琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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痩せっぽちの娘

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 ラルフは木々の梢すれすれでルズの背から飛ぶと何度か体を回転させ、森の中にただ一本のみ通っている道の上にふわりと着地した。
 まるで羽毛のような、やわらかで静かな地面への触れ方だった。

 ついと立ち上がった彼の肩に、ちょこんと紅い獣がとまっている。
 さきほどまで、巨大な翼を大空に広げていた妖獣ルズだ。全身紅い羽毛に包まれ、丸い大きな目をキョロキョロさせている。
 愛らしい姿をした、これが彼の本来の姿なのだ。

 ラルフはルズの喉もとを労うように撫でてやると、雪のように白い面を、目の前で立ち竦んでいる女に向けた。そして、彼女の頭のてっぺんから足先まで遠慮なくジロジロと眺めた。
「ふむ」
 マントの裾を払うと、彼女の周りをゆっくりと歩く。
 あらゆる方角からよくよく観察した後、彼は顎に手をやって考え込んだ。肩でルズが体を震わせ、笑っている。
「おかしいな。"強い女"の匂いを感じたのだが」
 独り言を口にする彼に、女は痩せた手を合わせると、祈るような仕草をして膝を付いた。
「あなたは魔物から旅人を守っているという森の番人さまですね。お願いです。どうか通してください。私はゴアドアまで、どうしても行かねばならないのです」

 ラルフは魔物を呼ぼうとした呪文を胸に戻すと、ふと興味が湧いて、この貧相な痩せっぽちの、吹けば飛ぶようなみじめな風貌の女に質問した。
「お前のような何の取り柄もない女が、何をしにあの満たされた国へと出向くのだ。またお前は魔物の存在を知っているようだが、そのような丸腰で無事に辿り着けるとでも思っているのか。それに誤解をしているようだが、守るばかりが私の仕事ではないぞ」
 冷たく澄んだ眼差しで女を見下ろす。女というより少女のような線の細さ。顔は面やつれして老けた印象だが、よく見ると目もとの辺りにまだ幼さを残している。

「私はゴアドアに行くと言い残して旅立ったまま帰らない姉を捜しに来ました。ずっとたよりを待っていた母親が心労からついに倒れ、一刻の猶予もならない容態なのです。いてもたってもいられずこうして無謀にも暗黒の森を歩いてきました」
 手を合わせたまま、緑の瞳をラルフに向けている。懇願するように。
 その、深くそれでいて透明な緑のみが、彼女の持つ唯一の美しい要素であった。

「姉を捜しに? そいつはこの森を通ったのか。いつごろの話だ」
 ラルフはマントに飾った宝石を無意識にいじった。石同士が触れ合う乾いた音が、静かな森に軋むように響く。
「115日前に家を出て、ここまで8日ほどかかりますから……えっと、この森に入ったとしたら大体107日前になると思います」
 娘のたどたどしい答えを聞くと、さきほどまで妻であった女からの記念品をぎゅっと握りこむ。
 深い湖のような青をした琥珀。
 この化石の持ち主を、このみじめったらしい、弱い弱い昆虫のような娘が、捜しに来た。
「血の繋がった姉か?」
 ついそう訊いてしまったラルフに、彼女ははっとした顔になる。
「はい……あの、もしやあなたはご存知なのですか。私の姉を」
 ラルフは初めてだった。初めて自分の妻だった女の身内に遭遇した。実にやっかいな状況だと、内心とても焦っている。

(だが、私が女をさらって妻にしているなど知らぬはずだ)

 このことはラルフ自身と、ルズと、ゴアドア王、そして妻になった女達が知るのみ。
 青い琥珀をズボンのポケットに捻じ込むと、薄い唇をひとなめして、かぶりを振った。
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