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序章 始まりの教え子

帰還

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「絶対こっちだろ」
「兄、そっち北」
「……今度こそこっちだろ」
「兄、それ広場」
「……」
「……」

 レイヤの後ろを追ったのは、『水の精霊』の二人。アレクの壊滅的な方向音痴っぷりには、妹のクレアも呆れずにはいられない。
 しかし、クレアはしっかりしているため、二人は無事にレイヤの後を辿ることができる。普段はケーキしか頭にないアホの子なのだが、やるときはやるのだ。

「森には入ったが、こっからどうする?」
「祭壇、目指す」
「場所は分かるのか?」
「バッチリ。兄と一緒に、しない」
「……どういう意味だ、と普段なら言ってたが、さすがに今日はぐうの音もでねー」
「黙って、ついて来い」
「……口が悪いぞ、クレア」
「兄の、真似」
「そんなこと言った覚えはない!」

 場所が変わっても、この兄弟はいつも通りである。迷いの森を少し進んだところで、二人は森の異変に気づく。

「こいつら……」
「死哭会?」

 森の奥で、大量の死体が転がっていた。どれも、眉間を一突きされたような形で亡くなっている。
 ふと、クレアの視線はあるものを捉えた瞬間、ピタリと止まる。
 
「ん? どうした、クレア?」
「あの男……」

 その視線の先には、レイヤによって切り飛ばされた、モーガスの首があった。

「クレアが、勝てなかった」
「あー、お前が苦戦した相手ってのがこいつか」
「……一撃」
「多分な。他に目立った外傷もないし」
「悔しい……」
「気持ちはわかるが、あれと張り合うのはお勧めしないぞ」
「分かってる。クレア賢い。兄とは、違う」
「おい、それどういう意味だ」

 死体に囲まれながらも、この兄弟はいつも通りだった。さすがは一流冒険者だ。
 
 しかし、次の瞬間二人の思考は止まる。

「おい、あれ」
「なに、あれ?」

 奇しくも、二人は同時に疑問を口にする。二人の視線の先を追うと、そこには二頭の龍が空を舞っていた。

「龍?」
「いやでも、空想上の生き物だろ、あれ?」
「じゃあ、クレアたち、今、夢の中?」

 アレクはクレアの頬に、クレアはアレクの頬に手を伸ばす。そして、互いの頬を同時につねる。
 
「……痛いな」
「兄、放す。痛い」
「あー、わりー。でも、夢じゃないってことは……」
「魔法」
「だろうな。水属性の魔法か?」
「間違い、ない。でも、かなり強力」
「……レイヤか。でも、そうなると、相手は一体誰だ?」
「レイヤに、匹敵する、水属性の使い手」
「バケモンじゃねーか」
「兄、失礼」

 失礼とは言った者の、クレアも同じ感想を抱いていた。ともなく、二人は二頭の龍の戦いを見届けていた。
 突然、一頭の龍がさらに高く登って行き、そしてはじけ飛んだ。

「終わったか?」
「兄、まだ」

 弾け飛んだ竜が無数の槍と化し、もう一頭の龍に襲い掛かる。

「……綺麗ぃ」

 思わずクレアが溢す。
 妹がケーキ以外に興味を示したことに驚きつつも、アレクは結末を見届ける。

「両方消えたな。結果は……」
「わからない。でも、たぶんレイヤの、勝ち」
「なんでそう思う?」
「勘」

 アレク同様、クレアもそこそこ鋭い勘を持っていた。実際、レイヤとアルタロスの勝負は、レイヤの勝利で幕を閉じた。
 
 しかし、しばらく後、天変地異が起こる。

「っ!? 逃げるぞ、クレア」

 空気の変化を感じ取り、アレクは撤退を選択。だが、振り返った先にはもう妹の姿はない。そして、少し離れたところで、脇目も振らず逃げ帰る妹の姿を捉える。

「あいつ、逃げ足だけは早いな」

 そう言って、アレクも走り出す。まだ、明確な災害を目にしたわけではないが、二人とも嫌な予感をしていた。
 アレクは少しペースを上げ、クレアに追いつく。

「お前、俺を置いていきやがって」
「……兄、あれは、やばい」
「あー、分かってる」

 全速力で走る二人。その後ろには洪水と見まごうほどの濁流が追いかけていた。

「あれも、魔法?」
「だとしたら、バケモンどころの騒ぎじゃねーだろ!」

 数分走ったところで、濁流はピタッと止まる。代わりに、高さを増していく。
 約10メートルほどの水の壁が出来上がったところで、魔法は完成する。

「はぁ、はぁ、はぁ……助かった」
「はぁ、はぁ、はぁ……兄の馬鹿」
「悪かったって。俺もまさかこんなにやばいとは思ってなかったんだよ」
「これも、レイヤの魔法?」
「……恐らくな」
「水属性、怖い」
「……一応言っておくが、俺らも水属性だぞ」
「…………そうだった!」

 本気で忘れていたかのような反応を見せるクレア。無理もない。森の地形すら書き換えるような大魔法が、自分にも使えるとは到底思えないのだろう。

 二人はしばらく、ただ茫然と目の前の水の壁を眺めることしかできなかった。

 ◆

 一刻が経過したころ、突然水の壁が引いていく。

「終わったか……」

 少しほっとするアレクたち。正直、いつ水の壁が再び襲い掛かってくるか分からない状態で待つのは心臓に悪い。それでも二人は、レイヤの魔法を間近で見たかったのだ。

「誰か、くる」

 斥候のクレアは、いち早く人の気配を感じ取る。

 もしレイヤが負けていたら、二人はレイヤ以上の相手と戦うことになる。そうなったらさすがにお手上げだが、二人とも落ち着いていた。
 一応臨戦態勢は取るものの、戦う予定はない。

 そして、湿った大地を踏みしめながら、姿を現したのはーー

「おや、アレクさん、クレアさん。私の出迎えですか?」

 ルルーをお姫様抱っこしたレイヤであった。レイヤの声を聞き、アレクもクレアもあからさまに警戒を解き、一息つく。

「あー、少し心配だったからな。とはいえ、取り越し苦労だったか」
「……兄、兄」
「なんだ?」
「あれ、やばい」

 暗闇の中で、アレクは未だレイヤの姿をはっきり見ることができない。しかし、目のいいクレアはレイヤの様子を見て恐れおののく。

「生きてるの、不思議」
「え?」

 そして、かなりの近距離まで近づくことで、アレクもレイヤの状態がよく見える。
 
 いつも一まとめにしている長髪は降ろされ、肩に少しかかる。
 左手に目を向けると、それは氷漬けになっていた。
 体の傷はさらにひどく、所々意味の分からない穴が空いている。
 そして、何よりも目に留まるのは、レイヤの潰れた左目である。

「おい、おいおいおいおい。大丈夫か!? 生きてるのか、それ?」
「ええ、まあ、大丈夫でしょう。魔法で止血できていますので」
「そういう問題じゃ……その左手は?」
「ちぎれかけたので、氷で補強しています。間に水の層を入れて、壊死するのを防いでいるので、ご心配なく」
「千切れるって……」

 アレクは言葉を失った。

「レイヤレイヤ。左目、だいじょうぶ?」
「あー、これですか。完全につぶれたので、大丈夫かと言われれば、大丈夫ではありませんが、まあ大丈夫でしょう」
「ん? だいじょうぶだけど、だいじょばない? だいじょばないけど、だいじょうぶ?」

 クレアは混乱した。

「お前がこれほど苦戦する相手なのか、死哭会ってのは……」
「あ、いえ。死哭会自体は大してことありませんでしたが、少し想定外のことがありまして……まあ、それは追々話しましょう。それよりも、ルルーをお願いできますか。さすがに私も少し疲れたので」
「あ、あー、勿論だ」

 そう言って、レイヤはルルーをアレクに渡そうとするがーー

 ーールルーはレイヤの服を放そうとしない

「おや? ルルー、起きてましたか?」

 レイヤの服をぎゅっと握りしめ、ルルーはさらに小さく縮こまる。

「……やれやれ。困った子ですね。アレクさん、クレアさん、申し訳ありませんが、先に戻ってもらえますか? 私たちは後で追いますので」
「俺たちは別にいいが……大丈夫か?」
「問題ありません。先ほど少し休みましたので」
「分かった」

 あっさり肯首して、アレクたちは去っていく。
 二人きりとなったレイヤとルルー。どちらも話を切り出さずに、沈黙が流れる。

「……先生、ごめんなさい」

 先に言葉を発したのはルルー。

「謝るようなことではあませんよ。ただ、次からは知らない人についていってはいけません。いいですね?」
「うぅ、うぅ、うん、ごめんなさい、ごめ、うぅ、ごめんなさい」
「ですから、謝るようなことでは……むしろ、今回のおかげでルルーの魔法が判明しましたよ」
「ごめん、なさい、本当に、ご、ごめん、なさい」
「恐らく、ルルーの魔法は月属性でしょう。この前の『天地開闢』の古語版が功を奏しました」
「……うぅ……うぅ」
「古語の記述では、六大行は火、土、闇、光、風、土ではなく、太陽、月、土、水、風、火だそうですよ。良かったですね、ルルーも魔法が使えますよ」
「……うぅ」
「記述を探すのは大変ですが、心当たりはありますので……ですから、ルルー、泣き止んでくれませんか。君に泣かれてしまうと、困ります」

 ルルーは今、レイヤの懐に顔を埋め、ひたすら謝り続けていた。
 レイヤの服を鷲掴みにし、小さく震えていた。

「……なん、で」
「え?」
「なんで、ヒク、怒ってくれないの!? もっと、怒ってよ!」
「と言われても、怒るようなことではーー」
「いやぁ! もっと怒って、怒鳴ってよ! ボク、これからいい子でいるから、もっと言うこと聞くから、何でもするから! だから、お願い。捨てないで、捨てないでよぉ」
「……ルルー」

 なんのトラウマを刺激されたのか、ルルーは錯乱状態に陥っていた。
 そんなルルーをレイヤは黙って降ろす。しかし、ルルーはレイヤを手放そうとしない。そんな彼女の手を、レイヤは無理やりほどく。

「あぁ……」

 レイヤから手が離れた途端、ルルーは項垂れる。まるで、断罪を待つ罪人のよう。
 そんなルルーの肩に、レイヤは右手を乗せる。

 ビクッと体を震わせるルルー。

「あぅ……せ、先生、ごめんなさい。取り乱してーー」
「ルルー」
「は、はい!」
「私は、この程度ことでいちいち怒ったりしません。というより、怒ることができません。だから、君を怒鳴っることも決してしません」
「え?」

 ルルーは、パッと顔を上げる。赤く腫れあがった両目で、レイヤを見る。

「私が怒るのはもっと根源的な、それこそ、君が君の才能を台無しにするときだけです」
「……」
「君が君の才能を磨き続ける限り、私は決して君を見捨てたりしません。約束です。それを違えた時は、この右目もくり貫いて君に差し出しましょう」
「え?」
「だから、いい子でいる必要はありません。私の言うことも、全て聞く必要はありません。ただ、何でもする、と気軽に言ってはいけません。いいですね?」
「……う、うん」
「よろしい。ではこの話はこれで終わりです。帰りましょう」

 そう言ってレイヤはルルーの肩から手を放し、代わりに右手を差し出す。
 欠けかけた月は、一瞬だけ強い光を放ち、二人を照らす。

 二度とほど瞬きをした後、ルルーはレイヤの手を取ることなく立ち上がる。そして、レイヤの右手を掴み、わきの下に入り込む。結果、レイヤを支える形となる。

 それを見たレイヤは僅かに驚くが、すぐさまルルーに体重を預ける。

「帰りましょうか、ルルー」
「……うん」

 ゆっくりとした足取りで、二人は歩き出す。
 
「先生」
「なんですか?」
「ボク、先生を支えられるようになる」
「もう十分支えてもらっていますよ」
「ううん、まだまだ足りない。ボク、頑張るから。先生から奪ったすべてを、償わせて」
「……」
「ボク、頑張るから。見てて」

 決意を新たに、ルルーたちは帰路に着く。

 ◆

 暗き闇に光が差し込む
 後に『』と呼ばれる光である
 光はやがてし、暗き世界を彩る
 後に『』と呼ばれるである
 塵が集い、山を成し、陸を成す
 後に『土』と呼ばれる大地である
 雫が集い、泉を、池を成す
 後に『水』と呼ばれる大海である
 を切り裂き、雷霆を呼び込
 後に『風』と呼ばれる大空である
 大いなる五行より命誕生す
 それは後に『火』と呼ばれる
 五行に一行加えて六行を成す
 古より伝わりし『六大行』なり
 
 『天地開闢 1章 1節-14節』




ーーーーーー
後書き

 『溟海の導師』序章・始まりの教え子、これにて終了となります。

 いかがだったでしょうか。自分では面白いと思っていますが、伏線ばかりだったので正直少し心配です。皆さんの感想もぜひお聞かせください。
 銀髪の謎は回収したとして、『勇士伝の謎』、『レイヤの前世』、『ルルーの過去』、『謎の闇魔法の男』、『残りの神代三大名著』などなど。目に見える伏線はこれぐらいになりますが、ここでは言えないあんな伏線やこんな伏線が……(回収しきれるかなぁ)

 明日からは幕間に入ります!
 
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