平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。

わしお

文字の大きさ
23 / 38

第22話

しおりを挟む
暖かかった日差しは鳴りを潜め、魚の鱗のように点々とした雲が寒さの訪れを予感させる。

エマがルカを拾ってからおよそ一か月。ルカは徐々に魔力を取り戻しているようで、頭には小さな角が顔を覗かせていた。
まだ触れなければわからない程度ではあるが、ルカ曰く「生え始めるまで、もう少しかかると思っていた」らしい。元の姿に戻ってきているようで、エマは少し安心した。

ルカの腕を治す薬の開発は、あまり上手くいっていなかった。そもそもそんなに簡単に作れるのなら、既にこの世に存在しているはずだ。エマも長期戦は覚悟している。

しかし、薬が完成する前にルカは村を出て行ってしまうだろうとエマは思っていた。
ルカは人間から見ればお尋ね者だ。いくらこの村が辺境にあるとはいえ、いずれ追手が来るかもしれない。追いつかれる前に、あるいは正体がばれないうちに、村を出て行った方が安全だろう。

急いで薬を完成させたいところではあるが、手を早めたら完成が早まるわけではない。そうと分かっていても、エマは少しずつ焦りを感じていた。

この日はアンナが腰痛の薬を買いに来ていた。いつも通りを心がけて世間話をしていると、村の入口の方からガラガラと荷台を引く音が聞こえた。

「あら、街に仕入れに行ってた人たちが帰ってきたのかしら。ちょっと見てくるわ」

そう言って、アンナが椅子から腰を上げる。エマもアンナに続いて玄関扉に向かった。

「ルカ、留守番頼んでいい?」

エマが薬の受け渡し口にいるルカにそう声を掛けると、ルカは神妙な顔をして無言でうなずいた。アンナが聞いているため詳しい意図は言えなかったが、ルカには通じたようだ。
もし本当に街でルカが探されているなら、街から帰ってきた村人はルカの似顔絵を目にしている可能性がある。今ルカが外に出るのは危険だとエマは判断した。

エマとアンナが外に出ると、思った通り大きな荷台を引く村人たちが見える。アンナが声を掛けると、先頭に立つ細身の中年男性、オスカーは足を止めて、やや疲れた顔を向けた。

「ただいまアンナ。元気そうでよかったよ。村に変わったことはないか?」
「いつも通りよ。随分遅かったわねぇ」
「そうなんだよ、参ったなぁ……。ああ、エマ。頼まれてたアロエの苗、買ってきたから。後で渡しに行くな」
「ありがと。ねえ、街でなにかあったの?」

エマが尋ねると、オスカーはげっそりとした顔でうなずいた。

「ちょうど街を出ようとしたときに、街の出入口が封鎖されたんだ。なんでも勇者に追い詰められた魔族が、人里に逃げたかもしれないってよ」

エマはルカから聞いていたため驚かなかったが、アンナは悲壮な顔で口元を手で覆った。

「それで、魔族は見つかったの?」

アンナが心配そうにオスカーに詰め寄る。オスカーは残念そうに首を横に振った。

「それが見つかっていないみたいなんだ。とりあえず街の中にいないことが分かったからって、街から出ることはできたけど、入る方はまだいちいち検査しないといけないらしい。帰り道に寄ったどの町も村も、大体そんな感じさ。この村も、しばらくよそ者は入れない方がいいかもしれないな」
「そんな……」
「実はそれだけじゃなくてな……」

既に顔面蒼白なアンナを見ながら、オスカーは渋い顔で頭を掻いた。

「あんまり信じたくない話だが……。その逃げた魔族っていうのが、なんと魔王だって言うんだ」
「「魔王!?」」

アンナとエマが口を揃えて驚いた。

ルカから人間が優位な戦況になっていることは聞いていたが、まさか魔王が追い詰められるほどだとは、エマは全く思っていなかった。
魔王ですら逃げ出す状況なら、ルカが逃げてきても全くおかしくはないと、エマは一人納得した。

アンナは眉をハの字に下げ、震える手でオスカーに詰め寄った。

「魔王が来るなんて……。人間は、村はどうなってしまうの……!?」
「落ち着けアンナ。脅すような言い方して悪かったが、さすがにこんな辺境までは来てないと思うぞ」

混乱するアンナをオスカーがなだめる。しかし、アンナの不安はなかなか拭えそうになかった。

エマはというと、既に魔王のことは頭から離れ、頼んでいたアロエの苗を心配していた。何せ購入してからかなりの時間が経っていると思われる。頻繁に水やりが必要な植物ではないが、枯れていないとは言い切れない。

なんにせよ、ここでオスカーを質問攻めにするより積荷を下ろす方が優先だと思い、アンナとオスカーに声を掛けた。

「とりあえず荷物運びましょ。みんな待ってるから」

オスカーは「そうだな」と、荷台を引くロバの引き綱を掴む。

アンナはというと、信じられないとでも言いたげに目を見開いた。

「どうして、どうしてそんなに冷静にいられるの……?魔族が来ることが、どういうことかわからないの!?」

アンナは半狂乱になってエマの肩を掴んだ。あまりの勢いに、エマの眼鏡が外れて地面に落ちる。

慌ててオスカーがアンナをエマから引きはがした。エマは突然のことに呆然とし、アンナを眺めることしかできない。
アンナはエマのぼやけた視界でもわかるほど、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

「魔族が来たらみんな殺されてしまうのよ!私の夫も息子も、村を出た冒険者のほとんどが帰ってこなかった!!あなたのご両親だって、魔族に殺されたじゃない!!!」

アンナは顔を覆い、その場で泣き崩れた。

「どうして?どうしてそんなに平然としていられるの……?あなたには人の心がないの?どうして……」

オスカーが慰めるように、アンナの背中を優しく撫でる。
エマはただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

冤罪で追放された平民書記官が、僻地で出会ったゆるふわ最強魔導士。実は王弟でした

卯崎瑛珠
恋愛
冤罪で僻地送りにされた平民書記官ミリアル。 原因は、騎士団長の横領の揉み消しだった。 左遷先は『人喰い』の噂がある、怪しい王宮魔導士ユーグの屋敷。 だが彼はゆるく見えて、実は王国最強。 「ミリちゃんを泣かせたやつは、絶対許さないよ。ねえミリちゃん、選んで。絞首と斬首、どっち?」 ミリアルはなぜかユーグに溺愛されて、騎士団長にざまぁします。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...