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10 社畜は社長に逆らえません
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◆社畜は社長に逆らえません
日本で。思いもかけず、ラダウィと巡り会ってしまいました。
彼の顔を目にすれば。
シマームの砂漠、熱に焼かれた風の匂い。
隠れて涙した失恋の記憶が、鮮やかによみがえる。
「天野、シマーム国王である、ラダウィ・サフィン・アル・ヴァーラーン陛下と、その側近だ。社長の紹介をしてくれ」
上司である、平川総括本部長に耳打ちされ、私は目をみはった。
脳裏をよぎった過去に、一瞬、気を囚われていたが。
そうだ。この場は、三峰商事の社運がかかった、大事な商談の場でした。
自分はもう少年ではない。二十七歳の会社員で。
取引相手であるらしい、シマーム国王に拝謁している最中。
小さな失敗も許されないと、気を引き締めた。
しかし。国王と側近という言葉を聞いては、動揺を隠せない。
私がシマームにいた当時、彼は皇太子の次男だった。
国王に即位できる地位ではなかったのだ。
でも、王族ではあるのだから、全くないとは言い切れません。
わからないことは、今はいい。
とにかく。通訳としての役割を果たさなくては…。
『失礼いたしました、国王陛下。拝謁を賜り感謝いたします。弊社社長、三峰孝蔵を紹介させていただきます』
アラビア語を流ちょうに駆使し。私は会社仕様の挨拶を口にした。
ラダウィは、一瞬顎を引き上げ、不快だと示す。
しかし社長が挨拶をはじめ、笑顔で会釈すると。意外にもほのかに笑みを見せて応じた。
紹介が済むと、ラダウィは高潔さを醸すゆったりとした歩調で、私の前から去り。一段高くしつらえた壇上へ、足を進めていく。
王が中央の椅子に腰かけると、胸の辺りまで幕がおろされ。王の姿は見えなくなった。
高貴な人物は、その姿を不用意にはさらさない。
王とともに入室した側近たちは、王の両サイドを固め、控えた。
ラダウィの対面には、長机が備えられており。シマーム側の交渉人の指示で、そこに社長と七名の社員が座ることを許された。
「国王陛下、シマーム高官の方々、本日は交渉の場を設けていただき、ありがとうございます。早速ですが、本題に入らせていただきます。弊社の…」
社長の言葉を、私は一言一句、丁寧にアラビア語で復唱していき。
一段高いところにいるシマーム陣営は、それに耳を傾けていた。
今回の契約内容について、私は全く話を聞かされていなかった。
交渉相手がシマームであることすら、知らなかったのですからね。
なので、話の流れから事の概要を掴むしかなかったのだ。
社長の言によると。
シマームの前政権は、資源を外へ出すことを嫌い。そのため依然手つかずの油層を多く抱えている。
だが、現国王であるラダウィは。諸外国と積極的に関わっていく改革派で。
国の開拓の手始めとして、国内にある石油産出地域の一部を油田開発することにした…。ということらしい。
三峰商事は、その油田建設、開発にかかるコストをすべて負う。
その代価は、産出した石油、その利益の五パーセントを十年間譲渡すること。
事前調査によれば、開発予定区域の油層に蓄えられた化石燃料は潤沢で。三峰が開発資金を肩代わりしたとしても、その何倍もの利益を得るのが明らかであった。
また、大きな施設を作れば石油量も増え。さらに利益は増加する。
もちろんシマーム側も、大きな資本基盤を手に入れることができるので、双方が損をしない計画のようです。
会議の進行は、シマーム側の交渉人と総括本部長との間で、ほぼ行われた。
幕の向こうにいる王が口をはさむことはなく。
通訳である私が、国王と話をする機会も全くなかった。
そうして、契約交渉の初日が終了し。
幕の向こう側で王が退室するのを、社員一同、頭を下げて見送った。
国王となったラダウィを目にするのは、一社員の私には叶わないこと。
もう、視線を重ねることすら恐れ多い、高貴な存在になってしまったのですね。
そんな感傷にひたり、彼との再会を苦くかみしめた。
★★★★★
会議を終えた三峰勢は。シマーム側が滞在するフロアの、ひとつ下の階に移動した。
契約完了まで、プロジェクトメンバーは秘密保持のため、同ホテルにとどまる規約である。
部屋は社員一人一人に与えられ、もちろん私にも一室が用意されていたのですが。バックひとつで急遽呼ばれた私は、着替えをどこで調達したらいいのかなぁと、ぼんやり考えていた。
社員たちが一堂に介し、会議や打ち合わせが行えるよう、スイートルームも用意されてあり。そのリビングフロアに足を踏み入れる。
同僚にいろいろ聞こうと思っていたのですが、その前に社長と本部長に声をかけられました。
「天野くん、今日はご苦労様。突然の呼び出しにもかかわらず、良い仕事をしてくれた。感謝するよ」
「恐れ入ります、社長」
ねぎらいの言葉をかけられ。私は深く頭を下げる。
すると社長は肩の力を抜いて、隣にいた平川本部長に話を向けた。
「それにしてもさぁ、平川? こんなに緊張したのは、久しぶりだったよ。国の要人や政府関係者と会う機会は、ままあるが。さすがに国王級は、はじめてだったからなっ」
「そうですね。初日に話を滞りなく進められて、良かったです」
その気安い空気感に、私は目を丸くするが。
本部長と社長は、ほぼ同年代だから。同期の親しみがあるのかもしれませんね。
今日の会議の中身は、プロジェクトの説明と、詳細な契約内容の確認でした。
計画は関係者間で、おおよそ詰められていたのでしょう。
シマーム国王が承認すれば、明日にも調印の運びになりそうです。
「スムーズに事が運んだのは、天野のおかげだ。君が国王とあれほどに親しい仲だったとはね?」
ラガーマンチックに大柄な平川に、背中をバンと叩かれて。
インドア派で運動皆無な私は、ちょっとよろめいた。
「いえ、親しいというほどではないのです。王子だった頃のラダウィ様と、面識があった程度なので」
「実はね。通訳に君を指名してきたのは、あちらなんだ。幼馴染を驚かせたいから、詳しい話はしないでくれと言われて。だから、なにも説明できずに天野をここへ連れて来てしまい、すまなかったね?」
平川に続いて社長にも言われる。
「我々は、とにかく王のGOサインが欲しかったのでね? 三峰としては、あちらの要求はどんなものでも呑む勢いだったんだよ」
ふたりは、なぜ私がこの場に呼ばれたのか、その種明かしをしてくれた。
なるほど、そうでもなければ。文書・翻訳課の私が、海外事業部の精鋭を差し置いて通訳に抜擢されるわけないですよね?
そういうことだったのか、と。納得し。
今回の再会は偶然ではなく、ラダウィの計画だったのなら? と考えて。
にわかに、焦った。
「それは…あの、実は間違いなのです」
焦燥に駆られながら、私は打ち明けるが。
平川は意味がわからないようで首を傾げた。
「間違い? なにが間違いなんだ?」
「ラダ…国王と親友というほどの仲だったのは、私の双子の弟の方で。どうやら陛下は、私と…弟を間違えているようなのです」
由々しき事態なのだが。
私の言葉を本部長は深刻に受け取らず、爽やかに笑い飛ばした。
「はは、なんだ。そんなことか。すぐに訂正すればいいじゃないか?」
本当に。そうなのだけど。そう簡単な話でもないというか。
そういう流れではなかったものの。カゲツと呼ばれたときに、すぐに『私は蓮月です』と反応すれば良かったのに。それが出来なくて。
私はいつも、とっさに判断できなくて。オロオロしているうちに機を逃すということがよくあるのです。
とにかく、早々に訂正できなかったことが、悔やまれる。
「申し訳ありません。弟はラダウィ様と懇意にしていたのですが。私は陛下に嫌われていました。会社の取引に、私ごときが大した障害にはならないでしょうけれど。もし華月ではなく私が蓮月だと知って、陛下が機嫌を損ねたら、と思うと…」
「うーん、それはまずいぞ、天野くん」
神妙に告げた私に、社長も厳しい顔で同意を示した。
「今回の件では、些細な失敗も許されない。陛下が間違えるほどなのだ、君とその弟はよく似ているのだろうが。どこか見かけに相違点があるのか? 髪型とか、ほくろとか?」
「外見上は、全く。一ヶ月前に会いましたが、身長体重、髪型も、変化はありませんでしたし。医学的に見ても、私たち双子は区別がつきにくいのです。あ…髪色は。日本にいる私は濃茶に染めているのですけど」
「それは、不幸中の幸いだな? ならば天野くん、君は契約完了までは弟として振舞いなさい。髪を染めるのはよくあることだし、陛下も気にしていなかったから、なんとでも誤魔化せるだろう?」
社長は、そのような無茶を言ってくる。
会議に出るだけなら、大丈夫だろうが。
同じホテルの中にいて、ラダウィが華月と話もせずにいるのは考えにくい。
濃密な時を過ごそうとも、言われましたし。
もしも対面する機会があったら。すぐにもバレてしまいそうだ。
私と同じ危機感を持ったのか、本部長も不安げに返す。
「社長、国王陛下を騙すのですか?」
「人聞きが悪いぞ、平川。騙すのではなく、黙っているだけだ。上手く事が運べば、彼らは明日にも帰国する。その間だけしのげればいいんだ」
そう、言いはするが。社長も本部長も、憂いを帯びた顔つきでうつむく。
あうぅ、私の失態で会社の危機です。
そのとき、シマーム側の給仕係に声をかけられ。私たち三人はビクーンと身を固めた。
「国王陛下が、天野さまをお呼びです」
ギギギと、私に顔を向ける社長と本部長は。あからさまに動揺していた。
「そ、そういえば、天野くん。国王陛下は通訳の他に、君との対話も望まれていたんだ。今日はシマーム側に行き、陛下のお世話に当たってくれたまえ。くれぐれも、穏便に。なっ?」
「わかっているな? 天野。三峰商事の未来は君にかかっている、期待しているぞっ?」
社長と平川本部長は。拳を見せて、ガンバレと示す。
ええっ? 丸投げですか?
しかし、すぐに訂正できなかった私の落ち度でもある。
ここで失敗したら、一大事だ。
会社のビックプロジェクトのために、できうる限りのことをしなければ。
だけど、見た目は寸分違わないものの、あの天真爛漫な弟の真似など、無理だと思いますっ。
いきなり重責を担わされ、血の気が引きましたが。
足取り重く、私は呼びに来た給仕のあとについていったのだった。
社畜は社長に逆らえません。
不器用な私に、演技なんかできませんけど。
会社のために、なんとか、有耶無耶に曖昧に穏便に乗り越えるしかありません。
私は華月、と己に言い聞かせ。腹をくくりましょうっ。
日本で。思いもかけず、ラダウィと巡り会ってしまいました。
彼の顔を目にすれば。
シマームの砂漠、熱に焼かれた風の匂い。
隠れて涙した失恋の記憶が、鮮やかによみがえる。
「天野、シマーム国王である、ラダウィ・サフィン・アル・ヴァーラーン陛下と、その側近だ。社長の紹介をしてくれ」
上司である、平川総括本部長に耳打ちされ、私は目をみはった。
脳裏をよぎった過去に、一瞬、気を囚われていたが。
そうだ。この場は、三峰商事の社運がかかった、大事な商談の場でした。
自分はもう少年ではない。二十七歳の会社員で。
取引相手であるらしい、シマーム国王に拝謁している最中。
小さな失敗も許されないと、気を引き締めた。
しかし。国王と側近という言葉を聞いては、動揺を隠せない。
私がシマームにいた当時、彼は皇太子の次男だった。
国王に即位できる地位ではなかったのだ。
でも、王族ではあるのだから、全くないとは言い切れません。
わからないことは、今はいい。
とにかく。通訳としての役割を果たさなくては…。
『失礼いたしました、国王陛下。拝謁を賜り感謝いたします。弊社社長、三峰孝蔵を紹介させていただきます』
アラビア語を流ちょうに駆使し。私は会社仕様の挨拶を口にした。
ラダウィは、一瞬顎を引き上げ、不快だと示す。
しかし社長が挨拶をはじめ、笑顔で会釈すると。意外にもほのかに笑みを見せて応じた。
紹介が済むと、ラダウィは高潔さを醸すゆったりとした歩調で、私の前から去り。一段高くしつらえた壇上へ、足を進めていく。
王が中央の椅子に腰かけると、胸の辺りまで幕がおろされ。王の姿は見えなくなった。
高貴な人物は、その姿を不用意にはさらさない。
王とともに入室した側近たちは、王の両サイドを固め、控えた。
ラダウィの対面には、長机が備えられており。シマーム側の交渉人の指示で、そこに社長と七名の社員が座ることを許された。
「国王陛下、シマーム高官の方々、本日は交渉の場を設けていただき、ありがとうございます。早速ですが、本題に入らせていただきます。弊社の…」
社長の言葉を、私は一言一句、丁寧にアラビア語で復唱していき。
一段高いところにいるシマーム陣営は、それに耳を傾けていた。
今回の契約内容について、私は全く話を聞かされていなかった。
交渉相手がシマームであることすら、知らなかったのですからね。
なので、話の流れから事の概要を掴むしかなかったのだ。
社長の言によると。
シマームの前政権は、資源を外へ出すことを嫌い。そのため依然手つかずの油層を多く抱えている。
だが、現国王であるラダウィは。諸外国と積極的に関わっていく改革派で。
国の開拓の手始めとして、国内にある石油産出地域の一部を油田開発することにした…。ということらしい。
三峰商事は、その油田建設、開発にかかるコストをすべて負う。
その代価は、産出した石油、その利益の五パーセントを十年間譲渡すること。
事前調査によれば、開発予定区域の油層に蓄えられた化石燃料は潤沢で。三峰が開発資金を肩代わりしたとしても、その何倍もの利益を得るのが明らかであった。
また、大きな施設を作れば石油量も増え。さらに利益は増加する。
もちろんシマーム側も、大きな資本基盤を手に入れることができるので、双方が損をしない計画のようです。
会議の進行は、シマーム側の交渉人と総括本部長との間で、ほぼ行われた。
幕の向こうにいる王が口をはさむことはなく。
通訳である私が、国王と話をする機会も全くなかった。
そうして、契約交渉の初日が終了し。
幕の向こう側で王が退室するのを、社員一同、頭を下げて見送った。
国王となったラダウィを目にするのは、一社員の私には叶わないこと。
もう、視線を重ねることすら恐れ多い、高貴な存在になってしまったのですね。
そんな感傷にひたり、彼との再会を苦くかみしめた。
★★★★★
会議を終えた三峰勢は。シマーム側が滞在するフロアの、ひとつ下の階に移動した。
契約完了まで、プロジェクトメンバーは秘密保持のため、同ホテルにとどまる規約である。
部屋は社員一人一人に与えられ、もちろん私にも一室が用意されていたのですが。バックひとつで急遽呼ばれた私は、着替えをどこで調達したらいいのかなぁと、ぼんやり考えていた。
社員たちが一堂に介し、会議や打ち合わせが行えるよう、スイートルームも用意されてあり。そのリビングフロアに足を踏み入れる。
同僚にいろいろ聞こうと思っていたのですが、その前に社長と本部長に声をかけられました。
「天野くん、今日はご苦労様。突然の呼び出しにもかかわらず、良い仕事をしてくれた。感謝するよ」
「恐れ入ります、社長」
ねぎらいの言葉をかけられ。私は深く頭を下げる。
すると社長は肩の力を抜いて、隣にいた平川本部長に話を向けた。
「それにしてもさぁ、平川? こんなに緊張したのは、久しぶりだったよ。国の要人や政府関係者と会う機会は、ままあるが。さすがに国王級は、はじめてだったからなっ」
「そうですね。初日に話を滞りなく進められて、良かったです」
その気安い空気感に、私は目を丸くするが。
本部長と社長は、ほぼ同年代だから。同期の親しみがあるのかもしれませんね。
今日の会議の中身は、プロジェクトの説明と、詳細な契約内容の確認でした。
計画は関係者間で、おおよそ詰められていたのでしょう。
シマーム国王が承認すれば、明日にも調印の運びになりそうです。
「スムーズに事が運んだのは、天野のおかげだ。君が国王とあれほどに親しい仲だったとはね?」
ラガーマンチックに大柄な平川に、背中をバンと叩かれて。
インドア派で運動皆無な私は、ちょっとよろめいた。
「いえ、親しいというほどではないのです。王子だった頃のラダウィ様と、面識があった程度なので」
「実はね。通訳に君を指名してきたのは、あちらなんだ。幼馴染を驚かせたいから、詳しい話はしないでくれと言われて。だから、なにも説明できずに天野をここへ連れて来てしまい、すまなかったね?」
平川に続いて社長にも言われる。
「我々は、とにかく王のGOサインが欲しかったのでね? 三峰としては、あちらの要求はどんなものでも呑む勢いだったんだよ」
ふたりは、なぜ私がこの場に呼ばれたのか、その種明かしをしてくれた。
なるほど、そうでもなければ。文書・翻訳課の私が、海外事業部の精鋭を差し置いて通訳に抜擢されるわけないですよね?
そういうことだったのか、と。納得し。
今回の再会は偶然ではなく、ラダウィの計画だったのなら? と考えて。
にわかに、焦った。
「それは…あの、実は間違いなのです」
焦燥に駆られながら、私は打ち明けるが。
平川は意味がわからないようで首を傾げた。
「間違い? なにが間違いなんだ?」
「ラダ…国王と親友というほどの仲だったのは、私の双子の弟の方で。どうやら陛下は、私と…弟を間違えているようなのです」
由々しき事態なのだが。
私の言葉を本部長は深刻に受け取らず、爽やかに笑い飛ばした。
「はは、なんだ。そんなことか。すぐに訂正すればいいじゃないか?」
本当に。そうなのだけど。そう簡単な話でもないというか。
そういう流れではなかったものの。カゲツと呼ばれたときに、すぐに『私は蓮月です』と反応すれば良かったのに。それが出来なくて。
私はいつも、とっさに判断できなくて。オロオロしているうちに機を逃すということがよくあるのです。
とにかく、早々に訂正できなかったことが、悔やまれる。
「申し訳ありません。弟はラダウィ様と懇意にしていたのですが。私は陛下に嫌われていました。会社の取引に、私ごときが大した障害にはならないでしょうけれど。もし華月ではなく私が蓮月だと知って、陛下が機嫌を損ねたら、と思うと…」
「うーん、それはまずいぞ、天野くん」
神妙に告げた私に、社長も厳しい顔で同意を示した。
「今回の件では、些細な失敗も許されない。陛下が間違えるほどなのだ、君とその弟はよく似ているのだろうが。どこか見かけに相違点があるのか? 髪型とか、ほくろとか?」
「外見上は、全く。一ヶ月前に会いましたが、身長体重、髪型も、変化はありませんでしたし。医学的に見ても、私たち双子は区別がつきにくいのです。あ…髪色は。日本にいる私は濃茶に染めているのですけど」
「それは、不幸中の幸いだな? ならば天野くん、君は契約完了までは弟として振舞いなさい。髪を染めるのはよくあることだし、陛下も気にしていなかったから、なんとでも誤魔化せるだろう?」
社長は、そのような無茶を言ってくる。
会議に出るだけなら、大丈夫だろうが。
同じホテルの中にいて、ラダウィが華月と話もせずにいるのは考えにくい。
濃密な時を過ごそうとも、言われましたし。
もしも対面する機会があったら。すぐにもバレてしまいそうだ。
私と同じ危機感を持ったのか、本部長も不安げに返す。
「社長、国王陛下を騙すのですか?」
「人聞きが悪いぞ、平川。騙すのではなく、黙っているだけだ。上手く事が運べば、彼らは明日にも帰国する。その間だけしのげればいいんだ」
そう、言いはするが。社長も本部長も、憂いを帯びた顔つきでうつむく。
あうぅ、私の失態で会社の危機です。
そのとき、シマーム側の給仕係に声をかけられ。私たち三人はビクーンと身を固めた。
「国王陛下が、天野さまをお呼びです」
ギギギと、私に顔を向ける社長と本部長は。あからさまに動揺していた。
「そ、そういえば、天野くん。国王陛下は通訳の他に、君との対話も望まれていたんだ。今日はシマーム側に行き、陛下のお世話に当たってくれたまえ。くれぐれも、穏便に。なっ?」
「わかっているな? 天野。三峰商事の未来は君にかかっている、期待しているぞっ?」
社長と平川本部長は。拳を見せて、ガンバレと示す。
ええっ? 丸投げですか?
しかし、すぐに訂正できなかった私の落ち度でもある。
ここで失敗したら、一大事だ。
会社のビックプロジェクトのために、できうる限りのことをしなければ。
だけど、見た目は寸分違わないものの、あの天真爛漫な弟の真似など、無理だと思いますっ。
いきなり重責を担わされ、血の気が引きましたが。
足取り重く、私は呼びに来た給仕のあとについていったのだった。
社畜は社長に逆らえません。
不器用な私に、演技なんかできませんけど。
会社のために、なんとか、有耶無耶に曖昧に穏便に乗り越えるしかありません。
私は華月、と己に言い聞かせ。腹をくくりましょうっ。
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