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ベルリンの壁4
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ワインの取引先との面談を終えて店を出る。緊張感が解けて疲れがどっと出た。今日は一日中仕事に追われていて、細かいことを考えている暇なかった。陽斗から、カプセルホテルに泊まると提案してくれて、ひとまずよかったと思ったけれど。
そんなことしても、根本的な解決に至るはずもない。むしろ、今までより、距離が空いてしまったような気がする。この先どうしたらいいのか。はぁっと憂鬱なため息が出た。
「今日はハードスケジュールだったね」
関口が彩芽のため息に反応して、気遣う言葉をかけてくる。
「あっちこっち忙しくて、ずいぶん、遅くなっちゃったね。関口君も担当外の取引先まで付き合わせて、ごめんね。コラボ企画採用されるかどうかわからないけど、電話で先に説明入れようとしても、私じゃ全然うまく洋菓子については説明ができなくて、感触悪かったの。だから、今日は関口君が来てくれて、本当に助かったよ」
「いや、そんな全然だよ。ワインの取引先の店って、結構癖強いんだね。洋菓子も職人みたいな、気難しい人結構いるけど、ワイン業者は、またその上をいってるよ。ずっと、変な汗が出てた。すごく勉強になったよ。コラボ企画、よく吟味しないとね。まだ、高島さんは、本格的な試飲食してないんでしょ?」
「うん……。ちょっと最近、色々ありすぎてさ」
また、ため息が出そうなのを押し留めようとしても、どうしても、はぁっと息が漏れてしまいそうで、話題を変えることにした。
「関口くんは、試してみた?」
「うん、高島さんからワイン貰って、すぐに。普通に甘いものとワインって相性いいんだなとは思えたよ。でも、実のところ僕、ワインって普段飲まないんだ。日本酒とかそっち派で。だから、ワインの良さって、正直わからないんだよね」
「関口くんワイン派じゃなかったのね。ごめん、ごめん。私の周りはワイン好きの人たちだから、つい」
配慮が足りなかったと反省の弁を述べ始める彩芽に、関口が「違うんだ」と、急に声が大きく被せられて、彩芽の丸い瞳がビクッと揺れた。
「そういうことじゃなくて……むしろ、知りたいなって思ったんだ。ワインが好きな高島さんのことを、もっと。だから……僕と付き合ってくれないかな?」
関口は、彩芽へじっと真剣な眼差しを向けてくる。彩芽は、しばらく丸々とさせた瞳を何度も瞬かせていたが「もちろん、付き合うに決まってるよ!」と、すぐに、元気な返答。それを聞いた関口は、満面の笑みになっていたのだが。
「ワインの魅力に気づいてくれて、本当に嬉しい! じゃあ、今度は基本ワインのおすすめ、リストアップしとくね」
にこやかに彩芽がそういえば、関口の笑顔が張り付いていた。「あの、そういう意味じゃなくて……」と、言いかける関口。そこに、彩芽のスマホが鳴り始めた。ちょっとごめんね、といい置いて、彩芽が電話に出て、すぐに切られた。
「ごめん、ちょっと急用。この話はまたしよう」
彩芽はいい置いて、踵を返し去っていく。取り残された関口は、その場からしばらく動くことができなかった。
彩芽が呼び出された相手は、意外にも敵対関係にある母・歩美だった。
「人を怒らせて、追い出しておいて、急に飲もうって、どういう風の吹き回し?」
「だって、考えてみたら、彩芽と二人で飲んだことなかったなって、急に思い出しちゃったんだもん。それに、結婚祝いもまだだったしね」
歩美がキッチンへ行って、冷蔵庫を開けて、ごそごそと中身を取り出していた。シャンパンボトルにチーズをダイニングテーブルへと運びながら、片手間のようにいう。
「で、まだ怒ってるの?」
「当たり前でしょ」
「ハル君は?」
「今日は、違うところ泊まるって。そりゃあ……誰だって、急に何ともない相手と、一緒に住むなんて、嫌でしょ……」
途切れ途切れ歯切れの悪い彩芽に、歩美は呆れたと目を丸くしていた。
「せっかく、逃げ道塞いだのに、まだそんなことやってんの? あんたたち同じこと、永遠と繰り返しそうな勢いね。呆れちゃう」
歩美は、ちょっと頭に来たといわんばかりに、口をへの時にさせて、ぶすっと腕組みし始める。そんな歩実の態度に、彩芽はカチンときた。
「逃げ道なんて、塞がない方がよかったんだよ。悩みばっかり増えて、こっちはストレスだらけ。胃に穴があきそうになってるんだからね! お母さんたちが、こんなバカみたいなことしなければ、こんな悩むこともなく、いつも通りずっといられたのに」
彩芽が目をつり上げてそういうと、歩美は「ずっとなんて、あるわけないじゃない」と、ピシャリといい放つ。普段ほとんど怒らない歩美に驚いて、彩芽は目を瞬かせていると、歩美は更に畳み掛けてきていた。
「この空間だけ時間が、止まったような気になってるの? そんな馬鹿な話あるわけないでしょう。あんたたちだって、ここに越してきた時、私の腰くらいの背丈だったのが、今はどう? 私を追い越して、大きくなっちゃって。ハル君なんて、ちびっこ少年だったのに、あんなにデカくなってる。こんなに、変わってるのに、どうしてそのまま同じような時間が続くと思えるの? あんたは、いったい何を待ってるの? ハル君が『俺、かわいい彼女と結婚することになったんだ。元気でな』って、出ていく日をずっと待っていたいの? 彩芽は、その運命の日をひたすら待ってるってこと? 随分と健気な、楽しい人生になりそうね」
皮肉を添えられて、彩芽の目が鋭くなっていく。だが、歩実は、意にも介さない。
シャンパンの栓が、飛ばないようにタオルでかぶせて、手慣れた手つきで、栓を抜きはじめる。悪くなった空気に異様なほど不似合いな、スポっと気の抜けてしまうような軽快な音。
少し和らいだ空気に押されるように歩美は、グラスを取りにまたキッチンへ向かった背中から、飛び出した。
「あんたさ、高一の時、めちゃくちゃ泣いて帰ってきたときあったわよね?」
三角釣り目になっていた彩芽の相貌が、見開かれると、戻ってきた歩美はニヤッと笑っていた。シャンパングラスを二人分取り出して、トンとダイニングテーブルに並べた。
「外で泣いてきてから、バレないとでも思った? あんなに真っ赤な鼻と瞼して、親が気づかないわけないでしょう。彩芽、ちゃんとハル君に確かめたことあるの? あの時、公衆の面前で、堂々とキスしていたのは誰だったのかって」
そんなことしても、根本的な解決に至るはずもない。むしろ、今までより、距離が空いてしまったような気がする。この先どうしたらいいのか。はぁっと憂鬱なため息が出た。
「今日はハードスケジュールだったね」
関口が彩芽のため息に反応して、気遣う言葉をかけてくる。
「あっちこっち忙しくて、ずいぶん、遅くなっちゃったね。関口君も担当外の取引先まで付き合わせて、ごめんね。コラボ企画採用されるかどうかわからないけど、電話で先に説明入れようとしても、私じゃ全然うまく洋菓子については説明ができなくて、感触悪かったの。だから、今日は関口君が来てくれて、本当に助かったよ」
「いや、そんな全然だよ。ワインの取引先の店って、結構癖強いんだね。洋菓子も職人みたいな、気難しい人結構いるけど、ワイン業者は、またその上をいってるよ。ずっと、変な汗が出てた。すごく勉強になったよ。コラボ企画、よく吟味しないとね。まだ、高島さんは、本格的な試飲食してないんでしょ?」
「うん……。ちょっと最近、色々ありすぎてさ」
また、ため息が出そうなのを押し留めようとしても、どうしても、はぁっと息が漏れてしまいそうで、話題を変えることにした。
「関口くんは、試してみた?」
「うん、高島さんからワイン貰って、すぐに。普通に甘いものとワインって相性いいんだなとは思えたよ。でも、実のところ僕、ワインって普段飲まないんだ。日本酒とかそっち派で。だから、ワインの良さって、正直わからないんだよね」
「関口くんワイン派じゃなかったのね。ごめん、ごめん。私の周りはワイン好きの人たちだから、つい」
配慮が足りなかったと反省の弁を述べ始める彩芽に、関口が「違うんだ」と、急に声が大きく被せられて、彩芽の丸い瞳がビクッと揺れた。
「そういうことじゃなくて……むしろ、知りたいなって思ったんだ。ワインが好きな高島さんのことを、もっと。だから……僕と付き合ってくれないかな?」
関口は、彩芽へじっと真剣な眼差しを向けてくる。彩芽は、しばらく丸々とさせた瞳を何度も瞬かせていたが「もちろん、付き合うに決まってるよ!」と、すぐに、元気な返答。それを聞いた関口は、満面の笑みになっていたのだが。
「ワインの魅力に気づいてくれて、本当に嬉しい! じゃあ、今度は基本ワインのおすすめ、リストアップしとくね」
にこやかに彩芽がそういえば、関口の笑顔が張り付いていた。「あの、そういう意味じゃなくて……」と、言いかける関口。そこに、彩芽のスマホが鳴り始めた。ちょっとごめんね、といい置いて、彩芽が電話に出て、すぐに切られた。
「ごめん、ちょっと急用。この話はまたしよう」
彩芽はいい置いて、踵を返し去っていく。取り残された関口は、その場からしばらく動くことができなかった。
彩芽が呼び出された相手は、意外にも敵対関係にある母・歩美だった。
「人を怒らせて、追い出しておいて、急に飲もうって、どういう風の吹き回し?」
「だって、考えてみたら、彩芽と二人で飲んだことなかったなって、急に思い出しちゃったんだもん。それに、結婚祝いもまだだったしね」
歩美がキッチンへ行って、冷蔵庫を開けて、ごそごそと中身を取り出していた。シャンパンボトルにチーズをダイニングテーブルへと運びながら、片手間のようにいう。
「で、まだ怒ってるの?」
「当たり前でしょ」
「ハル君は?」
「今日は、違うところ泊まるって。そりゃあ……誰だって、急に何ともない相手と、一緒に住むなんて、嫌でしょ……」
途切れ途切れ歯切れの悪い彩芽に、歩美は呆れたと目を丸くしていた。
「せっかく、逃げ道塞いだのに、まだそんなことやってんの? あんたたち同じこと、永遠と繰り返しそうな勢いね。呆れちゃう」
歩美は、ちょっと頭に来たといわんばかりに、口をへの時にさせて、ぶすっと腕組みし始める。そんな歩実の態度に、彩芽はカチンときた。
「逃げ道なんて、塞がない方がよかったんだよ。悩みばっかり増えて、こっちはストレスだらけ。胃に穴があきそうになってるんだからね! お母さんたちが、こんなバカみたいなことしなければ、こんな悩むこともなく、いつも通りずっといられたのに」
彩芽が目をつり上げてそういうと、歩美は「ずっとなんて、あるわけないじゃない」と、ピシャリといい放つ。普段ほとんど怒らない歩美に驚いて、彩芽は目を瞬かせていると、歩美は更に畳み掛けてきていた。
「この空間だけ時間が、止まったような気になってるの? そんな馬鹿な話あるわけないでしょう。あんたたちだって、ここに越してきた時、私の腰くらいの背丈だったのが、今はどう? 私を追い越して、大きくなっちゃって。ハル君なんて、ちびっこ少年だったのに、あんなにデカくなってる。こんなに、変わってるのに、どうしてそのまま同じような時間が続くと思えるの? あんたは、いったい何を待ってるの? ハル君が『俺、かわいい彼女と結婚することになったんだ。元気でな』って、出ていく日をずっと待っていたいの? 彩芽は、その運命の日をひたすら待ってるってこと? 随分と健気な、楽しい人生になりそうね」
皮肉を添えられて、彩芽の目が鋭くなっていく。だが、歩実は、意にも介さない。
シャンパンの栓が、飛ばないようにタオルでかぶせて、手慣れた手つきで、栓を抜きはじめる。悪くなった空気に異様なほど不似合いな、スポっと気の抜けてしまうような軽快な音。
少し和らいだ空気に押されるように歩美は、グラスを取りにまたキッチンへ向かった背中から、飛び出した。
「あんたさ、高一の時、めちゃくちゃ泣いて帰ってきたときあったわよね?」
三角釣り目になっていた彩芽の相貌が、見開かれると、戻ってきた歩美はニヤッと笑っていた。シャンパングラスを二人分取り出して、トンとダイニングテーブルに並べた。
「外で泣いてきてから、バレないとでも思った? あんなに真っ赤な鼻と瞼して、親が気づかないわけないでしょう。彩芽、ちゃんとハル君に確かめたことあるの? あの時、公衆の面前で、堂々とキスしていたのは誰だったのかって」
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