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黒幕2
しおりを挟む唖然とする陽斗と彩芽を前に耐えきれず、水谷はこの場から消えてしまいたいというように身体を縮こまらせていた。
その間、二人の頭の中は、走馬灯のようにこれまでの出来事が再生されていた。
すべての始まりは、彩芽の誕生日。
帰宅すると、机に封筒がのっていて、その後、すぐに冷蔵庫から出てきたのは結婚おめでとうというプレートがのったケーキ。そして、母から婚姻届を出したという匂わせの電話。それを聞いて、道端のところへ駆け込み、婚姻届を受理したと言われた。それらの出来事から、本当に婚姻届を出したのだと、思い込んでしまった。
しかし、冷静になってよくよく考えてみれば、どれも曖昧で婚姻届が出されたという確実な証拠は一つもなかったのだ。そのことに今更気付いて、愕然とする。
あわあわと唇を震わせて、へなへなとその場に座り込みそうになったとき彩芽の頭にふと、ひっかかるものがあった。
その中の一つだけ、公の確たる証拠になるものがやっぱりあったのではないか。
彩芽は顔を上げて、カウンター越しに両手をついて、立ち上がり前のめりになっていた。
「その頃、選挙ありましたよね? この役所から、投票所の入場用紙届いたんですけど、その名前は確かに旧姓ではなく『西澤』とありました。それは、やっぱり婚姻届が出されたからなのではないでしょうか?」
彩芽の勢いに圧されるように、水谷は身体をのけ反らせる。しかし、水谷はすぐに怪訝な顔をして、顎に手をやっていた。
「……婚姻届出されたと思われるのは、十二月と仰っていましたよね?」
「はい」
「こちらから投票書類を発送したのは十一月中旬。その頃には、すでに投票書類は各御家庭に届いているはずなんです」
紛れもない事実だと、水谷はまっすぐ視線を彩芽へ向けていた。いまいち、何がいいたいのか理解できず彩芽は「どういうことですか?」と問い返すと、水谷は明瞭に答えた。
「……仮に婚姻届が出されていたとしても、投票書類の宛名は、旧姓のままご家庭に届いていたはずです。つまり、実際にみたという封筒は、見間違い……もしくは、偽物なのではないでしょうか?」
偽物。
目の奥で、切れ切れになっていた線がすべて繋がってパチンと火花が散って、煌々とした光が灯った。
母が引っ越し片付けの時に言っていた。陽斗が引っ越しそのものが嘘なのではないかと詰め寄ったとき『これは、偽造ではありません』と。
あの時、どうして偽造なんて言葉が飛び出してきたのか不思議に思っていたのだが、そういうことだったのか。
以前、偽造した書類を実際に作っていたから、それが頭の片隅に残っていて、つい漏らしてしまったということなのだろう。違和感の理由が明るみに出る。
その途端、これまで塞き止められていた電流が勢いよく流れ込んできて、ショートした。そして、勢いよく発火し始める。激しい炎が全身を覆い尽くす直前、水谷が「あ!」と叫んでいた。
「……そういえば。道端さんって、普段あんまり協力的な人間じゃないんですけど……選挙の事務処理応援にわざわざ手を上げてやって来て、こそこそ何かやっていたような……」
水谷のお陰で、すべての疑問が取り払われると、どくどく油が注がれた。二人の身体は火だるまだ。急激に体温が上がり、口の中の水分は蒸発していた。
そして、彩芽が掠れた声で呟いた。
「それは、つまり……」
「そういうことだ」
「……土木課、どこですか?」
二人から役所を全焼させてしまいそうな程の漆黒の炎が見えるのは、きっと気のせいだと言い聞かせながら、水谷は恐る恐る答えた。
「この建物の、二階です」
土木課のカウンターに食いつく二人から発せられる熱量。あまり関わりたくないという雰囲気を醸し出しながら、仕方なくカウンターに座っていた若い男性職員が二人に声をかけていた。
「……どのようなご用件でしょうか」
「道端悟志は、どこですか?」
彩芽が笑顔になろうとするが頬は痙攣していてうまくいかない上に、顔から炎が上がっている。職員は、ぞっとして、一歩身を引こうとするが、陽斗は逃さない。
「親友の西澤陽斗と高島彩芽が話を聞きたいと言っていると、伝えていただければわかると思います」
職員は、はぁと、少し間の抜けた返事をして、額に浮き出た汗をハンカチで拭いながら、ずらりと後方に並んでいるデスクを見渡した。その方向に道端がいるのだろう。陽斗と彩芽も、その方向へ背伸びして目を凝らす。ターゲットは見当たらない。
しばらくすると、一人の職員がこちらへ真っ直ぐ小走ってきて、早口で告げていた。
「道端、先程までそこにいたんですが、急に具合が悪くなったと帰っていきました。それで、代わりに、これをお二人に渡してくれと」
小刻みに震える指先。そこにあったのは、二つ折りされたメモ用紙。
それを陽斗が受け取ると、道端の雑な文字が飛び込んできた。
『騙されたヤツが悪い』
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