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正しい愛し方
しおりを挟むこの国で、呪術師は嫌われ者だ。
呪術師の特徴は、顔に術式の紋様が入れられていること。生まれつき刻まれるその文様は、前世で犯した罪の証なのだという。息をするだけで罪な存在。だから、大抵の呪術師はフードを被り、顔が見えにくいように生活している。俺もその1人だ。
今は、森の奥にある小屋に籠り、ひっそりと薬を売って生活している。こんなところに来る客など余程の物好きの他にない。
暇だし、窮屈だけど仕方がないことだ。街に行けば、罵声を飛ばされる。遠巻きにされ、ただ生きてるだけで嫌われる。言葉や石を投げられるなんてのは可愛い方で、胸ぐらを掴まれて、恐喝されることもあるし、物のように殴られることもあった。
──つくづく、この世は腐っている
やるせない思いで、目の前に並んでいる売れ残った薬瓶を見て、ため息をついた。
「くそ売れねぇー」
そうボヤいた時、ドアにつけた来店を知らせるチャイムが、軽快に鳴る。
「いらっしゃぃ⋯⋯」
音に気づいて顔を上げると、質の良さそうなローブを纏った余程の物好きが、憎たらしい笑顔でこちらを見下ろしていた。
「来ちゃった♡」
「帰れ」
「あはは、常連にその口の利き方はどうなの?」
このうるさい客は、腐れ縁のフィオだ。幼少期からその憎たらしさは変わらない。
いつも、会うと近づいて来て、勝手に話しかけてくる。その時、薄い唇から紡がれる嫌味ったらしい言葉は、おおよそ俺をバカにする為に用いられ、その性格の悪さを表していた。それだけでもまぁ嫌なのに、無駄に顔が整ったこいつが絡んでくるせいで、その取り巻きにもいじめられたし、正直いい思い出がない。こんな奴が皆に慕われる聖騎士だなんて、本当にどうかしている。
「お前は常連じゃねぇ。嫌なら別の薬屋に行け」
「え~?僕の愛を試してるの?可愛い♡」
相変わらず嫌な笑い方だ。思わず舌打ちが飛び出す。都合よく解釈されて腹立つが、訂正しようものなら、そこをつつかれることが目に見えているので、ただ睨むだけに留める。
⋯⋯つか、黙っていれば可愛いだのなんだの好き勝手いいやがって、バカにしてんのか?なんなんだこいつ。額に青筋が浮き出る。
「帰れよ⋯⋯」
「え~」
コイツ⋯⋯居座る気だ。もうカウンターに、肘をかけている。俺は、腹の底から深いため息を吐いた。目の前でムカつく笑みを浮かべるフィオの顔を見ながら、店の移転を検討する。いや、結局場所を変えても効果ないかな。隣町⋯⋯は近すぎるな。いっそ別の国にでも──
「ねぇ」
フィオの呼び掛けに、現実逃避のような思考が霧散する。
「お金ないんでしょ?ご飯は食べれてるの?体だって、こんなにほっそいし⋯⋯」
「やめろ!」
柔く腰を抱かれて、その触り方に背筋が粟立つ。無理やり身を捩って、なんとかそこから逃れた。触られたところが、まだぞわぞわしている。
⋯⋯でも、フィオの言うことは正しい。実際のところ、店はこんな感じで客が来ないから収入はほとんどないし、ご飯もそんなに多くは食べられていない。呪術の依頼もなくはないが、どうしたって限られている。今は、薬草や周囲の草を食べて、どうにか飢えをしのいでいるといったところだ。本当のところ、お金は切実に欲しい。そして、目の前には金を持った客がいる⋯⋯
俺は、諦めを込めたため息を吐き出した。
「⋯⋯何」
「ん?」
「⋯⋯何が欲しいんだ?」
「ん~?ふふふ、この店で1番高いのにしよっかな~」
フィオは何が嬉しいのか、なんだか楽しそうだ。生命維持のだの苦渋の決断だというのに。おめでたい奴め。
「⋯⋯1番高いのっていうと、これか⋯⋯うわ、結構良い値段するけど⋯⋯どうする?」
棚から、1番高い薬瓶を取り出して見せる。これ1本分で、1ヶ月は暮らせる値段だ。フィオは、値札を一瞥すると、顎に手を当てて少し考える素振りを見せ、屈託なく笑った。
「じゃあ、それ全部♡」
「──は?!」
「これで足りる?」
差し出された布袋を覗くと、その中には大銀貨が大量に詰まっていた。
「うわ」
見たことがない輝きに、思わず声が出てしまう。⋯⋯こいつ、こんな大金持ち歩いてたら、ひったくられるぞ?いや、聖騎士だから返り討ちか。でも、俺がこんなの持ってたら⋯⋯そこまで考えてゾッとする。まぁ、不用意に持ち歩かなければ、こんな山奥まで取りに来る奴なんか居ないだろう⋯⋯いないよな?自分を納得させて、輝く代金を受け取る。借りを作ったみたいで気まずい。でも、一応買ってくれたしな、お礼ぐらい言わなきゃだよな⋯⋯考えて、うだうだと口を動かす。
「じゃあ、これ⋯⋯なんだ、あの、ありがとう」
不自然な俺の様子を見て、フィオは少し黙ってから笑った。
「⋯⋯ふふ、可愛い。また来るね♡」
「⋯⋯二度と来るな」
フィオの言葉を叩き切るように言った。俺は、熱の篭ったフィオの視線から目を逸らし、その背中を店から押し出した。施しを受けてしまったという屈辱が、今になって襲ってくる。ドアを閉めて、自分の情けなさに溜息をついた。
そうして、カウンターに置きっばなしの布袋のことを思い出す。あんな高い金、無防備に置いておけない。奥の部屋に戻って、床下の隠し収納に、袋をしまっていると、またドアのチャイムがなった。一日に2組も来客なんて珍しい。不思議に思いながら出ると、扉の前には見慣れない3人組が立っていた。
嫌な予感がして、すぐに後ずさるけれど、簡単に距離を詰められてしまった。奴らは、こちらに近寄って、俺のフードを剥がす。咄嗟に腕で顔を隠すけれど、もう遅い。一瞬のうちに頭全体が顕になって、きっと、頬のアザも見られた。
俺を見る奴らの口元は、歪につり上がっている。フードの下から覗く鋭い瞳に、怪しい光が宿っているのを見て、俺はこれから自分の身に起こることを悟った。
──最悪だ。
「あー⋯⋯クソ⋯⋯なんだよ。おい、やめろ!やめろって⋯⋯!」
逃げようとしても、服や髪を掴まれ、無理やりそいつらの方に引きずられる。抵抗しようと暴れるけれど、貧弱な俺の力では全く歯が立たなかった。
酷い言葉で罵られ、容赦なく拳が体に打ち付けられた。その度に、フィオに近づくなだとか、調子に乗るなだとか同じようなことばかり言われてウンザリしてくる。適当に殴られていたら、そのうち地面に伸された。そして、そのまま馬乗りになって、何度も殴られる。ボコボコボコボコ。
ここまで来ると、よくもまぁ飽きないものだと笑えてきてしまう。そんな余裕ぶった態度が気に触ったのか、1人が俺の服を剥いだ。肌が冷たい風に晒されて、風邪をひきそうなほど寒い。剥き出しになった体が、無作法に触られる。顔を庇った腕の隙間から、男の嫌な笑みが覗いた。
⋯⋯ほんとに、今日は最悪だ。
-----------------------------
俺は気づけば気を失っていたようで、目が覚めると、男たちは居なくなっていた。傷だらけの体を地面から起こす。それから、水浴びをして身体を清潔にし、汚れた床を拭く。
⋯⋯俺は、度重なる暴力や理不尽にもう慣れたつもりだった。でも、やっぱり碌なもんじゃなかった。いや、慣れるってなんだよ、と自分の考えを鼻で笑う。
最低で最悪な、こんなところから逃げ出したい。それは、かねてから思っていたことだった。そう、隣町、もっと遠く、誰にも見つからない場所へ行くんだ。それで、平和に過ごす。今は金もあるし、と思ったところで、フィオの顔が頭に浮かんだ。──そう、アイツともおさらばできるし。
あの時、フィオがいたらどうなってたんだろう。もしかしたら、あんなクソ野郎共には、襲われずに済んだのかもしれない。そんな馬鹿な考えを打ち捨てる。こんなことを考えてしまう自分が気持ち悪い。こんな事態になったのも、元々はアイツのせいじゃないか。濡れた雑巾を絞り、いやに綺麗になった床を踏みつけた。
今すぐに、こんなところから抜け出してやる。
そう、決断した瞬間だった。引越しの準備を進めるため、棚を整理していると、向こうで来客を知らせるチャイムが鳴る。その音に、少し身構えた自分がいた。片付けの手を止めて、手早く荷物を隠す。表に休みの看板を掛けておいたのに⋯⋯と、重い足取りでカウンターのところへ向かった。やってきたのはフィオだった。その姿を見て、安堵の息を漏らした自分に失望する。
「あぁ、お前か。今日は休みで⋯⋯」
俺の言葉には反応せず、フィオは焦った素振りでこちらに近づいた。そして、俺の目の前で止まる。
「ねぇ、それ、誰にやられたの?」
低い声だった。フィオは、ひどく狼狽えた様子で、その声は少し掠れている。揺らぐ視線は、俺の肩口から覗く青黒いアザに注がれていた。ちゃんと隠していなかったことを後悔したが、今更どうしようもない。
「⋯⋯何が?」
だから、すっとぼけることにした。こいつに言いたくなかった。昨日、碌に抵抗も出来ないまま殴られて、床に伸されて──なんて、情けなさすぎる。
「そのアザ。誰にやられたの?教えて?」
フィオは再度尋ねた。今度は、甘えるような優しい声だった。きっと、こいつがこの声で尋ねた時、答えない奴なんか居なかったんだろうな、と思う。けれども、俺は重く閉ざしたまま、口を開けなかった。
「⋯⋯」
「なんで⋯⋯」
フィオはそこで言葉を止め、俺を見た。俺は俯いて、テーブルの染みを見つめている。きっと、強い拒絶の意志を感じたのだろう。フィオはただ、唇を震わせただけだった。
「⋯⋯ごめん、帰る」
白いローブが翻された。ドアのチャイムが寂しく店の中に鳴り響いた。
「⋯⋯なんだよアイツ」
文句を垂れながら、また裏に戻り、荷造りを再開する。傷ついた声音だった。いや、そんなことはどうだっていいんだ。目の前の荷物を眺める。うん。少ないし、この調子だと明日か明後日には出られそうだ。これでやっと、やっとこの街からおさらば出来る。
◆
あの後、フィオもその取り巻きも店には来なかった。店は休みにして、鍵もかけていたから、入れなかっただけかもしれないが。会わなくてよかった、と心から思う。
そのおかげでスムーズに引越しの手続きは進み、長い船旅の末に、やっと隣の国についた。船から降り、新天地の土を踏む。色んな種族が行き交う賑やかな通りは、母国では見慣れない様相を呈していて、本当に別の国に来たんだと実感する。まるで、別の人物になった気分だった。まだ店が持てる経済力はないので、簡単な露店を出して薬を売る。ここは、元いたところよりも差別が酷くなく、市場も活発だからか、商売も順調だった。少しずつ、でも順調に金が溜まっていく麻袋を見て満足する。これだけあれば、あと1週間は生きていける。そのうち、ちゃんとした店を構えることもできるかもしれない。淡い希望を抱き始めていた。そんな矢先のことだ。
「──ノア!」
向こうから、麗しい金髪を揺らして、男がやって来る。見覚えのある姿に、捨て去ったはずの思い出や記憶が、鮮やかな色を以て、脳裏に翻った。その時、俺は自分が忌み嫌われている呪術師のノアであることを思い出した。そして、それが嫌で、ここに逃げてきたことも。俺は、目の前の男から目を逸らした。全部、見たくなかった。
「⋯⋯帰れ」
フィオに対して、言い慣れたはずの言葉が上手く出ない。多分、切実さが言葉尻に滲んでしまったからだと思う。全身でフィオを拒絶する俺の態度を見て、奴は口を閉ざした。2人の間に重い沈黙が流れる。
「なんで、いつも⋯⋯ノアはそんなに僕を拒絶するの?」
ぽつりと呟かれた言葉は、空中に霧散して、よく聞こえなかった。
「⋯⋯はぁ?」
「勝手に店まで変えて、逃げちゃうし」
何?店の移転を知らさなかったから、怒ってるのか?俺には、フィオが剣呑な雰囲気を醸し出す理由がわからなかった。
「ねぇ」
胸ぐらを掴まれて、息が詰まる。至近距離で見るフィオの表情には温度がない。⋯⋯なんだよ、こいつ。なんなんだよ。なんで急にキレてんの?意味わかんないし、痛いし、腹立つ。
「⋯⋯別に、お前に関係ないだろ」
そう吐き捨てて、フィオの腕を勢いよく振り払う。
息を呑んだ音がしたかと思うと、突然、腹に容赦なく拳が突き立てられた。俺は受け身すら碌にとれず、衝撃をモロに喰らい、胃の内容物を全て地面に吐き出した。
「ゔぇ⋯⋯ゲホッ⋯⋯ゴホッ⋯⋯痛ぇ、何すんだよ──っ」
奴の顔を見上げると、今度はその頬を張り倒された。汚い地面に転がされる。奴は、そんな俺の上に馬乗りに覆いかぶさった。
両手を固く抑えられ、身動きか取れない。身を捩って、胸板を押しのけようと暴れる。しかし、力いっぱい動かしても、俺を押さえつける腕はビクともしない。
「クソッ、離せ!離せってば!」
無感動に俺を見下ろすフィオを、思いっきり睨みつける。暗く淀んだ瞳と目が合った。
「⋯⋯なんだ、最初からこうすれば良かったんだ」
俺を押さえつけておきながら、愉快そうに笑い出すフィオの姿は、この状況においてとても不気味に映った。理解出来ずに硬直する俺に、フィオの顔が迫る。
「は?」
唐突に唇が奪われた。呆然と開いた口の中に、生温いものが入ってきて、口内で暴れる。混乱した俺は、それを躊躇なく噛んだ。鉄臭い味が広がる。最悪だ。他人の血の味なんて知りたくなかった。口の中に溜まった血を、言葉とともに吐き捨てる。
「──っお前、なんだよ!なに、なにして──」
「何って⋯⋯キス?」
「キモ⋯⋯」
「ちゃんとこっち見て」
フィオは、顔を背ける俺の頬を撫で、顎を掴むと、無理やり正面を向かせた。目を逸らしたかったが、許されない。不満気な俺の顔を見ると、奴は幸せそうに顔を綻ばせる。
「ノア、大好き♡」
「⋯⋯俺は、嫌い」
奴は、その言葉がまるで甘美な響きを伴ったものであるかのように、恍惚とした表情で笑った。気持ち悪い。この状況で、こんな顔をするこいつが気持ち悪い。嫌悪感で吐きそうで、苦々しく顔を歪めると、奴はまた嬉しそうに蕩けた瞳でこちらを見つめた。
◇
ノアは、僕のことを見たことがない。どれだけ話しかけても、碌に反応はないし、気にかけて欲しくて意地悪しても興味なさげにツンとしている。あの厚いローブに身をくるんで、世界を、僕を断絶しているようだった。
僕は、ずっとあのローブを剥ぎたかった。不思議な頬の模様を、なぞってみたかった。隠れてる可愛い顔を覗きたかった。意地悪をやめて、好きって伝えたら、こちらを向いてくれると思っていた。
⋯⋯でも、ノアが僕の方を向くことなんてなかった。きっと、僕がノアの人生から居なくなったって、平気な顔して生きていくんだろうなって思った。
ノアは、何かがあっても1人で抱え込み、じっと黙って耐える。僕の手を払い除けるその姿は、お前なんかいらないって、僕の存在を拒絶しているようで、それが、悲しくて、酷く寂しかった。
ノアの白い肌に、鮮烈に散ったアザを思い出す。
あの日以降、ノアの姿が見えない。そう零すと、周囲が口々に話し出した。忠告が効いたのだ、清々する、などと。僕は、思わず笑ってしまった。あの不可解なアザも、ノアの挙動が少しおかしかったのも⋯⋯へぇ、お前らのせいね。鳩尾のあたりがスっと冷えた。しかし、まだ手は出さない。とりあえず、ノアが話してくれなかったそれを、聞いてみることにした⋯⋯その内容は、酷いものだったけど。怒りのあまり、気づいたら全員を床に伸していた。
最後にノアに会ったのは、3日前。それからずっと、closedの札がかかった店先。
──嫌な予感がした。
ここにいて、ここにいて、と願いながら、山道を駆ける。鬱屈とした森の中、ひっそりと佇む山小屋にたどり着き、勢いよく扉を開けると、ノアの怒鳴り声が響く──わけもなかった。
そこには誰もおらず、人がいる気配もない。ただ、静寂が流れている。試しに呼びかけても返事はなく、狭いはずの店はやけに広く映った。裏にも誰もいない。本当に空っぽ。もぬけの殻。ノアが僕を置いて逃げた。その事実だけがそこにあった。
思いの外、僕は冷静だった。ノアに会いたいという思いが、僕を動かした。微かに残ったノアの魔力を辿る。周到なノアのことだ、きっと遠い所にいる。
どこにいるの?黙って逃げるなんて、どういうつもり?僕を捨てた?僕が要らなくなった?
⋯⋯いや、ノアにとって、僕は最初から要らない存在だったんだ。僕が居たから、ノアは理不尽に、暴力に晒された。だから逃げたんだ。ノアにとって必要な存在だった、なんて自分の勘違いぶりに笑ってしまう。
魔力の反応を頼りに、ノアを探し歩いた。色んな人に聞いて回った末、やっと彼の姿をみつけた。彼は、異国でも、相変わらず厚いフードを被って、無愛想に薬を売っていた。
心の中で、ノアの名前を何度も叫んで、駆け寄った。少し会えなかっただけなのに、胸の中から懐かしさと喜びが溢れる。もしかしたら、僕が嬉しいように、ノアも少しは喜んでくれるんじゃないかって、そんな淡い期待をしていた。
「──ノア!」
けれど、呼びかけた先、気まずそうにノアの視線は逸らされた。
「⋯⋯帰れ」
何度も聞いたはずの無機質な言葉が、胸に突き刺さり、浮き立っていた気持ちが、割れて落ちる。
「なんで、いつも⋯⋯ノアはそんなに僕を拒絶するの?」
思わず、そんな言葉が漏れた。
そして、何も分かってないかのような、怪訝な顔に初めて苛立った。気づけば、その胸ぐらを掴んでいた。苦しそう、そんなことを淡々と思う。抵抗しようと散々もがいた末、ノアは僕に刃物のような言葉を突き立て、心臓を抉った。
「⋯⋯別に、お前に関係ないだろ」
ぐわん、と絶望に飲み込まれる音がした。暫し硬直した末、頭が冷えて澄み切っていく。体の温度が、徐々に抜け落ちていく感覚がする。
その薄い腹に拳を突き立てた。ノアは身体をくの字に曲げ、胃の内容物を吐き出す。
「ゔぇ⋯⋯ゲホッ⋯⋯ゴホッ⋯⋯痛ぇ、何すんだよーーーっ」
無感動にその頬を張り倒した。あの日、ノアを襲った男たちみたいに、馬乗りに覆いかぶさってみた。両手を固定し、身動きか取れないようにした。ノアは僕の下で身を捩って、暴れる。そんなことしたって意味ないのに、必死で可愛い。ジタバタ足掻く様子をボーッと眺めていると、ノアがこちらを真っ直ぐ睨みつけた。
──その時、初めてノアと目が合った。
今、僕がノアの目に映ってる。僕だけが、ノアの視界に入ってる⋯⋯!そう考えると、体が興奮で震えた。関心が向くって、こんなに心地良いんだ。今、僕がノアの全てを独占している。それは、なんて素晴らしいことなんだろう。感情が昂って、思わず笑いが込み上げてくる。今まで優しくしようと努めてきた自分が、馬鹿らしく思えた。
「⋯⋯なんだ、最初からこうすれば良かったんだ」
ただ優しくして待ってるだけじゃなくて、あの男たちのように厚いフードを剥いで、それこそ、無理やり奪わなくちゃいけなかったんだ。それで、他の奴らを近づけさせないように、囲わなくちゃいけなかったんだ。──今更、そんなことを悟った。
少し空いた唇に、舌をねじ込む。ほのかに甘い味と、柔らかな感触がした。しかし、次の瞬間、口の中に、鋭い痛みと血の味が広がる。噛まれたのだ。ノアの唇に、僕の赤い血が鮮やかに滲む。そんなことに、酷く興奮した。
今まで、僕の愛し方が悪かったんだ。だから、意識の外に置かれて失敗した。でも、大丈夫。これからは、正しい方法で僕の愛情を伝えるから。もっと、僕の気持ちが伝わるように頑張るね♡だから、もっとちゃんと、こっちを見て⋯⋯
「ノア、大好き♡」
ノアを見つめ、甘い声で告白をした。すると、憎しみや失望の入り交じった瞳が、俺を見つめた。
「──俺は、嫌い」
そう言い放ったノアの瞳には、僕の姿が湾曲して映っていた。力では全く敵わないのに、必死に抗う姿が可愛い。大丈夫。安心させるように頬のアザをなぞると、ノアの体が震える。ノアが僕のことを嫌いでも、僕は大好きだし、これからはちゃんと正しく愛情を伝えるから。
だから、ずっと一緒にいようね?
僕はできるだけ柔らかく、その紫の瞳を見つめ返した。
END
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