13 / 20
夕方だ(4)
しおりを挟む
榛瑠は笑ったまま視線を海の向こうに向けた。私も遠くを見る。
夕日が海の上をキラキラさせていた。船が何隻か見える。遠くに見えるのはコンテナ船だろうか。
私はちょっと足が疲れたせいもあって、遊歩道の手すりにつかまりながらその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……。船見たら、来週仕事忙しいの思い出しちゃった」
昨日、見限って退社しちゃったからなあ。机の上ひどいし。
「来週はよく荷が動きそうですからね。頑張ってください。無駄な残業代つけないようにね」
「頑張ります、課長……」
なんか、泣きそうな気分。
榛瑠が差し出しくれた手につかまって立ち上がる。
「一花は横やりの雑用に対応しすぎて手を止めすぎなんです。だから効率が悪くなる」
無視する割にはよく見ていらっしゃる。
「だって、そういうのを引き受けるのも、事務の役割みたいなところが……」
「人が楽するのを手伝うことはないですよ、取捨選択しなさい。私がいちいち言うわけにもいかないし」
そうなんだけどね、わかっているんだけどね。
「だって、そういうけど、課長様。もっと大変な仕事抱えてると思うと手伝いたくなるし、私にって言われると、断れないし……。何なら課長も遠慮なく言って下さい。あ、でも、来週はやめて」
「まったく」榛瑠がため息をつく。「あなたはあなたが気にしなくていい人間に気を使いすぎなんですよ」
そう言って私を引き寄せた。
「その割にはこっちは手を抜くしね」
「そんなことない……」
全部言い終わらないうちに唇をふさがれた。長い、ちょっと乱暴なキスだった。頬に夕日が当たるのを感じる。
「もう、だれか見てたらどうするのよ」
離してもらった後、彼につかまりながら言う。榛瑠の腕が腰に回されて支えてくれる。
「誰もいないし。いてもいいでしょ、見せてやれば。関係ないし」
関係あるわ! この人はほんとに!
「にゃあっ」
私は榛瑠の頬を軽くだけどつねってやった。反省しなさい、もう。
「舐められたいの?」
榛瑠が私の手をとって言う。ちょっと!
「いやっ!」
私は彼から逃れた。榛瑠は笑う。
「ほら、危ないですよ。さ、そろそろ戻りましょうか、日も傾いてきたし」
下りは上りよりも足元がおぼつかなくて、ずっと下を向きながら歩かなければいけなかった。
なんだか疲れて顔を上げた時、前を歩く榛瑠の後ろ姿が目に入って、ぼーっと見とれてしまった。
彼の海の向こうを見る横顔に夕日があたっていて、金色の髪を染めていた。シャープな首から顎の線。暖色のカーディガンが温かみを添えている。伸びた背筋と長い手足。
私、恋人同士でなかったらいろいろまずかったかも、って思うくらい、本当は見てて全然飽きない。
昔、彼がまだ我が家にいた頃もそうだったかしら。あんまり覚えてないけど、あの頃はむしろ、彼の視界に入ろうと一生懸命だった気がする。いつも目の端で姿を探しながら。
そして、探すものが消えてしまった時……。
急に風の音が耳に入った。胸の奥に隠してあるものがざわざわして、目を閉じる。
大丈夫だよ、私。もう、間違えなくていいよ。
夕日が海の上をキラキラさせていた。船が何隻か見える。遠くに見えるのはコンテナ船だろうか。
私はちょっと足が疲れたせいもあって、遊歩道の手すりにつかまりながらその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……。船見たら、来週仕事忙しいの思い出しちゃった」
昨日、見限って退社しちゃったからなあ。机の上ひどいし。
「来週はよく荷が動きそうですからね。頑張ってください。無駄な残業代つけないようにね」
「頑張ります、課長……」
なんか、泣きそうな気分。
榛瑠が差し出しくれた手につかまって立ち上がる。
「一花は横やりの雑用に対応しすぎて手を止めすぎなんです。だから効率が悪くなる」
無視する割にはよく見ていらっしゃる。
「だって、そういうのを引き受けるのも、事務の役割みたいなところが……」
「人が楽するのを手伝うことはないですよ、取捨選択しなさい。私がいちいち言うわけにもいかないし」
そうなんだけどね、わかっているんだけどね。
「だって、そういうけど、課長様。もっと大変な仕事抱えてると思うと手伝いたくなるし、私にって言われると、断れないし……。何なら課長も遠慮なく言って下さい。あ、でも、来週はやめて」
「まったく」榛瑠がため息をつく。「あなたはあなたが気にしなくていい人間に気を使いすぎなんですよ」
そう言って私を引き寄せた。
「その割にはこっちは手を抜くしね」
「そんなことない……」
全部言い終わらないうちに唇をふさがれた。長い、ちょっと乱暴なキスだった。頬に夕日が当たるのを感じる。
「もう、だれか見てたらどうするのよ」
離してもらった後、彼につかまりながら言う。榛瑠の腕が腰に回されて支えてくれる。
「誰もいないし。いてもいいでしょ、見せてやれば。関係ないし」
関係あるわ! この人はほんとに!
「にゃあっ」
私は榛瑠の頬を軽くだけどつねってやった。反省しなさい、もう。
「舐められたいの?」
榛瑠が私の手をとって言う。ちょっと!
「いやっ!」
私は彼から逃れた。榛瑠は笑う。
「ほら、危ないですよ。さ、そろそろ戻りましょうか、日も傾いてきたし」
下りは上りよりも足元がおぼつかなくて、ずっと下を向きながら歩かなければいけなかった。
なんだか疲れて顔を上げた時、前を歩く榛瑠の後ろ姿が目に入って、ぼーっと見とれてしまった。
彼の海の向こうを見る横顔に夕日があたっていて、金色の髪を染めていた。シャープな首から顎の線。暖色のカーディガンが温かみを添えている。伸びた背筋と長い手足。
私、恋人同士でなかったらいろいろまずかったかも、って思うくらい、本当は見てて全然飽きない。
昔、彼がまだ我が家にいた頃もそうだったかしら。あんまり覚えてないけど、あの頃はむしろ、彼の視界に入ろうと一生懸命だった気がする。いつも目の端で姿を探しながら。
そして、探すものが消えてしまった時……。
急に風の音が耳に入った。胸の奥に隠してあるものがざわざわして、目を閉じる。
大丈夫だよ、私。もう、間違えなくていいよ。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる