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20.早口長文
しおりを挟む「今日の一日の計画は?」
「え、え、えっと……服を買ってから、妹へのお土産の菓子を買う予定でした」
「人気の菓子は遅くなれば売り切れます。先に菓子を購入してしまいなさい」
「はっ、はい!」
こんな日にもダメ出しをされてしまい、序盤から前途多難だ。
もう監視の域を超えている気もするが、あまり考えない方が良いだろう。
リリーのため、リリーのため、と繰り返し、逃げ出しそうな足に気合いを入れて踏みとどまった。
しかしジャッジ様は、背も高ければ足も長い。
歩幅が違いすぎて、ついて歩くのも大変だ。
そんなこんなで辿り着いたのは、大きな噴水のある広場だった。
いつも教会付近しかうろうろしないから来たことが無かったが、周りは人気の店が集まっているようでとても賑やかだ。
そしてその一角、真新しい店構えの菓子店の前でジャッジ様は立ち止まる。
「この店は最近流行している菓子を取り扱っていて朝と昼に焼きたてが食べられると評判で種類も豊富なため大変人気の店です。ご兄妹に買うのでしたらわくわくうさちゃんハニーバスケットが動物の形などの菓子の詰め合わせでお子様には喜ばれるでしょう。ついでにちょうど今出来立ての菓子が並んでいるのでどうせならアナタも買って食べてみてはいかがですか。ちなみに私も用事があって購入するので今日はついでにアナタの分まで支払いましょう」
「え、え、は、はい!」
ジャッジ様は一通り言い終えると、ずかずか店に入っていく。
僕はといえば、あまりに早口すぎて脳が追いつかなかったが、なんだかリリーにピッタリの可愛いお菓子がある事だけ理解できた。と言うより、そこしか理解できなかった。
そして気がついたら僕は、可愛らしいわくわくうさちゃんハニーバスケットを抱えていたのだ。
ついでに焼きたてサクサクの、見たこともない美味しそうな菓子も持っていた。これはジャッジ様が並んで買った。
「あの、お代を……」
「今回はついでに私が支払うとお伝えしましたが」
「えっ」
そんな事を言っていただろうか。あの早口長文の中にそんな文言があったのかもしれない。
なんだか申し訳ない気もするが、ここで断ってもジャッジ様の気を損ねそうで素直に礼を言っておいた。
正直に言えば、わくわくうさちゃんハニーバスケットがなかなか良い値段だったので、ジャッジ様に支払ってもらえたのはたいへんありがたい。
ただ、後になって嫌味を言われないかが心配なだけだ。
「あちらで食べましょう」
「はい」
ジャッジ様に言われ、焼きたての菓子は噴水近くのベンチに腰掛けて食べる。
ジャッジ様の隣に並んで食べるのはなかなかの苦行だが、せっかく買っていただいたのだから食べないわけにもいかない。
とにかく早く食べてしまおうと、大きめに一口を食べた。
「……っ、おいしい……」
「……」
それは、ジャッジ様の隣だというのを忘れてしまうほどに美味しかったのだ。
焼きたてだからかとても香ばしく、生地もサクサクとしている。
中にクリームのような何かが入っていて、ぼくの村ではこんな菓子は無かった。
すぐに食べ終えてしまうのがもったいなくて、最初の大きな一口とはうってかわって小さく小さく、ちみちみとみみっちく食べる。
途中でジャッジ様のため息が聞こえたが、文句は言われなかったので味わって食べさせてもらった。
呆れのため息だとは思うが、なんとなく安堵のため息に聞こえたのは気のせいだろう。
「次は服を買います」
ゆっくりゆっくり食べ終えると、ジャッジ様はさっそく次の行動に移るらしい。
仕事が出来る人は行動に無駄がない。
「じゃあ、僕は市場を見ようかと──」
「服は流行の物が分からず困っていたようですね。しかしシンプルな物であればさほど流行など気にしなくて良いでしょう。市場の古着屋で買っているらしいですが市場は粗悪品も多いため今回は別の店にします。あちらの店は老舗ですがリーズナブルで良い生地を使っています。一角に古着も扱っているのでそこの古着ならば間違いないはずです。アナタは小柄なので大きければそのまま詰めてもらえばちょうどいいでしょう。アナタはいつも袖の長さなどが合っていませんので」
「──はい! えっと、はい……っ!」
そしてやはり紡がれる早口長文。
心なしか棒読みに聞こえるが気のせいだろうか。
脳に長文が流れ込んでいる間に連れてこられたのは、広場からさほど遠くない店だった。
昔からある店なのか、年季の入った看板に立派な門構えで、入るのに躊躇してしまう。
だって明らかに高そうだ。
しかし足を止めかけた僕をジャッジ様が睨んだように見えたので、やけになって足を進めた。
もうどうにでもなれ、である。
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