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28.何のために

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「マオッ。す……すぐにっ、すぐに助けるから……っ」

 血だらけで倒れたマオの体を起こそうとするだけで、僕の体は悲鳴を上げた。
 でもだから何だって言うんだ。
 目の前であの子が苦しんでいる。僕が何とかしなくては──

「──ヒギルマ、さん……は……」

「アイツ気絶してるだけ! 大丈夫! アイツ頑丈!」

「そっか……」

 ワレの話を聞いて、僕はマオを肩に担ぐ。
 マオの足を引きずりながら、僕は重い足を進めた。

「サク……いい。俺は、いいから……サクのほうが──」

 マオはなおも僕を気遣い離れようとするが、その力すらもう残っていなかった。
 体が熱い。それはマオも同じで、僕は熱を鎮めるために水の膜を体に張った。

「大丈夫。大丈夫だから……絶対に助けるからね……!」

 そう言いながらもよろけそうになり、転ける前に人型になったワレが支えてくれた。
 そのままワレに支えてもらいながら、ゆっくりと地面を踏みしめた。

『──これは色んな色が混じってるから……“元気の石”にしようかな──』

 これはいつの会話だったか。マオとワレと僕、三人で日向ぼっこしながら、何気なく交わした会話。
 ジワリと魔力がマオに渡る。自分の元気を分け与えるようにマオに馴染んで、少しだけ血が止まったように思えた。
 でもまだ足りない。これだけじゃダメなんだ。
 だけど大丈夫。キミの助け方はもう分かっているから。

 月光樹が見える。相変わらず圧倒的な存在感を放ち、僕らを待つ。
 あの子を背負って、ワレに支えてもらって、震える足で月光樹の元を目指した。
 大丈夫、月光樹さえあれば、この子は助かる。
 だって前もそうだったでしょう?

 ──前って、いつだっけ。

「魔王さま!」

 大木の葉を風が揺らす。日が傾きかけた橙の空に青々とした葉はよく映えた。
 首にかけた思い出の石が温かい。
 色々な記憶が混ざる中、僕はあの子を背負ったまま泉に倒れ込み、二人で沈んでいく。
 石が、ピキキ……と、小さな音を立て、僕の胸の中で砕けていった──


 ✧ ✧ ✧


 ……──やはり国を出るべきだったんだ。
 息を切らしながら、僕は激しい後悔に苛まれていた。

「むちゃくちゃだこんなの……ッ」

 絡まりそうになる足を無理やり動かし、僕は走りながらもこれまでの道のりを思い出す。
 それはすべて、まともな思い出ではなかった。

 国からの強制召集で戦場に向かう途中から、不安が膨らむばかりだった。
 途中で目にする街や村。それは城を離れれば離れるほど、目も当てられないほどに酷くなる。
 最後に寄った村は戦えない老人とやせ細った子供しか居らず、それでも軍は強制的にわずかしか無い食べ物や寝床を奪う。

 僕は国のために闘うのだと思っていた。
 今僕は、何のために戦いに行くのだろう。

「各々配置につけ! 美しい森を占領する野蛮な民族から森を奪還するのだ!」

 目的の地に着き、立派な馬に乗って立派な鎧を着た騎士が叫ぶ。
 その森は確かに美しかった。でもそれは、原住民が長年かけて守ってきたから美しいのではないか。
 それにこれは奪還じゃない。強奪だ。この森は彼らの物だから。
 だが、捨て駒として集められた僕らに拒否権なんて無い。
 上が戦えと言うのなら、誰を相手にしても戦うしかないのだ。
 そうして始まった戦争。結果は、惨敗だった。

 原始的な武器しか持っていない種族との戦いはすぐに終わるだろうと、上の者達は豪語していた。
 それが現実はどうだ。
 原始的な武器しか無いはずの原住民が、大砲や鉄砲を駆使してこちらを迎え撃ってきた。
 折れそうな剣と心臓しか守れない胸当てだけの僕らより、遥かに優れた武器と防具を持っていた。
 それだけではない。相手は原住民だけでは無かった。
 隣国の兵までも、原住民側と手を組んでいたのだ。
 舐めてかかった軍はあっという間に戦力を削がれ、気がつけば捨て駒として集められた者しか残っていなかった。
 軍を率いていた騎士達は、早々に逃げたのだ。僕らをおとりにして。

「冗談じゃない……!」

 気づいた者達は次々降伏した。
 その時すでに、生きた者はほとんど残っていなかった。長い間顔を合わせて談話するほどの仲になった仲間の首が、地面に転がっていた。
 けれど僕は降伏しなかった。ここで捕まるわけにはいかなかった。
 だって、王都にあの子を残しているのだから。
 仲間の死体の間を走り抜け、僕は逃げた。
 逃げる者には矢が飛んできて、また仲間が倒れていく。
 僕の脇腹にも矢が飛んだが、幸い臓器を傷つけるほどの致命傷は負わず、逃げ続けた。
 逃げて、逃げて、昼も夜も分からなくなるほど逃げ続けて。
 僕はやっと、あの子の待つ王都にまで辿り着いたんだ。
 そこで、絶望する。

「なん……で……──」

 国が、王都が、すべてが、燃えていたから。
 
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