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13.悪意

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 リリーとの楽しい時間を過ごした僕は、急いで学園に戻る。
 夜の仕事が無いとはいえ、雑用はいくらでも溜まるからだ。
 しかしリリーとの時間で英気を養った今の僕は、いくらでも仕事をこなせそうな気がした。
 リリーと会った後ならば、どんな理不尽な扱いを受けても耐えられる気すらしてくるから不思議だ。
 今僕が頑張れているのはリリーのおかげなのだと、ひしひしと身にしみた。

「う、わ……っ!」

 そんな、最強になった気分の僕は、最強のはずなのに派手にころんで手を擦りむく。
 一旦部屋に戻って服を着替えようと校舎裏を走っていたら、何も無いはずの所で足を取られてしまったのだ。

「いったぁ……」

 なぜこんな所でドジを、と自分を責めていたら、ジャリ……と砂を踏む音が校舎の陰から届く。
 そちらに顔を向けて、僕は膝をついたまま砂を払っていた手を止めた。

「あーあ。ただでさえお粗末な服が更にみずぼらしくなったな」

「言ってやるなよ。あれがコイツの一張羅だろうに」

「いやだわ。そんな底辺の人間が格式高い学園をうろついてるなんて……」

「……」

 ケタケタと笑いながら地面に膝をついたままの僕を見下ろす三人。
 今日は安息日なので私服姿だが、おそらく学園の生徒だろう。
 僕は笑われながらもゆっくり立ち上がり服を確認したら、ズボンの膝部分が擦れていたが穴は空いていなかった。
 確かに彼らが言う通り、この服は教会に行く時にしか着ない一張羅だ。
 だから破れなかった事にホッとした時、足元の土が不自然に盛り上がっていている事に気づいた。
 おそらく土魔法だろう。簡単に土を操れるなんて、やはり学園の生徒は優秀だ。
 だが、そんな優秀な彼らを尊敬する気にもならず、僕はなるべく彼らの目を見ないようにしながら向き合った。

「あ……」

 そこで、物を落としていた事に気づく。
 ジャッジ様から貰った賃金が入っている封筒だ。
 よりによって一番落としてはいけない物を落とした事に、焦りが募った。
 部屋に帰ったら一番に鞄に入れようと思って、ポケットから出していたのが良くなかった。
 そしてさらに良くないのが、彼らの内の一人がその落とし物に気づき、先に拾われてしまった事だ。

「なぁ、これヴァゾットレム様のサインがあるぞ」

「はっ!?」

「どういう事?」

「……っ」

 そしてさらに状況は悪くなる。
 封筒に書かれたサインに気づいた彼らは、驚きの顔の後、冷たい視線を僕に投げた。

「あの、返してください……」

 事を荒立てたくなくて、色々と追及される前になんとか返してもらえないかと望みをかける。
 しかし、彼らがこんなにも追及しがいのある材料を前にして、大人しくしているはずがないのだ。

「これ、中はお金だよな?」

「……はい」

「なぜヴァゾットレム様のサインが入っているの?」

「ジャッ……ヴァゾットレム様からの、賃金、だからです……」

「だからなぜ!」

 僕が話せば話すほど、彼らの視線は鋭くなる。
 ジャッジ様からのお金となれば、その反応になるだろう事は想像できた。
 なぜなら──

「さすがはリット・ミセラトルの双子だ。見た目だけでなく中身もそっくりだな」

「でもあれよりは優秀みたいだぞ? なんせヴァゾットレム様を誑かすのには成功してるみたいだからな」

「男のくせに……穢らわしい」

「ち、ちが……」

 ──当然、こうなるのだ。
 散々やらかした妹のリットは、とにかく権力者全員に近づいていたらしい。
 目に余るその行為を今でも根に持つ生徒は、そっくりな僕にきつく当たる。
 それでも最近ではずいぶん減ったのだ。それは僕がそんな行為をしないと認めてくれたからなのか、時の流れが悪い記憶を薄めてくれたからなのか。
 けれど油断してはいけなかったんだ。
 ジャッジ様からの賃金だなんて、周りに見つかれば悪い方向に話が流れる事なんて安易に想像出来たのだから。
 部屋に戻るまでは、絶対に見つからないようにしなければならなかったんだ。

「賃金……って事は、仕事をして金をもらったんだよな?」

「そうです」

「どんな仕事だ?」

「簡単な書類整理などです」

「はっ、それだけじゃないんだろ」

「……っ!」

 後悔をしながら答えた僕の言葉は鼻で笑われ、封筒を顔面に投げつけられた。
 中の硬貨が額に当たり痛かったが、その痛みを気にする前に慌てて封筒を拾った。

「どうせ人には言えないような仕事をしてんだ」

「こんな汚い金、お前にピッタリだな」

 慌ててお金を拾う僕を、あざ笑い見下ろす三人。
 あからさま過ぎる侮辱を受けながらも、耐えろ、言い返すな、と心で繰り返す。
 僕に反論の資格はない。自分は罪人なのだ。侮辱されても仕方のない立場なのだ。
 分かっている。理解している。
 でも、でも、それでも──

「最近ではお前は良いやつだ、なんて言ってる生徒もいるけどな……俺達は騙されないぞ」

「健気なふりをして周りを味方につけようとしたって、そうはいかないわよ」

「まぁ、あのヴァゾットレム様すら騙せたのはお見ごとだけどな」

「……」

 ──それでも……

「……──ジ様は……」

「は?」

「……ジャッジ様は、汚いお金を払うような方じゃありません!」

「な……っ」

 どうしても、言わずにはいられなかった。
 ジャッジ様の事を庇うつもりはない。むしろ苦手な……はっきり言ってしまえば嫌いな人だ。
 だが、彼らの言葉はあんまりだと思う。
 だってジャッジ様は、どこまでも不正を許さない人じゃないか。
 だからこそ、僕の事もいつまでも許さない。それは腹立たしくもあって、感心する所でもあった。
 徹底した潔癖なほどの正義。
 だからこそ、嫌いだけれども、信じられる部分もあるのだ。
 なのに──

「──この学園の首席だったお方は、そんな穢らわしい行為を許す方なんですか?」

「……っ」

「誇り高い学園の卒業者は、汚い生き方をするような人なんですか?」

 彼らはそんなジャッジ様まで侮辱した。
 僕ごときに誑かされて、不正なお金を払ったと言ったのだ。
 そんな事あり得ないと、本当は彼らが否定しなくてはいけないのに。
 なぜそれが分からない。

「……調子にのるなよっ」

「おい、もう行こうぜ」

「そうよね……相手にするのも不快だわ」

 言い終えると、彼らは目配せをするように身じろぐ。
 そして声高々に言い立てていた先程とはうって変わり、歯切れの悪い口調で反論してきた。
 最後は、相手にしてられない、と言い残してこちらをひと睨みしてから去っていく。
 僕は彼らの姿が見えなくなるまで直立不動で見送り、完全に見えなくなった所でやっと体から力を抜いた。
 久しぶりの攻撃的な行為との接触に、今さらながらブワリと汗が吹き出る。
 しかも今回、僕は彼らに反論してしまったのだ。

「駄目だなぁ……」

 学園に慣れてきて、堪え性がなくなってきているのかもしれない。
 これでは駄目だ。
 家族の為にも耐えきると誓ったじゃないか。気を引き締めろ。
 心で自分に叱咤して、僕はとぼとぼと自室へ足を進めた。
 リリーとの楽しい時間は、すっかり別の感情で上書きされてしまっていた。

     
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