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25 チューする距離
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◆チューする距離
殿下の抱き枕と化した俺は、結局、脱出できず。そのまま寝た。
小枝がっ、心配だったけど。うぬぅ…と思いながら、寝た。
そして朝になり、目を覚ますと。
すっごい近くで、殿下が俺の顔をジッと見ていた。
俺を抱え込んでいた殿下は、自然、腕枕状態で。頭に敷いている腕の手首を浮かせて、俺の髪をいじっている。
けれど、眉間にしわを寄せて、険しいお顔。どういう状況?
「おい。話の途中でスリーパーするんじゃねぇ」
表情から、ムッスーーと音が聞こえそうな顔です。
話の途中でしたっけ? 押し潰されたことしか覚えていませんが。
でも殿下は主なので。逆らえません。
「はいぃ。というか、殿下は。王族なのに、どうしてそんなに言葉が荒いのですか?」
聞くと、殿下は。少しへの字口をゆるめる。
「荒いか? 怖いか?」
「怖くは…ありませんけどぉ」
微妙な間を作ると。殿下はまた口をへの字にした。
「まぁ、上品な口調はしていないか。王宮にいるより、荒くれの騎士団に出入りしていた時間が長いから、奴らの口調が移ったのだ。王宮では、私口調でそれなりの言葉遣いをしているぞ」
「あぁ、それで一人称に俺と私が出てくるのですね?」
俺の耳に届く言葉は、いい具合に翻訳されているらしい、と思っているのだが。
殿下の話口調で、基本俺なのに、たまに私が出てくるのは。
自分のイメージが優先しているのかな? と。王子様らしいときは『私』に勝手に翻訳されているのかなと、推理していたのだけど。
どうやら殿下自身が混ぜこぜで話しているみたい。
小さなことだが、納得しました。
それはいいのだけど。
大きなベッドの中で、ギュッと近寄って。囁くような小さな声で話をしているのが。
なんだかこそばゆくて。肩をすくめる。
すると殿下が指先で、俺の耳の際をくすぐった。
「ちょ、やめてくださいよ。耳、かゆいって」
こそばゆいような、ゾワゾワなような。変な気分だけど、俺が笑ったら。殿下もニヤリとした。
「おまえも王族相手に結構くだけた言葉遣いだと思うが?」
「殿下が子供みたいなことするからでしょ?」
なに、朝から悪戯モードなんですか? 小枝みたいなことしてぇ。
もう子供の年じゃないでしょ、二十三歳めっ。
「つか、いつから起きていたのです? また四時に目が覚めましたか?」
今は窓の外がようやく明るくなってきたくらいで。朝の五時か六時? くらい?
「ついさっきだ」
またへの字口に戻って。殿下は俺を見やる。
「本当ですか? 夜中に起きたら遠慮なく俺を起こしてくださいね?」
「…あぁ。おまえの寝顔に見飽きたらな」
ちょっとだけ口角を上げて。笑う。
殿下の優しい笑顔は、レアですけど。
「おっさんの寝顔なんか、見ても面白くないでしょ」
口をとがらせて言うと、殿下は『おっさん』とつぶやいて。くくっと喉で笑った。
起き抜けは、ムッスーーしてたけど。機嫌が直ったみたいだから、まぁいいか。
「起きましょうか? 殿下が俺を抱えたまま寝てしまったから。こんなにくっついてて、苦しかったでしょう? すみませんでした」
「謝らなくて良い。むしろ、温かくてよく眠れた、ような気がする」
「あぁ、体が温まってから体温が下がっていく段階で、入眠するのです。だから人肌で体が温まると、眠りの質が良くなるのですよ? 暑すぎてもダメなのですが」
「そういうものなのか? はじめて知った。緻密な仕組みなのだな」
「えぇ、人体は神秘ですからね。殿下がよく眠れたのならいいのですけど」
殿下を見やると、顔と顔の距離が拳ひとつ分くらいしか離れていないから。気恥ずかしい。
「ちょっと、近いですね?」
そろそろ離してください、殿下。
というつもりで言ったのだが。殿下は俺の肩をガシリと掴んで、離す様子がない。
「近いか?」
そして、逆に顔を寄せてくる。
ちょっと、またからかっているでしょ? 面白がっているでしょ?
「近いですよ。小枝とも、こんな近くに顔を寄せないですから」
「コエダとも? あんなにいつもベタベタしているのに?」
まぁ、なにかといったら小枝と抱き合ってギュッギュしているけど。
異世界で心許ないからとか、戦場でひとりに出来ないとか、いろいろあってのベタベタギューなのです。
「息子とチューしてスキンシップする親もいますけど。俺はチューするパパじゃないんで。でもこの距離はチューの距離ですよ、殿下」
「チューの距離? じゃあ、キスするか?」
にやりと片頬を上げる悪人顔で、殿下が言います。絶対からかってる。
「しませんよ。したことないのに…」
つい、言って。俺は、ハッとした。
キスしたことがないの、言っちゃった。バレちゃった??
そう思ったら、殿下も目を丸くして俺を見ていて。
あぁぁあ、恥ずかしい。余計なことを言ってしまったぁ。
顔から火が出るほど、熱くなる。絶対、顔がユデダコだ。
「もう、殿下。からかわないでくださいよ」
ギューーと手で押して、殿下から離れると。ベッドを抜け出して、彼に背を向けた。
椅子に掛けておいた上着に袖を通していると。
殿下が、言った。
「俺もだ」
振り返ると、寝台に座る殿下がほんのり頬を染めている。
「俺も、したことないぞ。キス…」
それで、俺はどのような言葉を返したらよいのですか?
わからなくて。
俺はうつむいて『はいぃ』とつぶやくのだった。
だけど。だけどだけど。これはいったい、なんなんだ?
俺は、恋愛対象は女性…のつもりだった。
誰かを好きになったり付き合ったりしたことは、ないというか。そういう暇がなかったから。誰かと深い関係になったことはないけれど。普通に女性を好きになると思っていた、っていうか?
なのに殿下に、男の人に、はじめてドキドキして。戸惑いしかない。
いや、あまりにも殿下が思わせぶりだから、ドキドキしたのだと思うけど。
あと、イケメンが過ぎるから。顔面が美だと。やはりドキドキするから。
っていうか、殿下がその気もないのに俺がドキドキしたら、なんか変っていうか。
勘違いが恥ずかしいっていうか。
そもそも奴隷が、主とこんな近距離でいいものか。そこもよくわからない。
ここは、ちょっとはっきりさせようと思って。思い切って、彼に向き合った。
「あの、殿下。お聞きしてもいいですか?」
すると殿下はおもむろにベッドから降りて、シャツを脱いだ。
ぎゃっ、なんで脱ぐんですか?
「なんだ?」
俺の耳に、一瞬。テーソーの危機と小枝の声がよぎったが。
殿下がクローゼットにかけられた新しいシャツに着替えているから。
ちょっと、ホッとする。
なんだよ、俺の挙動不審っっ。
殿下の裸なんか、手術のときも診察のときもいっぱい見てきたくせに。今更…。
「あのっ、殿下にとって、奴隷の役割ってなんですか? 俺はなにをすればいいのですか?」
気を取り直して。聞きますっ。
「なにって、別に…」
すると少し首を傾げて言う、殿下。え、どういうこと?
「別にって、なんですかっ。なにかあるから、大金出して身請けをしたんでしょ? 殿下は俺になにをしてほしいんですか? 主治医? それとも…夜の相手?」
夜の相手と言われたら、それはそれで困ってしまうけど。
なんだかずっと、距離が近いし。
万が一のとき、腹を据えるためにも。聞いておかなきゃ。
自分で身支度を整えた殿下は、俺に向き直って。熱い視線を向ける。
「当面は、抱き枕だ」
「…抱き枕?」
物凄く真剣な顔で、そぐわないワードを殿下が言うので。
ピリピリした気持ちがほぐれて、半笑いで思わず聞き返してしまう。
しかし殿下は、ずっと真剣な面持ちなのだった。
「昨夜のように、ともに寝て、安寧をもたらしてほしい。そして、もしタイジュが俺に恋をしたら。夜の相手もしてもらいたいから。できれば夜の相手を前提にした抱き枕に…」
「ちょ、ちょ、お待ちください殿下。なに、結婚を前提にお付き合いみたいな言い方で、変なこと言ってんですか?」
殿下は真剣を貫いているのだが。
だからこそ、言っていることがどんどん変になっていって。ツッコまずにはいられなかった。
「それが、俺の望みだ。奴隷の役割というのは、俺もよくわからない。だから俺はタイジュを奴隷として扱わない。俺の言葉になんでも従わなくていい。嫌なことはしなくていい。ただ、抱き枕は我慢してくれ」
「でも、それでは…俺は奴隷なのに」
困ってしまう。
俺は殿下が支払った金銭に見合うものを提供しなければならないと思うのだ。
それが奴隷のするべきこと。痛いのや苦しい思いはしたくないけど。
なにもしなくていい…抱き枕は特になにもしていないと思うので…というのは。なにやら申し訳ないような気になる。
出来るなら。不眠症を治せ、とか。専属医師になれ、とか。よよよ、夜のお相手、とか。言ってもらった方が、覚悟が決まるというかなんというか。
そう思っていたら。殿下がフと笑う。
「昨夜も言ったが。スリーパーを手放せないから奴隷紋で縛っているだけで。おまえは奴隷ではない。俺の、神の手だ」
そう言って、近寄ると。俺の手を取って甲にキスした。
ひえぇぇぇっ、いきなりの王子様モードっ。
てか、手についた唇がむにゅりとうごめくが。それはとてもひんやりしていて…。
緊張すると、指先などの末梢が冷えるけど。唇も?
殿下が緊張、している?
「あの、唇が冷たいですけど。どこか痛みがあるのですか? それとも、緊張?」
手から唇を離し、殿下は俺を見やる。
アイスブルーの冷たそうな眼差しに、熱を宿らせ。
その視線を受けると、俺の背筋がなにやらぞわぞわします。
「俺にとって、おまえは。奇跡のような存在だ。だから、いつもおののいている。奴隷としておまえを所有するのは、神の首を鎖で縛るような恐れ多い行為だ。おまえが俺を捨てる日が来ないようにと、祈っている」
「その割には、身請けした日とか、すっごい怖い感じでしたけど? おまえは俺のモノだ、ワハハッみたいな?」
身請け直後の殿下の高笑いを思い出し。俺は苦笑するが。
「おまえをみつけてから、ずっと恋焦がれていた。だから身請けできて、なんかテンションがおかしくなった」
「ふふっ、なんですか、それ?」
小学生男子の、好きな子にトカゲを投げるような、好きゆえの最低最悪アプローチみたいで。なんか微笑ましく思って笑ってしまった。
いわゆる、殿下は。コミュ障が若干あるようです。
王族だから、庶民への対応がよくわからないのでしょうか? そこらへんはよくわかりませんが。
とにかく。身請け直後は、こき使うとか言われて。殿下もずっと怖い顔してて、目はギラギラだったから。いったいどんな目にあわされるのかと、戦々恐々としたけれど。
どうやら、心配は杞憂だったみたいだ。
先日は小枝に、殿下は無理やりなにかを強いる人じゃないと、半ば希望的観測で言ったけど。
嫌なことはしなくていいと、殿下は言ってくれて。
俺が言った通りになって、良かったぁ。俺、人を見る目あるねっ?
とにかく。夜の相手前提、と言われるくらいには好意的ってことだ。
そこは、ちょっとまだ考えられないけど。ま、なんとかなるでしょ。
「そうして、俺の隣で笑っていてほしい。おまえの力で眠りをもたらし、俺を健康にしろ。そして、いつか俺に恋をしろ」
クスクス笑っていた俺の頬に、殿下は手を当て。
願うように囁くから。
戸惑いつつも。俺はうなずくのだった。
「りょ、了解、しました。そのように善処いたします」
とりあえず、俺がなにをすべきかはわかりました。そうします。はい。
殿下とは、たぶんうまくやっていけそうですね。
底辺脱出は難しくても、ひどい環境ではなさそうで。それはありがたいと思います。
それに殿下は、俺だけでなく小枝のことまで考えてくれて。素性を明かせない俺らに戸籍を用意してくれるなんて。すっごく過分な対応だよね? 感謝しきりです。
殿下のために、俺にできることはなんでもして差し上げたいと…夜のお相手とか、恋、は。よくわからないけど。
それ以外はできるだけ尽力したいと思いましたっ。
「ありがとう。期待しているぞ、タイジュ」
だけど、殿下にジッとみつめられると、なんだか動揺して。またもやドキドキしてしまいます。
この気持ちは、いったいなんなのでしょう?
殿下の抱き枕と化した俺は、結局、脱出できず。そのまま寝た。
小枝がっ、心配だったけど。うぬぅ…と思いながら、寝た。
そして朝になり、目を覚ますと。
すっごい近くで、殿下が俺の顔をジッと見ていた。
俺を抱え込んでいた殿下は、自然、腕枕状態で。頭に敷いている腕の手首を浮かせて、俺の髪をいじっている。
けれど、眉間にしわを寄せて、険しいお顔。どういう状況?
「おい。話の途中でスリーパーするんじゃねぇ」
表情から、ムッスーーと音が聞こえそうな顔です。
話の途中でしたっけ? 押し潰されたことしか覚えていませんが。
でも殿下は主なので。逆らえません。
「はいぃ。というか、殿下は。王族なのに、どうしてそんなに言葉が荒いのですか?」
聞くと、殿下は。少しへの字口をゆるめる。
「荒いか? 怖いか?」
「怖くは…ありませんけどぉ」
微妙な間を作ると。殿下はまた口をへの字にした。
「まぁ、上品な口調はしていないか。王宮にいるより、荒くれの騎士団に出入りしていた時間が長いから、奴らの口調が移ったのだ。王宮では、私口調でそれなりの言葉遣いをしているぞ」
「あぁ、それで一人称に俺と私が出てくるのですね?」
俺の耳に届く言葉は、いい具合に翻訳されているらしい、と思っているのだが。
殿下の話口調で、基本俺なのに、たまに私が出てくるのは。
自分のイメージが優先しているのかな? と。王子様らしいときは『私』に勝手に翻訳されているのかなと、推理していたのだけど。
どうやら殿下自身が混ぜこぜで話しているみたい。
小さなことだが、納得しました。
それはいいのだけど。
大きなベッドの中で、ギュッと近寄って。囁くような小さな声で話をしているのが。
なんだかこそばゆくて。肩をすくめる。
すると殿下が指先で、俺の耳の際をくすぐった。
「ちょ、やめてくださいよ。耳、かゆいって」
こそばゆいような、ゾワゾワなような。変な気分だけど、俺が笑ったら。殿下もニヤリとした。
「おまえも王族相手に結構くだけた言葉遣いだと思うが?」
「殿下が子供みたいなことするからでしょ?」
なに、朝から悪戯モードなんですか? 小枝みたいなことしてぇ。
もう子供の年じゃないでしょ、二十三歳めっ。
「つか、いつから起きていたのです? また四時に目が覚めましたか?」
今は窓の外がようやく明るくなってきたくらいで。朝の五時か六時? くらい?
「ついさっきだ」
またへの字口に戻って。殿下は俺を見やる。
「本当ですか? 夜中に起きたら遠慮なく俺を起こしてくださいね?」
「…あぁ。おまえの寝顔に見飽きたらな」
ちょっとだけ口角を上げて。笑う。
殿下の優しい笑顔は、レアですけど。
「おっさんの寝顔なんか、見ても面白くないでしょ」
口をとがらせて言うと、殿下は『おっさん』とつぶやいて。くくっと喉で笑った。
起き抜けは、ムッスーーしてたけど。機嫌が直ったみたいだから、まぁいいか。
「起きましょうか? 殿下が俺を抱えたまま寝てしまったから。こんなにくっついてて、苦しかったでしょう? すみませんでした」
「謝らなくて良い。むしろ、温かくてよく眠れた、ような気がする」
「あぁ、体が温まってから体温が下がっていく段階で、入眠するのです。だから人肌で体が温まると、眠りの質が良くなるのですよ? 暑すぎてもダメなのですが」
「そういうものなのか? はじめて知った。緻密な仕組みなのだな」
「えぇ、人体は神秘ですからね。殿下がよく眠れたのならいいのですけど」
殿下を見やると、顔と顔の距離が拳ひとつ分くらいしか離れていないから。気恥ずかしい。
「ちょっと、近いですね?」
そろそろ離してください、殿下。
というつもりで言ったのだが。殿下は俺の肩をガシリと掴んで、離す様子がない。
「近いか?」
そして、逆に顔を寄せてくる。
ちょっと、またからかっているでしょ? 面白がっているでしょ?
「近いですよ。小枝とも、こんな近くに顔を寄せないですから」
「コエダとも? あんなにいつもベタベタしているのに?」
まぁ、なにかといったら小枝と抱き合ってギュッギュしているけど。
異世界で心許ないからとか、戦場でひとりに出来ないとか、いろいろあってのベタベタギューなのです。
「息子とチューしてスキンシップする親もいますけど。俺はチューするパパじゃないんで。でもこの距離はチューの距離ですよ、殿下」
「チューの距離? じゃあ、キスするか?」
にやりと片頬を上げる悪人顔で、殿下が言います。絶対からかってる。
「しませんよ。したことないのに…」
つい、言って。俺は、ハッとした。
キスしたことがないの、言っちゃった。バレちゃった??
そう思ったら、殿下も目を丸くして俺を見ていて。
あぁぁあ、恥ずかしい。余計なことを言ってしまったぁ。
顔から火が出るほど、熱くなる。絶対、顔がユデダコだ。
「もう、殿下。からかわないでくださいよ」
ギューーと手で押して、殿下から離れると。ベッドを抜け出して、彼に背を向けた。
椅子に掛けておいた上着に袖を通していると。
殿下が、言った。
「俺もだ」
振り返ると、寝台に座る殿下がほんのり頬を染めている。
「俺も、したことないぞ。キス…」
それで、俺はどのような言葉を返したらよいのですか?
わからなくて。
俺はうつむいて『はいぃ』とつぶやくのだった。
だけど。だけどだけど。これはいったい、なんなんだ?
俺は、恋愛対象は女性…のつもりだった。
誰かを好きになったり付き合ったりしたことは、ないというか。そういう暇がなかったから。誰かと深い関係になったことはないけれど。普通に女性を好きになると思っていた、っていうか?
なのに殿下に、男の人に、はじめてドキドキして。戸惑いしかない。
いや、あまりにも殿下が思わせぶりだから、ドキドキしたのだと思うけど。
あと、イケメンが過ぎるから。顔面が美だと。やはりドキドキするから。
っていうか、殿下がその気もないのに俺がドキドキしたら、なんか変っていうか。
勘違いが恥ずかしいっていうか。
そもそも奴隷が、主とこんな近距離でいいものか。そこもよくわからない。
ここは、ちょっとはっきりさせようと思って。思い切って、彼に向き合った。
「あの、殿下。お聞きしてもいいですか?」
すると殿下はおもむろにベッドから降りて、シャツを脱いだ。
ぎゃっ、なんで脱ぐんですか?
「なんだ?」
俺の耳に、一瞬。テーソーの危機と小枝の声がよぎったが。
殿下がクローゼットにかけられた新しいシャツに着替えているから。
ちょっと、ホッとする。
なんだよ、俺の挙動不審っっ。
殿下の裸なんか、手術のときも診察のときもいっぱい見てきたくせに。今更…。
「あのっ、殿下にとって、奴隷の役割ってなんですか? 俺はなにをすればいいのですか?」
気を取り直して。聞きますっ。
「なにって、別に…」
すると少し首を傾げて言う、殿下。え、どういうこと?
「別にって、なんですかっ。なにかあるから、大金出して身請けをしたんでしょ? 殿下は俺になにをしてほしいんですか? 主治医? それとも…夜の相手?」
夜の相手と言われたら、それはそれで困ってしまうけど。
なんだかずっと、距離が近いし。
万が一のとき、腹を据えるためにも。聞いておかなきゃ。
自分で身支度を整えた殿下は、俺に向き直って。熱い視線を向ける。
「当面は、抱き枕だ」
「…抱き枕?」
物凄く真剣な顔で、そぐわないワードを殿下が言うので。
ピリピリした気持ちがほぐれて、半笑いで思わず聞き返してしまう。
しかし殿下は、ずっと真剣な面持ちなのだった。
「昨夜のように、ともに寝て、安寧をもたらしてほしい。そして、もしタイジュが俺に恋をしたら。夜の相手もしてもらいたいから。できれば夜の相手を前提にした抱き枕に…」
「ちょ、ちょ、お待ちください殿下。なに、結婚を前提にお付き合いみたいな言い方で、変なこと言ってんですか?」
殿下は真剣を貫いているのだが。
だからこそ、言っていることがどんどん変になっていって。ツッコまずにはいられなかった。
「それが、俺の望みだ。奴隷の役割というのは、俺もよくわからない。だから俺はタイジュを奴隷として扱わない。俺の言葉になんでも従わなくていい。嫌なことはしなくていい。ただ、抱き枕は我慢してくれ」
「でも、それでは…俺は奴隷なのに」
困ってしまう。
俺は殿下が支払った金銭に見合うものを提供しなければならないと思うのだ。
それが奴隷のするべきこと。痛いのや苦しい思いはしたくないけど。
なにもしなくていい…抱き枕は特になにもしていないと思うので…というのは。なにやら申し訳ないような気になる。
出来るなら。不眠症を治せ、とか。専属医師になれ、とか。よよよ、夜のお相手、とか。言ってもらった方が、覚悟が決まるというかなんというか。
そう思っていたら。殿下がフと笑う。
「昨夜も言ったが。スリーパーを手放せないから奴隷紋で縛っているだけで。おまえは奴隷ではない。俺の、神の手だ」
そう言って、近寄ると。俺の手を取って甲にキスした。
ひえぇぇぇっ、いきなりの王子様モードっ。
てか、手についた唇がむにゅりとうごめくが。それはとてもひんやりしていて…。
緊張すると、指先などの末梢が冷えるけど。唇も?
殿下が緊張、している?
「あの、唇が冷たいですけど。どこか痛みがあるのですか? それとも、緊張?」
手から唇を離し、殿下は俺を見やる。
アイスブルーの冷たそうな眼差しに、熱を宿らせ。
その視線を受けると、俺の背筋がなにやらぞわぞわします。
「俺にとって、おまえは。奇跡のような存在だ。だから、いつもおののいている。奴隷としておまえを所有するのは、神の首を鎖で縛るような恐れ多い行為だ。おまえが俺を捨てる日が来ないようにと、祈っている」
「その割には、身請けした日とか、すっごい怖い感じでしたけど? おまえは俺のモノだ、ワハハッみたいな?」
身請け直後の殿下の高笑いを思い出し。俺は苦笑するが。
「おまえをみつけてから、ずっと恋焦がれていた。だから身請けできて、なんかテンションがおかしくなった」
「ふふっ、なんですか、それ?」
小学生男子の、好きな子にトカゲを投げるような、好きゆえの最低最悪アプローチみたいで。なんか微笑ましく思って笑ってしまった。
いわゆる、殿下は。コミュ障が若干あるようです。
王族だから、庶民への対応がよくわからないのでしょうか? そこらへんはよくわかりませんが。
とにかく。身請け直後は、こき使うとか言われて。殿下もずっと怖い顔してて、目はギラギラだったから。いったいどんな目にあわされるのかと、戦々恐々としたけれど。
どうやら、心配は杞憂だったみたいだ。
先日は小枝に、殿下は無理やりなにかを強いる人じゃないと、半ば希望的観測で言ったけど。
嫌なことはしなくていいと、殿下は言ってくれて。
俺が言った通りになって、良かったぁ。俺、人を見る目あるねっ?
とにかく。夜の相手前提、と言われるくらいには好意的ってことだ。
そこは、ちょっとまだ考えられないけど。ま、なんとかなるでしょ。
「そうして、俺の隣で笑っていてほしい。おまえの力で眠りをもたらし、俺を健康にしろ。そして、いつか俺に恋をしろ」
クスクス笑っていた俺の頬に、殿下は手を当て。
願うように囁くから。
戸惑いつつも。俺はうなずくのだった。
「りょ、了解、しました。そのように善処いたします」
とりあえず、俺がなにをすべきかはわかりました。そうします。はい。
殿下とは、たぶんうまくやっていけそうですね。
底辺脱出は難しくても、ひどい環境ではなさそうで。それはありがたいと思います。
それに殿下は、俺だけでなく小枝のことまで考えてくれて。素性を明かせない俺らに戸籍を用意してくれるなんて。すっごく過分な対応だよね? 感謝しきりです。
殿下のために、俺にできることはなんでもして差し上げたいと…夜のお相手とか、恋、は。よくわからないけど。
それ以外はできるだけ尽力したいと思いましたっ。
「ありがとう。期待しているぞ、タイジュ」
だけど、殿下にジッとみつめられると、なんだか動揺して。またもやドキドキしてしまいます。
この気持ちは、いったいなんなのでしょう?
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