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21.わくわくうさちゃんハニーバスケットを抱えて

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「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、ヴァゾットレム様」

 店に入ると、さっそく高そうなスーツを着こなした初老の男性がジャッジ様を出迎えた。
 どうやらジャッジ様の行きつけの店らしい。
 そんな高級店にみずぼらしい僕なんかが来たら嫌な顔をされるんじゃないかと思ったが、店員は僕にも変わらぬ笑顔を向けてくれた。優しい人のようだ。
 古着が欲しいと伝えれば、古着のコーナーに案内される。
 しかし、そこで見た服はどれも立派で、とても古着には見えなかった。
 生地もこんなにしっかりしている物は着たことがない。これはやはり、僕は場違い感だ。

「ジャッジ様、あの……」

「ここにあるものは流行り廃りのないデザインばかりですので、アナタが好きな物を選んで問題ありません」

「え、あ、そうなんですね……」

 やはり断ろうとする僕に、次々服を渡してくるジャッジ様。
 面倒だからさっさと済ませろと言われているのだろうか。
 ここも下手に拒んだら時間の無駄になって怒られるかもしれない。
 だったら一着だけでも選んで早く済ませた方がジャッジ様の手間も減るだろう。
 そう思ったわけだが、気がつけば何着も試着していた。
 ジャッジ様と店員の男性がどんどん渡してくるせいだ。
 断り文句を知らない僕はなすがままに試着し続け、どれを着たのかもう分からなくなった。

「気に入った物はありましたか?」

「え!? え、えっと……」

 無心での試着を終えた時、ジャッジ様からの問いに我に返る。
 着せられた服はどれも僕にとっては上物で、着心地は良かった。
 それに、なんだか僕の好きな色や形の物が多かった気がする。
 ただいかんせん、とにかく数が多すぎた。
 だから途中から、ただ服を着替え続けるだけの機械のようになってしまったのだ。
 しかしこれだけ時間をかけておいて「何が何だか分からなくて覚えてません」なんて言えるはずもなく……

「……あの、こんなにたくさんの中から選んだ事がなくて、正直どれを選んだらいいのか迷ってます……」

「……ふむ」

 だから正直に話した。
 適当に一着を選ぶ事もできたが、ジャッジ様にはそれも見破られそうだと思った。
 これだけお膳立てしてもらっているのに、まともに服も選べないのかと怒られる覚悟はあった。
 しかし予想に反し、ジャッジ様は顎に手を当てて考える素振りを見せるだけで、怒った様子は見せなかった。

「でしたら、こちらとこちらと、あとコレ──」

 そして、今まで試着した物の中から数着を手に取り店員に渡していく。
 なるほど、あらかたジャッジ様が見繕ってくれるようだ。しかもすべて僕の好みの色だ。ポケットが付いているのもありがたい。
 その中から選ぶのであれば少しは選択肢が狭まって僕にも選べる──

「──を買いましょう」

「ま……っ!」

 待て。
 思わず飛び出そうになった叫びをかろうじて両手で止めた自分を褒めてやりたい。
 いやだがしかし、ジャッジ様は何を言ってるんだ。
 僕は一着でも大奮発な買い物なのに、それを、ジャッジ様は何着選んだ?

「あの、ジャッジ様! 買う……え、買うんですか? 全部?」

「何か問題でも? それとも一着だけを毎日着る気ですか?」

「いや、でも、あの……」

 しかし反論したところでジャッジ様に敵うはずもなく、そうこうしている間に店員さんがニコニコと服を受け取ってしまった。

「こちら数着は大きさも合われているようなのでそのままお渡しいたします。直しが必要な物は後日お届けいたします」

 試着をさせながら採寸まで済ませるというプロの技をこなしていたらしい店員が、僕ににっこり笑うので、僕もにっこり笑い返すしかできなかった。
 そんな笑顔の裏で、ツケ払いってできるんだろうかと必死に考える。
 もしくは毎週での分割を──

「世話になりました」

「またのお越しをお待ちしております」

「え?」

 ──なんて、支払いに頭を悩ませていたはずなのだが、気がつけば僕はジャッジ様と共にお見送りをされていた。
 何があった? とキョロキョロするが、ジャッジ様は何事もないかのように歩きだしてしまう。

「あの、ジャッジ様! 僕お代を払ってません!」

 だから僕は、慌ててついて行きお代を払い忘れたと伝えた。
 するとジャッジ様は、表情を変えずにそれは違うと説明する。

「このような店はいちいちその場で支払いません。後日まとめての支払いが一般的です」

「そうなんですか?」

 そんな支払い方法があるのかとびっくりしたが、信頼のある客相手だからできる商法なのだろう。
 さすがは老舗だ。

「じゃあ、僕の分のお代を……」

 だから代わりにジャッジ様に払うと伝えたのだが、ジャッジ様からは「私の買い物のついでなのでけっこうです」と、あっけなく断られてしまう。

「でも──」

「けっこうです」

 そんなわけにはいかないと僕も食い下がったが、彼は頑なに受け取らない。
 だが今回は菓子とはわけが違うのだ。そう気軽に買ってもらうような金額じゃない。
 だから賃金からの天引きでもなんでも受け取ってもらいたかったが、そんな僕にしびれを切らしたらしいジャッジ様がため息を吐いた。

「……私がアナタの服装を意見したのです。でしたらこちらで経費を払うのが当然でしょう」

「そ……」

 ジャッジ様の言葉に、僕は何も返せない。
 なんせジャッジ様の言い分は正しいのだから。ここまで正論を言われては僕が敵うわけもない。
 だから──

「──ありがとうございます」

 すんなり、ジャッジ様からの施しを受け入れた。
 ジャッジ様からしたら使用人に作業着を与えるような感覚なのかもしれないが、僕からしたら破格の施し。
 しかし、これが正しいのだとジャッジ様が言うのだから、これはもらって良い物なのだ。

「……大切に使います」

 やや強引な気はするが、日用品を経費で揃えてもらえるのはありがたい。
 まだ罪悪感は拭えないが無理やり納得させ、僕らは服と菓子を抱えて教会に出向く。
 僕は服だけで荷物が多かったからなのか、ジャッジ様が菓子を持ってくれた。
 眼光鋭いジャッジ様の手に、可愛らしいわくわくうさちゃんハニーバスケットがあるのがあまりにも似合わなくて、ちょっと面白かった。
 

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いつもお読みいただきありがとうございます!
お気にいり登録だけでなく感想やエールまでもらえて凄く励みになってます(⁠^⁠^⁠)
どうぞ最後まで不器用な二人を見守ってあげてください。
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