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29.王都の崩壊

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「──そんな……嘘だ……なんで……っ」

 そんなはず無い。なにかの間違いだ。
 そう思いたくてまた走ったが、近づけば近づくほど立ち上がる炎を目の当たりにしただけだった。
 そして、近づいて知る。地上には無数の影が飛び回っていたのだ。竜だ。
 竜を操れるのは竜人族しか居ない。しかし竜人族は魔法が苦手なはずだ。
 けれど目の前で王都を襲う竜達は魔法を操りすべてを壊していく。
 なぜ、と考えて、竜に竜族ではない種族も乗っている事に気づいた。まっさきに思い浮かんだのは精霊族だった。
 精霊族は竜人族とだけ契約すると本で読んだからだ。

「……月光樹」

 その精霊族から奪った大切な木。
 これは、精霊族からの報復なのだ。

「……っ! あの子は!?」

 あまりの惨状に呆けている暇なんか無い。
 あの子がまだ王都に居るかもしれないのだから。
 僕はまた走る。
 どうか先に逃げていて、と祈りながらも、最悪の想像をしてしまって足が急く。
 もしも、あの子があの惨状に巻き込まれていたら──

 入った王都は火の海だった。人の悲鳴と、物が壊れる音。時折竜から放たれる炎弾や竜人からの弾丸、そして精霊族の魔法によってさらに悲鳴が上がる。
 逃げ惑う人の波に逆らい、僕は教会を目指した。
 流れる視界には炎に包まれる人や、瓦礫に押し潰された人。
 何もかも悪夢だった。

「どうか……お願いっ、生きてて……──っ!」

 炎と崩れる瓦礫を掻い潜って、僕は辿り着いた。
 教会が建っていたはずの場所に。

「……っ、そんな……」

 王都の中心に建つ、石造りの立派な教会だった。
 それが今は形が分からなくなるほど崩れ落ち、中から火の粉が上がる。

「だ……誰か、誰かいませんか……っ!?」

 僕は、悲鳴のように叫びながら崩れた教会の中に飛び込む。熱と炎で目が痛いけれど、僕はかまわず中に進んだ。
 火の手が回っていない瓦礫を退かしながら奥に進んだ先に、聖堂のような空間があった。天井は崩れ落ちたらしく、黒い空が見える。
 そこで見つけたのは、瓦礫に潰されて事切れたシスター姿の死体だった。
 子供たちを最後まで逃がそうとしたのだろうか。
 そしてそこに、もう一人の姿があった。

「“  ”っ!!」

 ブリキのおもちゃを抱えたあの子が、血溜まりの中に倒れていたのだ。
 その小さな体を、崩れ落ちてきたのだろう瓦礫が押し潰す。
 僕は名を何度も呼びながら瓦礫をどかし、その小さな体を抱き上げた。
 その体は炎で熱されているはずなのに、酷く冷たかった。

「“  ”! お願い……目を開けて……っ!」

 僕の声に、あの子のまぶたがわずかに震えた。
 そしてうっすらと開いた瞳は、僕を見る事もせずにぼんやり彷徨う。

「“  ”……っ!」

 虚ろな瞳でも、僕の事は分かったのかもしれない。
 視線を合わせないまま、口を動かし何かを言おうとしていた。
 けれど、あの子の声が出る前にコプリと血が溢れた。

「だ……大丈夫……大丈夫だよ……」

 大丈夫、なわけが無い。
 それでも僕は大丈夫だと言い続け、冷たくなりかけた小さな体を抱え上げた。

「大丈夫、大丈夫だから……」

 あの子を安心させるために、自分にいい聞かせるために、僕は呪文のように唱えて駆け出す。
 目指すは、最も攻撃を受けている城だ。
 教会だった場所を抜けると、街は更に火に囲まれていた。
 城を見ると、そこに行くすべての道が炎の渦だった。
 けれど行かなくてはいけないんだ。もうそこにしか、あの子を助ける道がないのだから。
 あの子を胸に抱えなおし、頭を下げて、視線だけは城に向けて。
 僕は炎の中を駆けだした。
 途中で何人もの人達が助けを呼んでいたけれど、全て無視して、燃える建物の中を走り抜ける。
 熱風が服を燃やしていく。
 炎に舐められた頬が熱い。
 それでも足を前に動かす事だけを考えた。

「──」

 不意に、あの子の声が聞こえた気がした。
『もう良いよ』と、言っているかのようだった。

 お願いだ、もう良いなんて言わないでくれ。
 最後まで、どうか最後まで、君を守らせてくれ。
 キミのためにできうるすべてをさせてくれ。
 キミが僕のすべてなんだ。
 キミが居たから、僕はどこまででも頑張れたんだよ。
 どこまでも優しくて純粋なキミのそばだから、僕も優しくなれたんだよ。
 絶望の中にほんの僅かでも光があるなら、僕は──

 体中が焼け焦げた頃に、僕らはようやく城に辿り着いた。
 もう城の警備など機能しておらず、崩れた壁から兵の死体を跨いで入る。
 城は異様なほど木々が生い茂っていて、兵を絞め殺している木まであった。
 あちこちで炎が燃え広がっているのに、氷漬けにされた兵の姿まであった。
 きっとこれは精霊族の力なのだろう。残虐な行為に、精霊族の怒りが垣間見えた。

「げっこうじゅ……──」

 僕が城で探すのは、月光樹。
 精霊族にとっての命の源。
 本にそう書かれていただけの話だけれど、もうその不確かな話に頼るしかないんだ。
 本当に助かるかも分からない、広大な城のどこにあるのかも分からない。
 そんな月光樹を僕は探し続けた。
 誰かの千切れた腕につまづきながら、降ってくる火や氷の槍に吹き飛ばされながら、あの子を抱えて城をさまよう。
 さまよって、さまよって──

「──……あった……」

 見つけたんだ、月光樹を……
 
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