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夜です(3)—榛瑠—
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波がよせて返す規則正しい音がする。
榛瑠の片手の中に一花の手があった。
「少し寒いですね。もう帰りましょうか?」
「もう少しいたい。だめ?」
「いいですよ。でも、これ着てね」
榛瑠は自分の上着を脱いで一花の肩にかけた。ありがとう、と言って彼女は自分の肩に手をやる。
二人はまた黙ってゆっくり暗い波打ち際を歩いた。
ふと、榛瑠は自分を見上げている視線に気づいて言った。
「どうかしましたか?」
「ううん。金髪、きれいだなって、暗くても。あ、嫌だったらごめんね」
「別にあなたなら嫌じゃないですけど」
自分の見た目について今まで散々言われたてきた。一花以外の人間だったらうんざりするところだ。
一花が榛瑠から視線を外して空を見上げる。晴れた夜空には星が瞬いている。
「叫んだことは覚えていないけど、でも、あの日はとてもきれいな夜空だったよ。ちょっと、標高上がるだけで違うものだよね」
「そうですね。私もアメリカで一時、山歩きに凝っていた時があったんですがきれいでしたね」
え? 榛瑠が? と一花が言う。
「なんか、山ってちょっと意外」
「そうですか?」
「うん。あなたって、運動神経良いけどインドアのイメージ」
「機会がなかっただけです。それに本格的な山登りじゃないですし。ハイキング程度です」
そっか、とうつむきがちに言う一花を、ああ、またつまらないこと気にしているな、と榛瑠は思って見る。どうせ、機会がなかったという言葉に、自分のせいかもぐらい思っているのだろう。
しまったな、と思う。一花はどうにもならないし、一花のせいでもないことを思い悩みすぎる。
と言うより、今更なんだよね。
自分がそんなことにイライラしていたのは、すでに過去だった。
一花がこうなったのはいつからだ? 昔はここまでじゃなかった。自分がいない間に変わっていた。
一花は離れていた9年間のことをあまり聞かないし、それ以上に話さなかった。
もともと一花は榛瑠に対しては屈託がなくて隠し事も下手だ。
その彼女が話さない過去には、話したくない何かがあるのだろう。
そして、そのうちの幾分かはたぶん、俺のせいだ。
そう榛瑠は思いつつ、そのことについてわざわざ聞こうとも思わなかった。
聞いても仕方のないことはある。
「でも、好きだったのは夜ではなくて朝でしたけど」
うつむいている一花に榛瑠は言った。思った通り、彼女は顔をあげた。
「朝? 山の?」
「そう」
「そうなんだ。……ねえ、じゃあ一番きれいだった朝を話して」
「一番、ですか」
「うん、わからない?」
「わかりますけど……。一花が聞いてもあんまり楽しい話じゃないよ」
「何で? 嫌じゃないなら聞きたいんだけど」
大丈夫かな、と思いつつ榛瑠は話し出した。
榛瑠の片手の中に一花の手があった。
「少し寒いですね。もう帰りましょうか?」
「もう少しいたい。だめ?」
「いいですよ。でも、これ着てね」
榛瑠は自分の上着を脱いで一花の肩にかけた。ありがとう、と言って彼女は自分の肩に手をやる。
二人はまた黙ってゆっくり暗い波打ち際を歩いた。
ふと、榛瑠は自分を見上げている視線に気づいて言った。
「どうかしましたか?」
「ううん。金髪、きれいだなって、暗くても。あ、嫌だったらごめんね」
「別にあなたなら嫌じゃないですけど」
自分の見た目について今まで散々言われたてきた。一花以外の人間だったらうんざりするところだ。
一花が榛瑠から視線を外して空を見上げる。晴れた夜空には星が瞬いている。
「叫んだことは覚えていないけど、でも、あの日はとてもきれいな夜空だったよ。ちょっと、標高上がるだけで違うものだよね」
「そうですね。私もアメリカで一時、山歩きに凝っていた時があったんですがきれいでしたね」
え? 榛瑠が? と一花が言う。
「なんか、山ってちょっと意外」
「そうですか?」
「うん。あなたって、運動神経良いけどインドアのイメージ」
「機会がなかっただけです。それに本格的な山登りじゃないですし。ハイキング程度です」
そっか、とうつむきがちに言う一花を、ああ、またつまらないこと気にしているな、と榛瑠は思って見る。どうせ、機会がなかったという言葉に、自分のせいかもぐらい思っているのだろう。
しまったな、と思う。一花はどうにもならないし、一花のせいでもないことを思い悩みすぎる。
と言うより、今更なんだよね。
自分がそんなことにイライラしていたのは、すでに過去だった。
一花がこうなったのはいつからだ? 昔はここまでじゃなかった。自分がいない間に変わっていた。
一花は離れていた9年間のことをあまり聞かないし、それ以上に話さなかった。
もともと一花は榛瑠に対しては屈託がなくて隠し事も下手だ。
その彼女が話さない過去には、話したくない何かがあるのだろう。
そして、そのうちの幾分かはたぶん、俺のせいだ。
そう榛瑠は思いつつ、そのことについてわざわざ聞こうとも思わなかった。
聞いても仕方のないことはある。
「でも、好きだったのは夜ではなくて朝でしたけど」
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「朝? 山の?」
「そう」
「そうなんだ。……ねえ、じゃあ一番きれいだった朝を話して」
「一番、ですか」
「うん、わからない?」
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「何で? 嫌じゃないなら聞きたいんだけど」
大丈夫かな、と思いつつ榛瑠は話し出した。
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