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第22話
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暖かかった日差しは鳴りを潜め、魚の鱗のように点々とした雲が寒さの訪れを予感させる。
エマがルカを拾ってからおよそ一か月。ルカは徐々に魔力を取り戻しているようで、頭には小さな角が顔を覗かせていた。
まだ触れなければわからない程度ではあるが、ルカ曰く「生え始めるまで、もう少しかかると思っていた」らしい。元の姿に戻ってきているようで、エマは少し安心した。
ルカの腕を治す薬の開発は、あまり上手くいっていなかった。そもそもそんなに簡単に作れるのなら、既にこの世に存在しているはずだ。エマも長期戦は覚悟している。
しかし、薬が完成する前にルカは村を出て行ってしまうだろうとエマは思っていた。
ルカは人間から見ればお尋ね者だ。いくらこの村が辺境にあるとはいえ、いずれ追手が来るかもしれない。追いつかれる前に、あるいは正体がばれないうちに、村を出て行った方が安全だろう。
急いで薬を完成させたいところではあるが、手を早めたら完成が早まるわけではない。そうと分かっていても、エマは少しずつ焦りを感じていた。
この日はアンナが腰痛の薬を買いに来ていた。いつも通りを心がけて世間話をしていると、村の入口の方からガラガラと荷台を引く音が聞こえた。
「あら、街に仕入れに行ってた人たちが帰ってきたのかしら。ちょっと見てくるわ」
そう言って、アンナが椅子から腰を上げる。エマもアンナに続いて玄関扉に向かった。
「ルカ、留守番頼んでいい?」
エマが薬の受け渡し口にいるルカにそう声を掛けると、ルカは神妙な顔をして無言でうなずいた。アンナが聞いているため詳しい意図は言えなかったが、ルカには通じたようだ。
もし本当に街でルカが探されているなら、街から帰ってきた村人はルカの似顔絵を目にしている可能性がある。今ルカが外に出るのは危険だとエマは判断した。
エマとアンナが外に出ると、思った通り大きな荷台を引く村人たちが見える。アンナが声を掛けると、先頭に立つ細身の中年男性、オスカーは足を止めて、やや疲れた顔を向けた。
「ただいまアンナ。元気そうでよかったよ。村に変わったことはないか?」
「いつも通りよ。随分遅かったわねぇ」
「そうなんだよ、参ったなぁ……。ああ、エマ。頼まれてたアロエの苗、買ってきたから。後で渡しに行くな」
「ありがと。ねえ、街でなにかあったの?」
エマが尋ねると、オスカーはげっそりとした顔でうなずいた。
「ちょうど街を出ようとしたときに、街の出入口が封鎖されたんだ。なんでも勇者に追い詰められた魔族が、人里に逃げたかもしれないってよ」
エマはルカから聞いていたため驚かなかったが、アンナは悲壮な顔で口元を手で覆った。
「それで、魔族は見つかったの?」
アンナが心配そうにオスカーに詰め寄る。オスカーは残念そうに首を横に振った。
「それが見つかっていないみたいなんだ。とりあえず街の中にいないことが分かったからって、街から出ることはできたけど、入る方はまだいちいち検査しないといけないらしい。帰り道に寄ったどの町も村も、大体そんな感じさ。この村も、しばらくよそ者は入れない方がいいかもしれないな」
「そんな……」
「実はそれだけじゃなくてな……」
既に顔面蒼白なアンナを見ながら、オスカーは渋い顔で頭を掻いた。
「あんまり信じたくない話だが……。その逃げた魔族っていうのが、なんと魔王だって言うんだ」
「「魔王!?」」
アンナとエマが口を揃えて驚いた。
ルカから人間が優位な戦況になっていることは聞いていたが、まさか魔王が追い詰められるほどだとは、エマは全く思っていなかった。
魔王ですら逃げ出す状況なら、ルカが逃げてきても全くおかしくはないと、エマは一人納得した。
アンナは眉をハの字に下げ、震える手でオスカーに詰め寄った。
「魔王が来るなんて……。人間は、村はどうなってしまうの……!?」
「落ち着けアンナ。脅すような言い方して悪かったが、さすがにこんな辺境までは来てないと思うぞ」
混乱するアンナをオスカーがなだめる。しかし、アンナの不安はなかなか拭えそうになかった。
エマはというと、既に魔王のことは頭から離れ、頼んでいたアロエの苗を心配していた。何せ購入してからかなりの時間が経っていると思われる。頻繁に水やりが必要な植物ではないが、枯れていないとは言い切れない。
なんにせよ、ここでオスカーを質問攻めにするより積荷を下ろす方が優先だと思い、アンナとオスカーに声を掛けた。
「とりあえず荷物運びましょ。みんな待ってるから」
オスカーは「そうだな」と、荷台を引くロバの引き綱を掴む。
アンナはというと、信じられないとでも言いたげに目を見開いた。
「どうして、どうしてそんなに冷静にいられるの……?魔族が来ることが、どういうことかわからないの!?」
アンナは半狂乱になってエマの肩を掴んだ。あまりの勢いに、エマの眼鏡が外れて地面に落ちる。
慌ててオスカーがアンナをエマから引きはがした。エマは突然のことに呆然とし、アンナを眺めることしかできない。
アンナはエマのぼやけた視界でもわかるほど、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
「魔族が来たらみんな殺されてしまうのよ!私の夫も息子も、村を出た冒険者のほとんどが帰ってこなかった!!あなたのご両親だって、魔族に殺されたじゃない!!!」
アンナは顔を覆い、その場で泣き崩れた。
「どうして?どうしてそんなに平然としていられるの……?あなたには人の心がないの?どうして……」
オスカーが慰めるように、アンナの背中を優しく撫でる。
エマはただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
エマがルカを拾ってからおよそ一か月。ルカは徐々に魔力を取り戻しているようで、頭には小さな角が顔を覗かせていた。
まだ触れなければわからない程度ではあるが、ルカ曰く「生え始めるまで、もう少しかかると思っていた」らしい。元の姿に戻ってきているようで、エマは少し安心した。
ルカの腕を治す薬の開発は、あまり上手くいっていなかった。そもそもそんなに簡単に作れるのなら、既にこの世に存在しているはずだ。エマも長期戦は覚悟している。
しかし、薬が完成する前にルカは村を出て行ってしまうだろうとエマは思っていた。
ルカは人間から見ればお尋ね者だ。いくらこの村が辺境にあるとはいえ、いずれ追手が来るかもしれない。追いつかれる前に、あるいは正体がばれないうちに、村を出て行った方が安全だろう。
急いで薬を完成させたいところではあるが、手を早めたら完成が早まるわけではない。そうと分かっていても、エマは少しずつ焦りを感じていた。
この日はアンナが腰痛の薬を買いに来ていた。いつも通りを心がけて世間話をしていると、村の入口の方からガラガラと荷台を引く音が聞こえた。
「あら、街に仕入れに行ってた人たちが帰ってきたのかしら。ちょっと見てくるわ」
そう言って、アンナが椅子から腰を上げる。エマもアンナに続いて玄関扉に向かった。
「ルカ、留守番頼んでいい?」
エマが薬の受け渡し口にいるルカにそう声を掛けると、ルカは神妙な顔をして無言でうなずいた。アンナが聞いているため詳しい意図は言えなかったが、ルカには通じたようだ。
もし本当に街でルカが探されているなら、街から帰ってきた村人はルカの似顔絵を目にしている可能性がある。今ルカが外に出るのは危険だとエマは判断した。
エマとアンナが外に出ると、思った通り大きな荷台を引く村人たちが見える。アンナが声を掛けると、先頭に立つ細身の中年男性、オスカーは足を止めて、やや疲れた顔を向けた。
「ただいまアンナ。元気そうでよかったよ。村に変わったことはないか?」
「いつも通りよ。随分遅かったわねぇ」
「そうなんだよ、参ったなぁ……。ああ、エマ。頼まれてたアロエの苗、買ってきたから。後で渡しに行くな」
「ありがと。ねえ、街でなにかあったの?」
エマが尋ねると、オスカーはげっそりとした顔でうなずいた。
「ちょうど街を出ようとしたときに、街の出入口が封鎖されたんだ。なんでも勇者に追い詰められた魔族が、人里に逃げたかもしれないってよ」
エマはルカから聞いていたため驚かなかったが、アンナは悲壮な顔で口元を手で覆った。
「それで、魔族は見つかったの?」
アンナが心配そうにオスカーに詰め寄る。オスカーは残念そうに首を横に振った。
「それが見つかっていないみたいなんだ。とりあえず街の中にいないことが分かったからって、街から出ることはできたけど、入る方はまだいちいち検査しないといけないらしい。帰り道に寄ったどの町も村も、大体そんな感じさ。この村も、しばらくよそ者は入れない方がいいかもしれないな」
「そんな……」
「実はそれだけじゃなくてな……」
既に顔面蒼白なアンナを見ながら、オスカーは渋い顔で頭を掻いた。
「あんまり信じたくない話だが……。その逃げた魔族っていうのが、なんと魔王だって言うんだ」
「「魔王!?」」
アンナとエマが口を揃えて驚いた。
ルカから人間が優位な戦況になっていることは聞いていたが、まさか魔王が追い詰められるほどだとは、エマは全く思っていなかった。
魔王ですら逃げ出す状況なら、ルカが逃げてきても全くおかしくはないと、エマは一人納得した。
アンナは眉をハの字に下げ、震える手でオスカーに詰め寄った。
「魔王が来るなんて……。人間は、村はどうなってしまうの……!?」
「落ち着けアンナ。脅すような言い方して悪かったが、さすがにこんな辺境までは来てないと思うぞ」
混乱するアンナをオスカーがなだめる。しかし、アンナの不安はなかなか拭えそうになかった。
エマはというと、既に魔王のことは頭から離れ、頼んでいたアロエの苗を心配していた。何せ購入してからかなりの時間が経っていると思われる。頻繁に水やりが必要な植物ではないが、枯れていないとは言い切れない。
なんにせよ、ここでオスカーを質問攻めにするより積荷を下ろす方が優先だと思い、アンナとオスカーに声を掛けた。
「とりあえず荷物運びましょ。みんな待ってるから」
オスカーは「そうだな」と、荷台を引くロバの引き綱を掴む。
アンナはというと、信じられないとでも言いたげに目を見開いた。
「どうして、どうしてそんなに冷静にいられるの……?魔族が来ることが、どういうことかわからないの!?」
アンナは半狂乱になってエマの肩を掴んだ。あまりの勢いに、エマの眼鏡が外れて地面に落ちる。
慌ててオスカーがアンナをエマから引きはがした。エマは突然のことに呆然とし、アンナを眺めることしかできない。
アンナはエマのぼやけた視界でもわかるほど、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
「魔族が来たらみんな殺されてしまうのよ!私の夫も息子も、村を出た冒険者のほとんどが帰ってこなかった!!あなたのご両親だって、魔族に殺されたじゃない!!!」
アンナは顔を覆い、その場で泣き崩れた。
「どうして?どうしてそんなに平然としていられるの……?あなたには人の心がないの?どうして……」
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