琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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儀式の準備

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 仕事を終えて屋敷に戻る頃、 遠くに見える山々の峰は夕焼けに染まっていた。
 物見櫓に降りたラルフはいつものように豆の木を滑り、寝室の窓から屋敷に入った。 ルズも当たり前のように付いてくる。 
「お前、自分のねぐらに帰らないのか」 
「いいじゃん。僕にもミアの顔を見せてよ」 
「あの顔でよければ、いくらでも」 
「……酷いこと言うなあ」
 渋面を作るルズに笑いながら、ラルフは寝室を見回す。そして、いつもと様子が違っていることに気付いた。 

 床がきれいだ。よく見ると、家具の上に積もっていた埃が拭われている。窓ガラスも、天井から下がるクリスタルの照明も、どこもかしこも磨き抜かれてピカピカだった。
 ベルが手を抜いて掃除したのとは雲泥の差である。 
「ああ、なんだか懐かしい匂いがするね」 
 ルズが鼻をひくつかせ、うっとりとつぶやく。 
 ラルフはふと、ベッドに目を留めた。すたすたと近付き、きれいに洗濯されたシーツに顔を寄せてみる。何十年……いや何百年ぶりかで嗅ぐ、太陽の匂いだった。 

「すごいなあ。この部屋って、こんなに広くて立派だったんだね」 
 ラルフは一応頷くが、複雑な心境だった。あまりにも清潔すぎて、自分の屋敷ではないような……だがやはり、ここはラルフの住まいである。
「他はどうなってる」
 ラルフはドアを開け、廊下に出た。予測どおり、そこにもいつもと違う光景が広がっている。 
 廊下は寝室の床と同じように磨かれ、土足で歩くのが悪いくらいだ。そんなことを本気で思い、ラルフは苦笑する。
「わっ、花が飾ってあるよ」 
 ルズは驚きの声を上げ、踊り場に飛んでいく。長い間放置されていた花台に盛られるのは、ピンクのコスモスだ。 

「花だって?」 
 屋敷はうっそうとした森に囲まれている。手入れのされていない庭にも、花など咲いていない。
 ラルフも踊り場に下りて、コスモスに近付く。よくよく見れば、それは実に見事な造花だった。 
「すごいなあ、器用なんだねミアって」 
 もちろん、花の制作者は彼女である。まるで生花のような瑞々しい造形に、ラルフも器用という褒め言葉を認めざるを得ない。
「ラルフが魔法で仕上げたら、もっと本物らしくなるよ」 
「馬鹿な。誰が花など……」 
 魔法をかけずとも本物だと思わせる技術に、少しばかり嫉妬した。 

「お帰りなさいませ、ラルフ様」 
 食堂に行くと、今朝と同じようにミアが皿を並べているところだった。気のせいか、彼女自身もすっきりとして、小ぎれいになったように見える。 
(ふん、まさか。相変わらず貧相なものではないか)
「お掃除道具など、勝手にお借りしました。あと、お夕食を用意するさい、氷室にあった食材を使い切ってしまいました」 
 ラルフは食卓につくと、まるで家政婦のように作業報告するミアを、じろりと睨んだ。 
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