おやすみ、お嬢様 〜Good night, My Lady 〜

藤野ひま

文字の大きさ
15 / 20

夜です(1)

しおりを挟む
その日のディナーは海沿いにあるフランス料理店だった。

「ここ知ってる。会社の女の子達で話したことあるよ。割と最近できたんでしょ? 予約取れないって聞いたけど……」

「そうなんですか? 高校の時の友人の店なんですけどね」

あ、そうなんだ。知らなかった。誰だろう?

榛瑠は襟つきのジャケットに着替えていた。このためにわざわざ持ってきていたのね。

お店は落ち着いていて、とてもすてきだった。

大きな窓から暮れていく海がよく見えた。

料理のコースはいくつかあったみたいだけど、時間もあったし、お腹も空いてたし、おすすめのフルコースに。

私はメニューを殆ど見なかったけど。全部おまかせ。

「お酒少しはいただきますか?」

「うん。でも榛瑠は運転あるし、いいよ、私……」  

「私は飲みませんが、気にしないで」

そう言って、食前酒もワインも全部決めてくれた。

お見合いをしてお付き合いをした何人かの男性達も、場慣れててスマートな方が多かったけれど、榛瑠はそれだけでなくこちらの嗜好を知っててくれているので、より安心というか、正直、楽。

この楽しさは女子の特権かもしれない。だからせめて背筋を伸ばして微笑んでみる。

少しでもキレイに見えるといいな。私なりに。

いつにも増して、この夜の彼はとても紳士だった。

背筋を緩ませることなく、でもリラックスして、ずっと柔らかく微笑んでいた。

皮肉っぽいからかいもなく、穏やかな落ち着いた声で話した。

自分がこれまで行った、外国の街や、会った人の話なんかをしてくれた。

暮れていつしか暗くなった海を横目に、美味しい食事をいただきながら、私はどこかたゆたうようにその声を聞いていた。

「どうしました? 今夜はあまり話しませんね」

彼がそう言った時、テーブルにあるのはデザートだった。

「少し酔ったかも。でも、あなたの声を聞いているの好きよ」

「そうですか。私もお嬢様の声、好きですよ」

「ありがとう」

そう言ってもらったので、私はふと思い出したことを口にしてみた。

「そういえば今ぐらいの時期に、星を観に行ったことがあったよ」

「星ですか?」

「そう、大学の時に。友達に誘われて6、7人いたかなあ。山の上にね、行ったの」

「楽しそうですね」

「うん。でも、寒くて。そこまで高い山じゃなかったんだけど、日陰とかにまだ少し雪とか残ってて。とりあえず、震えてた」

「厚着していくことを誰も思いつかなかったんですか」

「そうなの。で、寒いのが辛いんだけど、なんかみんな逆にテンション上がっちゃって、そのうち男の子が叫び出して」

「男もいたんだ」

「半々くらいだったかな。うん、最初はね、寒いとか叫んでたんだけどそのうち、バカヤローとか誰々が好きとかみんな言い出して。星そっちのけで。面白かったな。って、話すと全然、つまんないね」

榛瑠はコーヒーを一口飲むと言った。

「あなたはなんと叫んだんです?」

「それが覚えてないの。たぶん、どうでもいいことだったんだと思うわ」

そういう私に彼は微笑みかけながら言った。

「まあ、本当に叫びたいことって、意外に声にできないものかもしれませんしね」

私はなんだか不思議な気持ちになった。榛瑠がこんなこと言うとは思わなかったから。

「榛瑠はなにか叫びたかったことってあるの?」

「私ですか?  どうでしょうか……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...