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そして、結婚……

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 全身に水を被せられ、全身に回っていた炎は鎮火してしまう。そして、二人は倒れるようにソファに座り込むことしかできなかった。ドスンと、背もたれに全体重を預け項垂れる。すると、忘れかけていた紙袋がガサッと主張していた。
 陽斗が紙袋の中から母達からの封筒を取り出して、中身を開き始めると、彩芽も身を寄せて覗き込んでいた。
 

『これを読む頃には、壮大な計画がすべてバレた時。それを前提にし、今回の一連の作戦について、すべてを明かすことにします。
 この計画が発足したのは、マンションで道端君を偶然発見した時のことでした。

 ――今から、約三ヶ月前。
 歩美と佐和がマンションのエントランスでエレベーターを待っていた時、帰って来た道端が後からやってきた。
「あら、道端君久しぶりね」
「どうもっす」
 マンションが一緒でも、バッタリ会うというのは、なかなかない。道端の噂は耳にしても、実物と再会したのは、実に数年ぶりのことだったが、雰囲気は全く昔と変わっていなかった。
「今役所勤めなんでしょ? 悪戯っ子だったのに、びっくりしたわよ」
 佐和がそういうと、道端は鳥の巣頭を横に振って、やる気のなさそうな返事が返ってきた。
「まぁ、そういういい面を見越して就職したけど、やっぱり仕事の刺激は少ないっすよね。毎日、つまらないっすよ」
「仕事はそうかもしれないけど、その分他のことを充実させればいいじゃない。彩芽は、仕事のやりがいはあるみたいだけど、仕事仕事って追われがち。他のことに全く気が回らなくなって、余裕がなくなる。あれを見てると、人生何を重点に置くのが正しいのか、悩ましくなるわよ」 
 歩美が嘆息すると、やる気のなさそうだった道端の口調が幾分しゃきっとさせて、尋ねてきた。
 
「そういえば、陽斗と彩芽の二人は、まだうだうだやってるんすか?」
 道端の問い返しに、佐和が大いに頷いていた。  
「そうなのよ。もう中学生じゃないんだから、どうにかしろってずっと思い続けてるんだけど、全然進展しないの」
 そこに、憂いを帯びた歩実の声が乗っていた。
「二十四歳までに結婚させる夢が、遠ざかっていく……」
 歩美の嘆きに道端は敏感に反応していた。
「二十四までにどうって、なんの話っすか?」
「私たちの中で決めてた約束があったのよ。二十四までに、二人を結婚させる計画」
 佐和が答えると、道端は半分くらいしか開いていなかった瞼を見開いた。
「……二十四って、そもそもあいつら、それ以前の問題なんでしょ?」
「そうなの! だから、こうなったら私たちが勝手に婚姻届け出しちゃおうかとか、色々考えたんだけど……さすがにまずいかって話してて」
「そりゃあ、そうっすよ。下手したら、大問題になって裁判になりますよ」
「やっぱり……そうなるわよねぇ。やっぱり、もう二十四までに結婚は絶望的だわ……」
 佐和が意気消沈するのに続いて、歩美も続いて沈んでいた。
「このままだと、結婚どころか……二人一生くっつかないってことにもなりかねない……」
 その嘆きを聞いた途端、道端の目は輝きを放ち始めていた。 
「それなら、俺にいい考えがあるんで、協力しますよ」
 水を得た魚とばかりに、道端の声量があがって、ハキハキした口調に変化していた。
「いやぁ、俺ずっと引け目感じてたんで」
「引け目? 西澤君がどうして?」
「ほら、昔俺が西澤に悪ふざけしたの知ってるでしょ? 女装してた時、ちょうど高島が目撃した」
「あぁ、あれね。たしかに彩芽は、衝撃は受けてたみたいね。……でも、あれは、彩芽の勝手な思い込みだし。罪悪感なんて、感じることないわよ?」
 歩美がそういうと、道端はもさもさの髪を振り乱し、拳を握り力説していた。
「いや、煮え切らない状況を作り出したのは、この俺が原因で、間違いありません。全部、俺のせいなんです! ですから、贖罪の意味も込めて、この件、俺にどーんと任せてください! 二人を必ずやどうにかさせてみせますよ! 成功させてみせます!」
 道端は、キラキラと目を輝かせていた。
 
 ――こうして、道端君は、とても意欲的に壮大な計画を練ってくれたのです。そして、私たちはその計画の元、動いたという訳です。とても協力的で親身に相談に乗ってくれた道端君には、感謝しかありません。本当は、この先も道端計画はあったんだけど……今回は、この辺でお開きにすることにしました。そろそろ、二人の意志を尊重してもいいかと思って。
 
 というわけで、今回の引っ越しは、逃げたってわけじゃないのよ? 今更信じてなんて、いいませんが、本当に第二の人生を歩むためにしたことで、計画外。ちなみに引っ越しの日取りは、陽斗のことだから律儀に彩芽へプロポーズしているだろうと見越し、決めました。私たちの読みは、ぴったりだったはず。
 一見、はちゃめちゃに思われただろう二人の結婚。今振り返ってみたら、二人の間では順番どおり進んでいたと、予想しますが、どうでしょうか?
 といわけで、この壮大な計画のシナリオは、ここまで。この先は、完全な白紙です。この後、どうするかは二人次第』

 
 二枚目についていたのは、保証人には、すでに母親たちの名前が記入されている白紙の婚姻届けだった。

「完全にやられた」
「まさか、三人結託してたなんて、本当に癪!」
 彩芽は怒りながら、婚姻届を睨み付けていた。
「今すぐ書いて提出なんて、もっと癪。せめて、後日出しに……」
 彩芽が言いかけたが、そんな悠長なことを言っていられる時間などないことに気づいて、頭を抱えた。
「もう、会社に結婚してましたって、言っちゃってるよ! 嘘でした。やっぱり出していませんでしたなんて、この期に及んで、間抜けなこと言えない!」
「……俺も。なら、やっぱり今出すか」
 「ちょっと、何よ。その仕方ないみたいな感じ。婚姻届って、人生で最も影響する出来事! もっとウキウキ感出すとかしてよ」
「……そんな無茶苦茶な……」

 
 そんなやりとりの末、結局二人は婚姻届を提出。
 一周回って、落ち着いた二人を見つけた市民課の水谷もわざわざ出てきてくれた。
「おめでとうございます」
 社員証の中の彼女よりもずっと穏やかな笑顔を見せ、見送ってくれた。
 
 役所を出て、雲一つない青空の下、新鮮な空気を取り込んだ。そして、陽斗と彩芽はお互いの手をとり、歩き出していた。

  
 ――その数日後。
 陽斗と彩芽は、マンション前で道端を待ち伏せし、自宅へ拉致し、こんこんと説教をし、道端は泣きながら謝罪した。が、それはすべて道端の演技。内心全く反省などしておらず、むしろ周囲に「あの二人は、俺に感謝すべきだ」と吹聴して回っていたことは、二人は知らない。

そして、すべての雑務を終えて落ち着いた頃、二人は母達をはじめ、友人達へ葉書を送った。
『この度、結婚しました』
 

 
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