平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。

わしお

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【番外編】

【番外編】初めてのバレンタイン

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 エマとルカの思いが通じ合ってから、数カ月が経ったある日。エマはいつものように魔法薬の研究に勤しみ、昼食も取らずに実験を繰り返していた。

 この日は朝から、なぜか皆がしきりに休憩を勧めてくる。エマには全く理由がわからず、「実験が一段落したら」と断っていた。
 エマは毎日コツコツ続けるより、できるところまで一気に進める方が性に合っている。それは共に研究している全員が把握していることだ。いつもならエマが休憩を取らずとも、そっとサンドイッチを差し入れるだけだ。
 いったいなぜ、今日はこんなにも休憩を促されるのか。エマは不思議に思いながらも、それ以上に興味深い研究に精を出していた。

 エマがようやく休憩を取ったのは、少し陽が傾きだした頃だった。
 少しお腹が空いているが、こんなことは日常茶飯事だ。エマは何も考えず、いつも通り休憩室の扉を開けた。
 そのとき、エマの鼻を芳醇なバラの香りがくすぐった。そしてそう認識すると同時に、目の前に真っ赤な絨毯が広がる。
 よく見るとそれは、大輪のバラの花束だった。
 エマは花束の上に目を向ける。そこには薄く頬を染めて、花束を差し出すルカの姿があった。

「ルカ!どうしたのこの花束」

 純粋な驚きを向けたエマに、ルカは少しはにかむような笑顔を見せた。

「エマへの贈り物だ。今日は人間たちの風習で、大切な人に感謝を伝える日らしい」
「あー……」

 エマもその風習を知らなかったわけではない。カンフォーレ村にも、同じ風習が伝わっている。
 しかしあまりにも縁がなく、完全に頭の外に落ちてしまっていた。
 きっと街を歩けば、至るところで花が売られているのだろう。外に出ていれば思い出せたかもしれない。しかし研究所に寝泊まりしているエマが外出することはなく、全く気づくことはなかった。
 皆がしきりに休憩を勧めてきたのも、ルカとの関係を気遣ってのことだろう。ルカは一体何時間、エマが来るのを待っていたのだろう。自分の鈍感さに、エマは激しく後悔した。

「ごめんね、待たせちゃって。あたし何も用意してないし……」

 基本的には、男性から女性に花を贈る日だ。しかし最近は都会を中心に、女性から男性への贈り物も一般的になっているという。
 申し訳なくて目を伏せたエマに、ルカはなんでもないように微笑んだ。

「謝ることはない。私は世俗に囚われず、研究に没頭するエマを尊敬している」

 ルカはエマの前に跪き、愛の告白でもするかのように花束を掲げた。

「これまでもこれからも、私はエマだけを愛している。……受け取ってもらえるか?」

 歯の浮くような言葉と、おとぎ話の王子のような佇まいに、エマは恥ずかしさで顔から火が出そうだった。恋人として扱われることに、エマは未だに慣れていない。
 しかし魔族であるルカが、エマのために人間の姿で花を買ったのかと思うと、エマはその想いと行動が純粋に嬉しかった。
 エマは少し遠慮がちに、そっと花束を受け取った。

「……うん。ありがとう」

 エマがぎこちなく微笑むと、ルカは満足そうな笑みを湛えた。
 ルカが持つと小さく見えた花束は、エマが抱えるとなかなかの大きさに感じる。咲き誇るバラの花は、数えてみると十二本あった。

 受け取ったのはいいものの、研究所には花を飾る場所も花瓶もない。この新鮮なバラをどうしようかとエマは考えた。
 そしてふと、花を無駄にしない方法を思いついた。

「ねえ。この花、お茶にしていい?」

 エマがそう言うと、休憩室の奥からガタンと大きな音がした。
 音の方に目を向けると、リーナが椅子から落ちそうになっていた。
 一体いつからいたのだろうか。エマが気づいていなかっただけで、最初からいたのだろうか。
 一連の様子を見られていたのかと思うと、エマはまた恥ずかしさが蘇ってきた。ルカはというと、特に気にした様子もなく、涼しい顔でリーナを見ている。

「え、お茶にするの?飾ったりとかは??」

 リーナは困惑の表情でエマを見る。エマは「うん」とうなずきつつ、やはりこの発言は一般的ではないのだと悟った。

(やっぱり変かな……。でも飾って枯らす方がもったいないし)

 こういうとき、エマは少し“普通”が恋しくなる。おそらく奇怪なのであろう自分の行動に、ルカが愛想を尽かしてしまわないか不安になるのだ。
 しかし、そんなエマの心配はいつも杞憂に終わる。ルカはエマの隣で、楽しそうに「ふふっ」と笑った。

「エマに渡したものだ。エマの好きにするといい。だが……」

 ルカはエマが抱えるバラに顔を近づけ、一枚の花びらに触れる。そして少し子供っぽい、無邪気な視線をエマに向けた。

「出来上がった茶は、最初に私に飲ませてくれるか?」

 ルカの言葉に、エマの心がすっと軽くなる。ルカはいつだって、エマをありのまま受け入れてくれるのだ。
 エマは無意識に口元を綻ばせた。

「うん。もちろん」

 エマがそう言うと、ルカは目尻を下げて微笑んだ。困惑していたリーナも、気づけば生暖かい視線でエマたちを見ている。
 エマはバラの甘い香りに全身を包まれながら、軽やかな足取りで湯を沸かしに向かった。
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