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しおりを挟むふと意識が浮上する。すぐに足の鋭い痛みがやってきたけれども、それ以外のすべての苦痛が和らいでいて、瞼の向こうに焼けつくような光を感じた。
「っ」
すぐにその感覚に任せてシェリルは跳ねあがるように起き上がった。
目を見開いてしきりに首を振って辺りの状況を確認する。左を見るとレースのカーテンが掛けられた窓があり、柔らかな光を差し込ませている。その光景を頭の中で処理する間もなく左を見ると美しい壁紙が目に入る。
腰壁が設置されていて美しい木彫りがされている。それから大きなクローゼットと可愛らしいドレッサー、どれもこれも女性ものの最高級の品だった。
「はぁ……っ」
今眠っていたであろうベットも同じく作りがよく、天蓋付きの大きなベットだ。柔らかいシルクのシーツはとても肌触りがいい。
しかしシェリルは、なんだか衝撃的すぎてどうしようもなくなっていた、一言で今の精神状況を言い表すのなら、意味が分からないだ。でも言葉でそう思う前にシェリルのキャパシティーを超えてしまって息を吸い込む。
「は、あ、あああっ、いやあああ!!!」
優しいシルクの感触ですら今のシェリルには耐えられなくて、耳をつんざくような高い声で叫んだ。
大きな声を出してもこの状況は変わらない、それでも耳を塞いで目をつむって足を引き寄せる。
やはり右足だけは動かしづらく、それが、今まであった事すべてが現実であり、ここはどこで何がどうなってるのかという混乱を加速させる。
死の間際にいたのに、今自分はそこからどの程度離れられているのか、また同じように死に向かうような羽目になるのなんて耐えられそうにない。
「いや、いやよぉぉっ、もういやぁ!!!死にたくないのっ!!」
死にたくないけれども、愛されない限りは死ぬのだろう。魔法を使わなければレアンドルに愛されなければ、死ぬのだ。
髪を振り乱して、自然と出てくる涙で顔が濡れて、変な汗が背中を伝う。何もかもが怖くて、あれほど望んだ太陽の光の暖かさも不快で仕方がなかった。
筋肉を引き攣らせて体をわななかせる。力の加減がうまくできなくてシェリルは自分の耳を血が出るまで握りしめた。
ひどい耳鳴りがする、何か音がした気がするけれども、それはすぐに他の混乱と一緒に酷い痛みの感覚に押し流されて思考の外になった。
上手く物事が考えられなくて瞼の向こうからやってくる日の光を忘れたくて頭を振り回す。
目が回って、体がふわっとしてくる。それでいいこのまま意識を失いたい、そう混乱する頭の中で考えた。
「おいっ!!」
しかしガシッと強く両肩を掴まれて、途端に覚醒する。声からして男、そしてその手は大きく力強い、すぐにシェリルは体を硬直させた。
長らくレアンドルから暴行を受けていたシェリルは反射的に男に対して恐怖心を覚える。
一瞬の硬直の後に、何とか恐怖の対象を視界に収めるためにシェリルはゆっくりと瞳を開いた。耳に当てていた手をはずして、顔を殴られないように両腕を自然と顔の前にもってきた。
こんな風にいきなり肩を掴んでくるのだから、誰か見知った人間だろうと想像がつく。しかし、目の前にいる男はまったく見覚えがない。優し気なレアンドルとは全く違う系統の男で、真っ赤な瞳をしていた。
彫が深く男らしい印象を受ける彼は、深刻そうにシェリルの顔を覗き込んでいた。ベッドに乗り上げて、正気を失っていたシェリルを押さえ込んでいる。
髪は茶髪で高貴な身分の人間のように長くはしていないが、それなりに下手の良い服を着ている。
「落ち着け、シェリル。お前はもう安全だ」
「……」
落ち着いた低い声で言われる、声をかけらえるのも久しぶりで自分以外の声を聴くとすんなりとその言葉は頭の中に入ってきた。
しかしそれでも落ち着くなんて到底無理な話だ。だってこのままではまたいつ死ぬかもわからない。今だって酷く落ち着かない、不安にとらわれて仕方がないのだ。
足はじくじくと痛んでいる。怯えた呼吸を繰り返して、男以外の物にもきょろきょろと視線を配って不安を解消しようと必死になった。
「……なんだよ、その目は」
そうして彼と向き合い、シェリルが警戒したまま居ると、男も安全だという言葉を一切、信じていないのだなと理解してじっとりとした声でそう言った。
その声には若干の怒りがこもっているように感じて、彼が殴ってくるのかもしれないという恐怖が増してシェリルは呼吸を荒くして目を見開く。
すると、そのシェリルの反応に男は苛立たし気に瞳を細くして「ったくなぁ」とため息交じりに言った。
それからシェリルの肩を離してやって、彼女に背を向けてぎしっと音を立ててベットに座り込む。
「俺の事、忘れたかよ。薄情な奴だなぁ……」
シェリルの方も見ずに男はそんな風に言って、少し気まずそうに首の後ろを手で摩った。
……忘れた……。
言葉の意味を考えて、やっと自分に何かかかわりのある人であったのだと思うが、思いだせもしない、そんなことを考えられるような精神状態ではない。
「ジェラルドだ。カルヴェ公爵家の次男、今は兄貴の補佐やってんだ」
「……」
「元々は騎士団にいたんだが、まぁ、なんだ。戦地から戻ってきたらこんなことになってて……なんつうか……」
彼が誰で、どうしてこうなっているのか、そういう事をジェラルドは説明しようとした。
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