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むぎ

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出会い

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夏樹が病室に戻り、1時間ほどした時だろうか、時雨が「うぅん…」と声を発し、周囲は起きたか?と思い見守る。

時雨は、ふるりと目をゆっくり開けたのち、目を大きく見開くとドクッと跳ねたように痙攣し胸を押さえている。

すぐさま城や看護師が飛んできて治療にあたる。
城の怒鳴るような指示が飛び交う。
モニターは不規則に揺らめき、どんどん波は小さくなっていた。

「くそっ!!」
城が叫んだ時、ガラリと扉が開いた。

カツカツと入ってきた人物に最初は誰も気付かなかったが、近づくごとにブワァッと王者のオーラを感じ取り、城や夏樹は目を見張り、警戒する。

「ちょっ、おい!今は近づくな!離れてろ!」
そういう城の言葉を無視して、男は時雨に近づいた。



「…。大丈夫。ゆっくり俺を感じて…」
時雨の手をそっと握ると、自身のフェロモンを時雨に纏わせるように放出する。


時雨は意識は無いものの、香りだけはしっかり受け取っていた。
ー良い匂い…。落ち着くなぁ。ずっとこの香りに包まれていたい。

誰もがその異様な状況に思わず声も発する事なく見守るだけとなっていた。

モニターを見ると、徐々に数値が回復し、安定してきている。

まさか、と夏樹は思い、尋ねる。
「君は、来栖、櫂斗君だね…?」
「はい。突然お邪魔して申し訳ありませんでした。病室の前で番の匂いで状況確認していたのですが、だんだん弱くなっているのを感じ思わず入室してしまっていました。」
「いや、急いで来てくれてありがとう。私は月見里夏樹。時雨…、君の番の兄だ。
心肺蘇生も行ってくれたと聞いている。大切な俺の弟を救ってくれてありがとう。」
夏樹は櫂斗に頭を下げた。

「いえ、当然のことをしたまでです。改めて、来栖櫂斗と申します。時雨さんは俺の運命の番です。でも、運命とは別に、俺は一目惚れをしたのだと思います。
どうか、時雨さんの側にいさせて下さい。」
お願いしますと櫂斗は頭を下げた。

「ふぅ~。俺は主治医の城だ。坊ちゃんが来てフェロモンを纏わせてから、急変していたシグの容態が安定した。本来、番ってもないαとΩを同室に…つか、親族でも無いやつを泊まらせたりする事は病院で禁止されている。だが、シグの安定の為には坊ちゃんっつー薬が必要らしい。
滞在を許可する。が、不純な事はするなよ。ベッドは簡易ベッドを持ってきてやる。身体が痛いとかは受け付けん。」

「わかりました。ありがとうございます。」




そうして、櫂斗が病室に泊まる生活が始まった。
朝は6時に起きて、時雨におはようと声をかけ、検温を終えた時雨の体を甲斐甲斐しく清拭する。点滴があるため、上の更衣は不服そうに看護師にも手伝わせるものの、それ以外は治療や診察以外で触れさせようとしない徹底ぶりだ。
8時半前に行ってきます、と時雨の手に口づけを落とし、後ろ髪を引かれながら病室を出る。15時に講義が終了した後は、業務がない限りは周囲の言葉をシャットアウトし急いで教室を出て、病室に戻る。
課題や家の任されている仕事、株など色々な事をしながら、時雨の側で過ごし、病室に付いているシャワーを借りて、病院の就寝時間である22時には簡易ベッドに寝そべり、時雨の手を握ったまま眠りにつく。

そんな生活が5日程続いていた。櫂斗が泊まり始めてから、何度か不安定にはなりながらも徐々に落ち着きをみせ、数値も安定したまま経過していた。時雨本人は未だに目を覚まさない。

今日も講義を終えて、飛ぶように櫂斗は病室に戻ってきた。
「ただいま。シグ。」
といつも通り声をかける。

「…ぉかぇり、なさぃ。」
微かな声が聞こえた。はっと目を見張り、時雨を見る。
今まで見る事の出来なかった、綺麗なバイオレットの瞳が櫂斗を優しく見つめていた。

「ああ…。ただいま。」
思わず目をうるわせ、時雨の側に行き、存在を確かめるようにフェロモンで包み込みながら、優しく時雨を抱きしめた。

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