって思えちゃうのが困る。
「そうですか?」
「そうだよ」
私は寝転がったまま部屋を眺める。
ここにある主だったものといえば、ダイニングとソファセットだけだ。テレビもない。前はあったらしいが、見ないからということですぐに手放したらしい。カーテンは初めからない。
直線的で色味を抑えたシンプルなデザインの家具。榛瑠が選んだものではない。日本に引っ越してくる時に知り合いのコーディネーターに一任したそうだ。
彼のリクエストは、シンプルで邪魔にならないもの、であったらしい。きっと頼まれた方はちょっと困ったんじゃないかな。
だって、邪魔じゃないって難しいよ。榛瑠が言うのは余分な装飾がないだけでなく、むだな温かみも冷たさもなく、でも、心地の良いデザイン性は欲しいってことなんだもの。
その意味ではそのコーディネーターはとても優秀だと思う。この家には余分なものが本当に少なくて、彼の本当の意味での注文、つまり自分の思考や行動を妨げない家、というのを成功させている。
はっきり言って、私が一番この家の中では異質で騒がしいよ。
だから、思うのだ。
いつか、私も彼の中で必要のないものになったらあっさり手放されてしまうのではないだろうか。テレビみたいに。
困ったことに前例があるからなあ。
それでも、榛瑠がどこかで元気でいてくれるならいいよと以前に言いはしたけど、でもね。
……せめて、もう少し何か温かい感じがあればなあ。
「猫でも飼えばいいのに」
「どうしたんですか、急に」
彼が私を見下ろす。
「だって、このマンション室内飼いはいいんでしょ?」
榛瑠はまた画面に目を戻す。その代わり手が私の額の前髪を撫でる。
「榛瑠がいない時は私が面倒みてあげるし」
「あなたが?」
なんだかちょっと笑いを含んだ声に聞こえたのは、私のひがみかしら。そうなのよ、私、あんまり動物に懐かれないのよ。
昔うちにいた猫のボスには、はっきり言ってバカにされてたし、レトリバーのペーターは榛瑠にべったり懐いてたからなあ。
いや、ボスも彼にはけっこう礼儀正しかった。なんなの、なんで動物にまでこの人は……。
「榛瑠、好きでしょ、猫。とくに不細工な子。いたら絶対かわいいよ」
ボスもブサ可愛だったもん。
「……それならもういますよ」
私は驚いて上体を起こした。
「そうなの? 知らなかった! え? どこ? 可愛い子? 可愛いに決まってるけど」
「すごく可愛いのですが、結構大変なんですよ」
「そうなの?」
「そう。お美味しいもの与えないと拗ねるし、かまわないとうるさいし、かまい過ぎると怒るし。結構、面倒なんです。でも擦り寄ってくるのが可愛いので、ついついかまっちゃいますね」
「えー、いいなあ」
いーなー。でもどこにいるんだろう。書斎かな。あそこは私、立ち入らないし。
でも、餌とかトイレとか、どこかにあったっけ?
あ、お外の猫を面倒見てるのかな?
榛瑠は画面を見たまま、また私を撫でる。私は勝手にさせておく。触れられるのは嬉しい。
彼の指が私の顎の下を撫でる。なんだか私が猫みたい。
…………。え、あれ。……あれ⁉︎
「もしかして、それ私⁉︎」
榛瑠は画面を見たまま笑った。
「なによ、もう! 」
二度と、擦り寄ってなんかやらない!
そう、できないとわかっていることを思う。できればいいのに!
私はふてくされた気持ちで再び横になった。見上げると榛瑠は楽しそうな顔をして仕事している。
そうよね、この人ブサ可愛好きだしね。どーせね。自分で言った言葉が痛いわ。
「……どうせブサイクだし」
「そこは違います。それに私は美猫も好きですよ」
そうですか。人の女性もそうでしょう。美しい人が好きよね。
すっかり拗ねた私の頭を彼がまた撫でる。この人、ホントに私のこと猫と勘違いしてないかしら。
「にゃあっ」
私はそう言って、爪で引っ掻く代わりに彼の指を甘噛みした。
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