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第29話
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その日から、エマは薬の開発をやめた。ルカといられる時間を少しでも増やすためだ。
二人で庭の薬草を摘み、森で果物やきのこを採り、一緒に調理をし、一緒に食事をし、一緒に眠る。
何をするにも二人で過ごし、残された時間を噛み締めた。
「なんだか夫婦みたいねぇ」
いつものように腰痛の薬を買いに来たアンナが、エマたちの様子を見てそう言った。
エマは驚いて軟膏を落としそうになったが、ルカは楽しげに微笑んでいた。
ルカが食事を仕込みに台所へ向かうと、アンナは内緒話をするように、小声でエマに話しかけた。
「本当のところ、結婚は考えてるの?お付き合いしてるんでしょ?」
「してないけど……」
エマがそう言うと、アンナは少々大げさに驚いた。
「え、そうなの!?当然お付き合いしてるものだとばっかり……」
確かに、傍から見たら付き合っているように見えるかもしれない。それに、恋人でもない相手に「共に地獄に落ちよう」と言うのは、かなり重い気もしている。
しかし事実、エマとルカは付き合っていない。互いに互いをどう思っているか、伝えたことはなかった。
アンナは残念そうにため息をついた。
「早とちりして、エマのご両親に報告してきちゃったわ。娘さんに春が来ましたよって」
「期待させてごめんね……」
「じゃあどういう関係なの?ルカさんのエマを見る目は、ただの患者さんではないと思うわ」
「いや、ただの患者と薬師だよ」
そうは言いつつ、エマのルカに対する感情がただの患者を見るものではないことに、エマも気づいていた。しかしそれがあまりにもむず痒く、エマは認めたくない気持ちになっていた。
ルカがエマをどう思っているか、エマにはよくわからない。少なくとも嫌われてはいないと思っている。
(ルカって、恋人いるのかな……)
エマは柄にもなくそんなことを考えた。もしルカに恋人がいるのなら、エマとルカの関係は、その恋人に対してかなり失礼ではないかと思う。
そう考えたとき、エマの胸がチクリと痛んだ。ルカがエマの知らない誰かに笑いかけている様子など、想像したくなかった。
(……本当に、らしくない……)
エマは大きく項垂れた。恋人ではない癖に、想像上の相手に嫉妬してしまう。自分はこんなにも心の狭い人間だっただろうか。
エマは、ルカに思いを告げないと決めていた。それは死を迎えることを覚悟したルカに、重荷を増やさないため。そして、自分が生きることを願わないようにするためだった。
言葉にしてしまえば、やっぱり共に生きたいと望んでしまう。そんな気がした。
それに地獄まで連れて行ってくれると約束したのだから、それ以上を求めるのは欲張りだと思った。
そう思っているのに、本心では関係を進めることを望んでいた。
エマは軟膏をアンナに渡し、受け渡し台に突っ伏した。自分にこんなにも面倒な心があるとは知らなかった。
そのエマの様子に、アンナは楽しそうに笑った。
「やっぱり、春が来てるのは間違ってないのね。応援してるわ」
心の中を見透かされているようで、エマは子供のようにふてくされた。面白くなくて、「相手はアンナの嫌いな魔族だよ」と言ってしまいたくなった。さすがに自殺行為なので、本当に口に出すことはないが。
アンナは上機嫌でエマの家を後にした。入れ違いに、台所にいたルカが戻ってくる。
「随分楽しそうだったな」
「……聞こえてた?」
「いいや」
そうは言いつつも、相当に耳がいいルカに聞こえている可能性は高かった。エマたちの会話をルカがどう受け取ったのかはわからないが、少し機嫌がよさそうに見えた。
それが「エマとルカが付き合っていないことをはっきりと伝えたから」ならば少々悲しいが、その道を選んだのはエマだ。嘆いても仕方がない。
ルカはしばらく何も言わずにエマを見ていたが、不意にエマの三つ編みの先を掬った。
そして突然、その髪の先に口づけた。
「え、ちょ、なにしてんの!?」
エマが驚いてルカから距離をとる。顔に熱が集まっていくのが自分でもわかった。
ルカは愉快そうに喉の奥で笑った。
「さあ、食事にしようか」
困惑するエマを置いて、ルカは笑いながらリビングに向かっていった。
エマは左の胸に手を当てる。心臓が手のひらに飛び出しそうなほど、強く脈打っていた。
ルカの行動がエマの気持ちをわかってやっているのなら、なかなか意地が悪いと思う。だがそんなところすらも、エマは愛おしく感じていた。
二人で庭の薬草を摘み、森で果物やきのこを採り、一緒に調理をし、一緒に食事をし、一緒に眠る。
何をするにも二人で過ごし、残された時間を噛み締めた。
「なんだか夫婦みたいねぇ」
いつものように腰痛の薬を買いに来たアンナが、エマたちの様子を見てそう言った。
エマは驚いて軟膏を落としそうになったが、ルカは楽しげに微笑んでいた。
ルカが食事を仕込みに台所へ向かうと、アンナは内緒話をするように、小声でエマに話しかけた。
「本当のところ、結婚は考えてるの?お付き合いしてるんでしょ?」
「してないけど……」
エマがそう言うと、アンナは少々大げさに驚いた。
「え、そうなの!?当然お付き合いしてるものだとばっかり……」
確かに、傍から見たら付き合っているように見えるかもしれない。それに、恋人でもない相手に「共に地獄に落ちよう」と言うのは、かなり重い気もしている。
しかし事実、エマとルカは付き合っていない。互いに互いをどう思っているか、伝えたことはなかった。
アンナは残念そうにため息をついた。
「早とちりして、エマのご両親に報告してきちゃったわ。娘さんに春が来ましたよって」
「期待させてごめんね……」
「じゃあどういう関係なの?ルカさんのエマを見る目は、ただの患者さんではないと思うわ」
「いや、ただの患者と薬師だよ」
そうは言いつつ、エマのルカに対する感情がただの患者を見るものではないことに、エマも気づいていた。しかしそれがあまりにもむず痒く、エマは認めたくない気持ちになっていた。
ルカがエマをどう思っているか、エマにはよくわからない。少なくとも嫌われてはいないと思っている。
(ルカって、恋人いるのかな……)
エマは柄にもなくそんなことを考えた。もしルカに恋人がいるのなら、エマとルカの関係は、その恋人に対してかなり失礼ではないかと思う。
そう考えたとき、エマの胸がチクリと痛んだ。ルカがエマの知らない誰かに笑いかけている様子など、想像したくなかった。
(……本当に、らしくない……)
エマは大きく項垂れた。恋人ではない癖に、想像上の相手に嫉妬してしまう。自分はこんなにも心の狭い人間だっただろうか。
エマは、ルカに思いを告げないと決めていた。それは死を迎えることを覚悟したルカに、重荷を増やさないため。そして、自分が生きることを願わないようにするためだった。
言葉にしてしまえば、やっぱり共に生きたいと望んでしまう。そんな気がした。
それに地獄まで連れて行ってくれると約束したのだから、それ以上を求めるのは欲張りだと思った。
そう思っているのに、本心では関係を進めることを望んでいた。
エマは軟膏をアンナに渡し、受け渡し台に突っ伏した。自分にこんなにも面倒な心があるとは知らなかった。
そのエマの様子に、アンナは楽しそうに笑った。
「やっぱり、春が来てるのは間違ってないのね。応援してるわ」
心の中を見透かされているようで、エマは子供のようにふてくされた。面白くなくて、「相手はアンナの嫌いな魔族だよ」と言ってしまいたくなった。さすがに自殺行為なので、本当に口に出すことはないが。
アンナは上機嫌でエマの家を後にした。入れ違いに、台所にいたルカが戻ってくる。
「随分楽しそうだったな」
「……聞こえてた?」
「いいや」
そうは言いつつも、相当に耳がいいルカに聞こえている可能性は高かった。エマたちの会話をルカがどう受け取ったのかはわからないが、少し機嫌がよさそうに見えた。
それが「エマとルカが付き合っていないことをはっきりと伝えたから」ならば少々悲しいが、その道を選んだのはエマだ。嘆いても仕方がない。
ルカはしばらく何も言わずにエマを見ていたが、不意にエマの三つ編みの先を掬った。
そして突然、その髪の先に口づけた。
「え、ちょ、なにしてんの!?」
エマが驚いてルカから距離をとる。顔に熱が集まっていくのが自分でもわかった。
ルカは愉快そうに喉の奥で笑った。
「さあ、食事にしようか」
困惑するエマを置いて、ルカは笑いながらリビングに向かっていった。
エマは左の胸に手を当てる。心臓が手のひらに飛び出しそうなほど、強く脈打っていた。
ルカの行動がエマの気持ちをわかってやっているのなら、なかなか意地が悪いと思う。だがそんなところすらも、エマは愛おしく感じていた。
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