22 / 38
第21話
しおりを挟む
「うーん、これもダメか」
前足だけが異形と化したネズミを見ながら、エマは天気の話をするような調子でそう言った。
エマは腕を生やす薬を試作しては、実験のために捕まえたネズミに投薬している。今回の薬は切り口の肉が異常に膨れ上がるのみで、きれいな形では生えてこなかった。
ルカの腕を生やすにあたり、エマが最初に注目したのはトカゲだった。トカゲは逃げるときに尾を切り、そしてそこからまた尾が生えてくる。これを応用して腕を再生することはできないかと考えたのだ。
しかし実験するうちに、トカゲの尾も万能ではないことがわかった。人為的に切ったとき、尾は再生しなかったのだ。
しばらくトカゲを参考に薬を調合していたが、そろそろ方針を変えるときかもしれない。
「イモリも再生するっておばあちゃん言ってたっけ。捕まえてこようかな」
「……エマ」
後ろから声を掛けられ振り返ると、少々青い顔をしたルカが険しい表情で立っていた。
「どうしたの?またどこか痛む?」
「いや、その……」
ルカは目だけで部屋をぐるりと見回した。
「……大丈夫なのか、この部屋は」
そう言ったルカの足元には、様々な生き物を入れた壺が所狭しと並んでいた。
今エマたちがいる部屋は、地下に作られた実験室である。エマが研究のために森から捕ってきた生き物を保管する場所であり、村人に見られると気味悪がられる研究を行うときにも訪れる。
保管しているのは虫やトカゲ、ネズミなど、あまり人々から好かれていない生き物が中心だ。見て気分を良くする人はあまりいないからと、基本的には部屋に人を入れないようにしている。
この日は地下室の存在に気づいたルカが、エマのことだからまた散らかしているのではないかと心配したため、置いてあるものに許可なく触れないという条件で入室を許可した。
何せこの部屋にはムカデも毒蜘蛛も毒トカゲもいる。噛まれるどころか、触れただけで一大事になりかねない。エマは幼いころから噛まれすぎて何事も起きないが、それは決して普通ではない。
入室したルカは固まったまま動かなくなった。そう言った反応はよくあることなので、エマはそんなルカを気にも留めず、先日投薬したネズミの経過を見た。そして発したのが冒頭の言葉である。
この部屋が大丈夫かと聞かれると、エマにしてはかなり整頓している方だと思っている。危険な生物が多く、少しの油断が命取りになり得ることはエマも理解しているからだ。
衛生面にもかなり気を遣っている。地下であるが故に汚れや湿気が溜まりやすく、きちんと手入れしないと捕まえてきた生き物たちが死んでしまうためだ。
「大丈夫だと思うけど。ちゃんと生きていける環境は整えてるよ」
エマの答えに、ルカは少々しどろもどろになりながら言葉を返す。
「そうではなくて、倫理観の問題というか……。蠱毒でも作るつもりか?」
「こどく?」
聞いたことのない単語に、エマは首を傾げた。
「蠱毒は東方の呪術で……いや、知らないならいい」
呪術とはまた聞き慣れない単語である。ルカの言いたいことがわからず、エマはますます首を傾げる。
ルカは頭を抱え、大きなため息をついた。
「エマは、優しいのか残酷なのかわからないな……」
ルカの言葉に、エマはきょとんとした顔を向けた。
エマは自分は「優しくはない」と思っている。少なくとも、エマを優しいという人は少数派だ。ルカがエマを優しいと思っていたなら、その方がエマには不思議なことである。
しかしこの地下の生き物たちとの関わりについては、エマは優しさをもって接していると自負していた。
エマは虫が入った壺の近くにしゃがみ、愛おしそうに目を細めた。
「この子たち、特に毒のある虫たちは、薬の材料になるの。で、ネズミたちは薬の効果を試すのに必要な存在。どちらも大切で、必要不可欠だから捕まえてる。無暗に閉じ込めたり殺してるわけじゃないんだよ」
エマがそう言うとルカは少し驚き、神妙な顔つきに変わった。
エマはルカが聞いてくれていることを感じながら話を続ける。
「食肉を生産する人は、将来殺して売るために家畜を育てることがあるでしょう?それと感覚としては同じかな。生活のために、生きていくために、感謝して、愛情をもって命をもらうの。庭で薬草を育ててるけど、それと同じことだよ。仕事のために育てて、摘んで、命を奪って薬に変える」
エマは顔を上げてルカの方を見る。ルカは真剣に、エマの話に耳を傾けていた。
「残酷なことだと思うよ。でも、そうやって自然は回ってる。小さな生き物が植物を食べて、その生き物を大きい生き物が食べて、大きい生き物が死んで土に還って、その土からまた植物が生える。あたしたちもその大きな循環の中の一つなんだと思う。もちろん、必要だからって捕りすぎちゃいけないけどね」
ルカがエマの隣にしゃがみ、虫たちを見る。その顔は部屋に入った直後とは一転して、穏やかなものになっていた。
「……エマが魔族を恐れない理由がわかった」
「そう?」
「ああ。……もっと早く、エマに会いたかったな」
そう言ってルカは寂しげに目を細めた。
エマがルカの顔を覗き込もうとすると、ルカは先ほどの表情は嘘だったかのように、いじわるそうな目をエマに向けた。
「だが、もう少し部屋を整えような?」
「えー……。これでも結構整えてる方なんだけど」
「全然足りないな。少し気を抜いたら足元の壺を蹴りそうじゃないか。大事な生き物たちなんだろう?」
そう言ったルカの目には、有無を言わさぬ強い力がこもっていた。
エマは観念して、その日は丸一日、地下室の整備をして過ごした。
前足だけが異形と化したネズミを見ながら、エマは天気の話をするような調子でそう言った。
エマは腕を生やす薬を試作しては、実験のために捕まえたネズミに投薬している。今回の薬は切り口の肉が異常に膨れ上がるのみで、きれいな形では生えてこなかった。
ルカの腕を生やすにあたり、エマが最初に注目したのはトカゲだった。トカゲは逃げるときに尾を切り、そしてそこからまた尾が生えてくる。これを応用して腕を再生することはできないかと考えたのだ。
しかし実験するうちに、トカゲの尾も万能ではないことがわかった。人為的に切ったとき、尾は再生しなかったのだ。
しばらくトカゲを参考に薬を調合していたが、そろそろ方針を変えるときかもしれない。
「イモリも再生するっておばあちゃん言ってたっけ。捕まえてこようかな」
「……エマ」
後ろから声を掛けられ振り返ると、少々青い顔をしたルカが険しい表情で立っていた。
「どうしたの?またどこか痛む?」
「いや、その……」
ルカは目だけで部屋をぐるりと見回した。
「……大丈夫なのか、この部屋は」
そう言ったルカの足元には、様々な生き物を入れた壺が所狭しと並んでいた。
今エマたちがいる部屋は、地下に作られた実験室である。エマが研究のために森から捕ってきた生き物を保管する場所であり、村人に見られると気味悪がられる研究を行うときにも訪れる。
保管しているのは虫やトカゲ、ネズミなど、あまり人々から好かれていない生き物が中心だ。見て気分を良くする人はあまりいないからと、基本的には部屋に人を入れないようにしている。
この日は地下室の存在に気づいたルカが、エマのことだからまた散らかしているのではないかと心配したため、置いてあるものに許可なく触れないという条件で入室を許可した。
何せこの部屋にはムカデも毒蜘蛛も毒トカゲもいる。噛まれるどころか、触れただけで一大事になりかねない。エマは幼いころから噛まれすぎて何事も起きないが、それは決して普通ではない。
入室したルカは固まったまま動かなくなった。そう言った反応はよくあることなので、エマはそんなルカを気にも留めず、先日投薬したネズミの経過を見た。そして発したのが冒頭の言葉である。
この部屋が大丈夫かと聞かれると、エマにしてはかなり整頓している方だと思っている。危険な生物が多く、少しの油断が命取りになり得ることはエマも理解しているからだ。
衛生面にもかなり気を遣っている。地下であるが故に汚れや湿気が溜まりやすく、きちんと手入れしないと捕まえてきた生き物たちが死んでしまうためだ。
「大丈夫だと思うけど。ちゃんと生きていける環境は整えてるよ」
エマの答えに、ルカは少々しどろもどろになりながら言葉を返す。
「そうではなくて、倫理観の問題というか……。蠱毒でも作るつもりか?」
「こどく?」
聞いたことのない単語に、エマは首を傾げた。
「蠱毒は東方の呪術で……いや、知らないならいい」
呪術とはまた聞き慣れない単語である。ルカの言いたいことがわからず、エマはますます首を傾げる。
ルカは頭を抱え、大きなため息をついた。
「エマは、優しいのか残酷なのかわからないな……」
ルカの言葉に、エマはきょとんとした顔を向けた。
エマは自分は「優しくはない」と思っている。少なくとも、エマを優しいという人は少数派だ。ルカがエマを優しいと思っていたなら、その方がエマには不思議なことである。
しかしこの地下の生き物たちとの関わりについては、エマは優しさをもって接していると自負していた。
エマは虫が入った壺の近くにしゃがみ、愛おしそうに目を細めた。
「この子たち、特に毒のある虫たちは、薬の材料になるの。で、ネズミたちは薬の効果を試すのに必要な存在。どちらも大切で、必要不可欠だから捕まえてる。無暗に閉じ込めたり殺してるわけじゃないんだよ」
エマがそう言うとルカは少し驚き、神妙な顔つきに変わった。
エマはルカが聞いてくれていることを感じながら話を続ける。
「食肉を生産する人は、将来殺して売るために家畜を育てることがあるでしょう?それと感覚としては同じかな。生活のために、生きていくために、感謝して、愛情をもって命をもらうの。庭で薬草を育ててるけど、それと同じことだよ。仕事のために育てて、摘んで、命を奪って薬に変える」
エマは顔を上げてルカの方を見る。ルカは真剣に、エマの話に耳を傾けていた。
「残酷なことだと思うよ。でも、そうやって自然は回ってる。小さな生き物が植物を食べて、その生き物を大きい生き物が食べて、大きい生き物が死んで土に還って、その土からまた植物が生える。あたしたちもその大きな循環の中の一つなんだと思う。もちろん、必要だからって捕りすぎちゃいけないけどね」
ルカがエマの隣にしゃがみ、虫たちを見る。その顔は部屋に入った直後とは一転して、穏やかなものになっていた。
「……エマが魔族を恐れない理由がわかった」
「そう?」
「ああ。……もっと早く、エマに会いたかったな」
そう言ってルカは寂しげに目を細めた。
エマがルカの顔を覗き込もうとすると、ルカは先ほどの表情は嘘だったかのように、いじわるそうな目をエマに向けた。
「だが、もう少し部屋を整えような?」
「えー……。これでも結構整えてる方なんだけど」
「全然足りないな。少し気を抜いたら足元の壺を蹴りそうじゃないか。大事な生き物たちなんだろう?」
そう言ったルカの目には、有無を言わさぬ強い力がこもっていた。
エマは観念して、その日は丸一日、地下室の整備をして過ごした。
0
あなたにおすすめの小説
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
冤罪で追放された平民書記官が、僻地で出会ったゆるふわ最強魔導士。実は王弟でした
卯崎瑛珠
恋愛
冤罪で僻地送りにされた平民書記官ミリアル。
原因は、騎士団長の横領の揉み消しだった。
左遷先は『人喰い』の噂がある、怪しい王宮魔導士ユーグの屋敷。
だが彼はゆるく見えて、実は王国最強。
「ミリちゃんを泣かせたやつは、絶対許さないよ。ねえミリちゃん、選んで。絞首と斬首、どっち?」
ミリアルはなぜかユーグに溺愛されて、騎士団長にざまぁします。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました
由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。
このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。
「――だったら、その前に稼げばいいわ!」
前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。
コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。
そんなある日、店に一人の青年が現れる。
落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。
しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!?
破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。
これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む
ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる