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第23話
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オスカーがアンナを家に帰した後、荷降ろしを手伝い、アロエを受け取ったエマは、少々憂鬱な気持ちで帰路についた。
(アロエは元気そうで良かったけど、眼鏡傷ついちゃったな……。いい加減買い替えろってことかな)
意識して軽いことを考えようとするが、どうしても先ほどのアンナの言葉が頭から離れない。
(人の心がない、か。久しぶりに言われたな)
とぼとぼと重たい足取りで家に帰ると、薬の受け渡し口にいたはずのルカがいなくなっていた。
仕入れに行っていた村人を警戒して、家の奥に身を隠したのかもしれないと思い、エマはリビングに足を進める。思った通り、ルカはリビングの椅子に腰かけていた。
「ただいま。街で探してる魔族は魔王だったみたい。そんなに人間が優位になってたんだね」
エマは努めて明るく言ったが、ルカからの返事はない。
座ったまま眠っているのかと思ったが、そうではなさそうだった。伸びた前髪が目に影を作り、ルカの表情ははっきりとは見えない。
エマはアロエの苗を薬の調合に使う机に置き、テーブルを挟んでルカの正面に座った。
「ルカ?調子悪い?大丈夫?」
ルカは何かを話そうとしているのか、口を開き、しかし何も言わないまま口をつぐんだ。
エマは気分を落ち着かせるお茶を淹れようと、薬棚から乾燥させたハーブを取り出した。器にハーブを入れ湯を注ぐと、かぐわしい香りが立ち上った。
エマはお茶を自分の席とルカの前にお茶を置き、努めて明るく話しかけた。
「どうしたの?あたしには言えないこと?」
エマが椅子に座りながらそう言うと、ルカはほんの少しだけ顔を上げた。前髪の隙間から覗く金の瞳は、迷子のように揺れていた。
「……全部聞こえていた」
ようやく口を開き、ルカが発したのはその一言だった。
「そっか。耳いいんだね」
それだけ言い、エマはお茶を口に含む。ルカは一瞬驚いたようにエマを見て、気まずそうに目を伏せた。
「両親が、魔族に殺されたと聞いた」
「うん」
「……なぜ恨まない」
エマはお茶の器を置き、少し遠い目をして天井の梁を見上げた。
「……あんまり覚えてないの。両親のこと」
ルカが伺うようにエマの顔を見る。エマは小さく息をついて微笑んだ。
「あたしの母親は、かなり若いうちから街で働いてたんだけど、その街で冒険者の父と出会って、意気投合したんだって。それからあたしを産むために実家であるこの家に帰ってきたんだけど、どうしても冒険に出たいって、あたしを祖父母に任せて、二人とも冒険に行っちゃった」
エマはお茶の器を両手で包み込み、揺れる水面に映る自分の顔を見た。
「両親の遺体が村に帰ってきたときも、自分の親っていう実感が湧かなくて。アンナは母と仲が良かったからめちゃくちゃ泣いてたけど、あたしはそれよりも、両親ってこんな顔だったんだーって、そのとき初めて認識した。どちらかというと、両親には恨みの方があったかも。実の子を置いて、他人を助けに行っちゃったんだから。あたしいらない子なのかなって思ったこともあったし」
エマが顔を上げると、ルカは心配そうにエマを見ていた。エマはルカを安心させるように、できる限りの笑顔を向けた。
「今は恨んでないけどね。人のために自分を犠牲にしちゃうのは、祖父母もそうだったし。そういう血が流れてるんだなと思ってる。それに、そもそも冒険者って死ぬこともある仕事でしょ。だから、両親を理由に魔族を恨むことはないかな。きっと両親が全力で人助けをした結果だろうって思ってる」
エマはそう言ってにこりと笑った。しかしルカの表情が明るくなることはなく、ますます目元が陰る。
エマはルカが何を気にしているのかわからず、いっそ話題を変えようと身を乗り出した。
「そうだ。聞こえてたと思うけど、街で探してる魔族は魔王だったって。ルカじゃないから、外出ても大丈夫だよ」
エマがそう言うと、ルカはようやく正面からエマを見た。その表情は真剣で、何か覚悟を決めたようにも見える。
一呼吸おいて、ルカはゆっくりと口を開いた。
「魔王は私だ」
「………え?」
エマは聞き取れていたのに、ルカの言葉を一瞬理解できなかった。
「……ルカが、魔王?」
エマがそう言うと、ルカは静かに首を縦に動かした。
エマは頭を整理するように、魔王についての情報を思い出す。
「えっとつまり……街で探されてる魔王はルカのこと?」
「ああ」
「ルカが大陸の最北端から来たのは、魔王城が最北端にあるから」
「ああ」
「戦争が始まったのは、ルカが人間の集落を壊滅させたから」
「……ああ」
「えっと、だからつまり……。あたしは魔王を匿っている、ってこと?」
ルカがゆっくりとうなずく。エマはようやく事態を把握した。
つまりエマがただの行き倒れだと思って拾ったのは、世界を揺るがす魔王だった。
「え、ええ~~~~~~~!?」
エマは驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。
エマは、ルカと魔王は別人だと思い込んでいた。それはルカが以前、魔王が戦争を始めた理由を、他人事のように淡々と語っていたからだ。
他人だから冷静に語れるのだと思っていた。しかし思い返せば納得がいくこともある。
エマがルカに「魔王と知り合いなのか」と尋ねたとき、ルカは「知ってはいる」というなんとも微妙な返事をした。本人ならば知っていて当然だが、知り合いという枠組みには入らない。
ルカのことを想像で語られる魔王のようだと思ったこともあったが、まさか魔王本人だったとは。
百面相するエマの様子に、ルカは気まずそうに目を逸らした。
「……黙っていて、すまなかった」
「え?ああ、いや、まあ驚きはしたけど、そんなに気にすることでもないというか、大したことではないというか、えっと……」
エマは取り繕うようにあれこれと言葉を発するが、なかなか気の利いた台詞が思いつかない。
エマは一旦落ち着こうと、あまり減っていなかったお茶を一気に飲み干した。まだ温度を残していたお茶が、体の中をじんわりと温めてくれる。気分が落ち着くハーブを選んだおかげか、少し気持ちがすっきりとした。
エマは深呼吸して、揺れるルカの瞳を正面から捉えた。
「……戦争のきっかけを、有角種の乱獲に怒って人間の集落を壊滅させたからって言ってたけど……。もう少し詳しく聞いてもいい?」
ルカは目を伏せ、落ち着いた様子でうなずいた。
「あれは、今から200年近く前のことだ」
(アロエは元気そうで良かったけど、眼鏡傷ついちゃったな……。いい加減買い替えろってことかな)
意識して軽いことを考えようとするが、どうしても先ほどのアンナの言葉が頭から離れない。
(人の心がない、か。久しぶりに言われたな)
とぼとぼと重たい足取りで家に帰ると、薬の受け渡し口にいたはずのルカがいなくなっていた。
仕入れに行っていた村人を警戒して、家の奥に身を隠したのかもしれないと思い、エマはリビングに足を進める。思った通り、ルカはリビングの椅子に腰かけていた。
「ただいま。街で探してる魔族は魔王だったみたい。そんなに人間が優位になってたんだね」
エマは努めて明るく言ったが、ルカからの返事はない。
座ったまま眠っているのかと思ったが、そうではなさそうだった。伸びた前髪が目に影を作り、ルカの表情ははっきりとは見えない。
エマはアロエの苗を薬の調合に使う机に置き、テーブルを挟んでルカの正面に座った。
「ルカ?調子悪い?大丈夫?」
ルカは何かを話そうとしているのか、口を開き、しかし何も言わないまま口をつぐんだ。
エマは気分を落ち着かせるお茶を淹れようと、薬棚から乾燥させたハーブを取り出した。器にハーブを入れ湯を注ぐと、かぐわしい香りが立ち上った。
エマはお茶を自分の席とルカの前にお茶を置き、努めて明るく話しかけた。
「どうしたの?あたしには言えないこと?」
エマが椅子に座りながらそう言うと、ルカはほんの少しだけ顔を上げた。前髪の隙間から覗く金の瞳は、迷子のように揺れていた。
「……全部聞こえていた」
ようやく口を開き、ルカが発したのはその一言だった。
「そっか。耳いいんだね」
それだけ言い、エマはお茶を口に含む。ルカは一瞬驚いたようにエマを見て、気まずそうに目を伏せた。
「両親が、魔族に殺されたと聞いた」
「うん」
「……なぜ恨まない」
エマはお茶の器を置き、少し遠い目をして天井の梁を見上げた。
「……あんまり覚えてないの。両親のこと」
ルカが伺うようにエマの顔を見る。エマは小さく息をついて微笑んだ。
「あたしの母親は、かなり若いうちから街で働いてたんだけど、その街で冒険者の父と出会って、意気投合したんだって。それからあたしを産むために実家であるこの家に帰ってきたんだけど、どうしても冒険に出たいって、あたしを祖父母に任せて、二人とも冒険に行っちゃった」
エマはお茶の器を両手で包み込み、揺れる水面に映る自分の顔を見た。
「両親の遺体が村に帰ってきたときも、自分の親っていう実感が湧かなくて。アンナは母と仲が良かったからめちゃくちゃ泣いてたけど、あたしはそれよりも、両親ってこんな顔だったんだーって、そのとき初めて認識した。どちらかというと、両親には恨みの方があったかも。実の子を置いて、他人を助けに行っちゃったんだから。あたしいらない子なのかなって思ったこともあったし」
エマが顔を上げると、ルカは心配そうにエマを見ていた。エマはルカを安心させるように、できる限りの笑顔を向けた。
「今は恨んでないけどね。人のために自分を犠牲にしちゃうのは、祖父母もそうだったし。そういう血が流れてるんだなと思ってる。それに、そもそも冒険者って死ぬこともある仕事でしょ。だから、両親を理由に魔族を恨むことはないかな。きっと両親が全力で人助けをした結果だろうって思ってる」
エマはそう言ってにこりと笑った。しかしルカの表情が明るくなることはなく、ますます目元が陰る。
エマはルカが何を気にしているのかわからず、いっそ話題を変えようと身を乗り出した。
「そうだ。聞こえてたと思うけど、街で探してる魔族は魔王だったって。ルカじゃないから、外出ても大丈夫だよ」
エマがそう言うと、ルカはようやく正面からエマを見た。その表情は真剣で、何か覚悟を決めたようにも見える。
一呼吸おいて、ルカはゆっくりと口を開いた。
「魔王は私だ」
「………え?」
エマは聞き取れていたのに、ルカの言葉を一瞬理解できなかった。
「……ルカが、魔王?」
エマがそう言うと、ルカは静かに首を縦に動かした。
エマは頭を整理するように、魔王についての情報を思い出す。
「えっとつまり……街で探されてる魔王はルカのこと?」
「ああ」
「ルカが大陸の最北端から来たのは、魔王城が最北端にあるから」
「ああ」
「戦争が始まったのは、ルカが人間の集落を壊滅させたから」
「……ああ」
「えっと、だからつまり……。あたしは魔王を匿っている、ってこと?」
ルカがゆっくりとうなずく。エマはようやく事態を把握した。
つまりエマがただの行き倒れだと思って拾ったのは、世界を揺るがす魔王だった。
「え、ええ~~~~~~~!?」
エマは驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。
エマは、ルカと魔王は別人だと思い込んでいた。それはルカが以前、魔王が戦争を始めた理由を、他人事のように淡々と語っていたからだ。
他人だから冷静に語れるのだと思っていた。しかし思い返せば納得がいくこともある。
エマがルカに「魔王と知り合いなのか」と尋ねたとき、ルカは「知ってはいる」というなんとも微妙な返事をした。本人ならば知っていて当然だが、知り合いという枠組みには入らない。
ルカのことを想像で語られる魔王のようだと思ったこともあったが、まさか魔王本人だったとは。
百面相するエマの様子に、ルカは気まずそうに目を逸らした。
「……黙っていて、すまなかった」
「え?ああ、いや、まあ驚きはしたけど、そんなに気にすることでもないというか、大したことではないというか、えっと……」
エマは取り繕うようにあれこれと言葉を発するが、なかなか気の利いた台詞が思いつかない。
エマは一旦落ち着こうと、あまり減っていなかったお茶を一気に飲み干した。まだ温度を残していたお茶が、体の中をじんわりと温めてくれる。気分が落ち着くハーブを選んだおかげか、少し気持ちがすっきりとした。
エマは深呼吸して、揺れるルカの瞳を正面から捉えた。
「……戦争のきっかけを、有角種の乱獲に怒って人間の集落を壊滅させたからって言ってたけど……。もう少し詳しく聞いてもいい?」
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