フローライト

藤谷 郁

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プロポーズ

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「感動的だ。こんな出会いがあっていいのか」


後藤はストローでちゅうちゅうコーヒーを吸いつつそんなことを言う。大きな熊が蜂蜜を吸っているように見えて、彩子は何だか可笑しかった。


「しかし、あれからどうしてたんだ。お前、高校では野球をやらなかったのか。いいセンスしてるくせによ」

「お前はないだろう。馴れ馴れしいぞ」


原田がめずらしく語気を強くする。


「あ、そう。勘弁してくれ。じゃ原田、どうして野球を続けなかったんだ」


後藤は言い直すが、さほど気にも留めずに訊いてくる。

原田は仕方ない感じで答えた。


「他にやりたいことがあったんだ」

「他にやりたいことがあったんだ……キリッ。聞いた? 彩子ちゃん。気障だよな」

「うふっ」


もう彩子は我慢ならないくらい可笑しかった。智子の結婚相手がこんなひょうきんな人だとは、思いも寄らず。


彩子が楽しそうなので、原田は怒る気にならないらしい。

だが、いささか不機嫌な口調でやり返した。


「対戦相手の女性をナンパするような奴に言われたくないぜ」

「なにい? 自分だってこんなおぼこい娘をゲットしてるじゃねえか。お互い様よ」

「おぼこいって、智子が私についてそんな風に言ってるんですか」


後藤は横から入ってきた彩子をまじまじと眺め回す。


「そうだよな。そんなにおぼこくないよな。あいつ少し言い過ぎだって、今度叱っておきます」

「おい、後藤」


原田がたしなめようとすると、ウエイターがコーヒーを運んできた。


「彩子ちゃんはカフェモカだろ」


後藤が彩子に顔を近付けて言う。


「智子から聞いてますね」

「ほら、やっぱり。大当たり~!」


原田はちょっと面白くない顔をして、二人のやり取りを見ている。


「おっといけねえ、睨まれた」


後藤は大きな体を丸め、彩子の後ろに隠れる真似をした。

子どものような仕草に原田は呆れたのか、苦笑を浮かべるのみ。黙ってコーヒーを含んだ。


「それにしてもさ、原田。まじめな話、お前に会えてメチャクチャ嬉しいよ。連絡先を交換してくれ」

「連絡先?」


唐突な申し出に原田は目を瞬かせる。


「実は俺達、会社とは別に有志で草野球チームを作ってるんだ。おま……原田くんが助っ人に来てくれると、有難いんだけど~」

「野球はいいけど、そんな時間ないよ。会社のチームにも参加できない有様なんだから」

「大丈夫、本当に時間ができたらでいいからさ。早く電話番号を交換しよう!」


原田は躊躇している。後藤に番号を教えたら、毎日でもかかってきそうな予感がするのだろう。


「嫌なのか、仕方ないな。じゃ、彩子ちゃんの番号を教えてもらって連絡取るか」

「わかったよ、貸せ」


原田は乱暴に後藤のスマートフォンを奪うと、自分の番号を押した。


「ヒャッホー! ありがてえ」

「言っとくが、本当に時間がないんだ」


原田が念を押すが、後藤はまったく聞く耳を持たない。対照的な二人を前に、彩子はクスクス笑っている。


「おい、行くぞ後藤」

「オウ」


後藤は仲間に呼ばれて立ち上がった。


「じゃ、原田またな。彩子ちゃん、いい男に惚れたもんだね、コノ~!」


面白そうに冷かすと、片手を上げて、あっという間に店を出て行ってしまった。



急に店内が静かになる。

もとどおりクラシック曲が聞こえてくると、原田はほっとした顔で彩子を見た。


「ふう、やっと落ち着ける」

「びっくりした……すごい人ですね、後藤さんって」

「ああ。それにしても智子さんって人は大した女性だ。あいつの嫁さんになるってことは、猛獣使いになるに近いものがある」

「うふふ……智子は大人だから、大丈夫」

「そうか。それはあいつもラッキーだ」


原田と微笑み合い、彩子はゆったりとしたひと時を楽しむ。嵐は過ぎ去り、穏やかな時間が戻ったかのように。


だが、それは違っていた。

後藤怜人という嵐は、平穏に進んでいた二人の関係に、思わぬ影響をもたらしたのだ――
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