好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

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23.苦手な事だらけ、だけれども

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「魔王をたおしたぞー!」

「やったー!」

「姫をきゅーしつだ!」

「魔王の妻はどうする?」

「姫となかよしだから一緒に来ていいよ!」

「あ、うん……ありがとう」

 突然始まった冒険ごっこは、ジャッジ様の足をペシペシ木の枝で叩いた事で長い戦いを終えたらしい。
 もうどこから注意すれば良いのか分からず、僕も放心状態だった。
 ただただ教会を出た後が怖い。

「も……申し訳ありません、ジャッジ様」

 沈黙を貫くジャッジ様がなお恐ろしさを醸し出すが、僕はひたすら謝る事しかできない。
 しかしそこでジャッジ様から、意外な言葉が返ってきた。

「まぁ……悪い子供達ではないようですが」

「え……」

 魔王と呼ばれて倒されて、あげくには妻を僕にされたのに?

「なにか?」

「……いえ」

 僕は少しだけ、ジャッジ様の心の広さを見直した。
 僕には魔王のように厳しいが、子供には寛大な心をお持ちのようだ。
 そんな感動を覚えながら、僕はジャッジ様からバスケットを受け取り子供たちに菓子を振る舞う。

「お宝だ!」

「魔王を倒したからお宝が出てきた!」

「このお菓子はこちらのジャッジ様が買ってくれたんだよ」

「じゃあいい人だ!」

「いいお兄ちゃん!」

 色とりどりの菓子を目の前にしたら、ころりと態度を変える子供たちが面白い。
 ずっと僕の胸に顔を埋めていたリリーも、可愛らしいお菓子に目を輝かせた。
 そこからは周りの子たちも寄ってきて、みんなでおやつタイムだ。
 僕は今まで僅かな菓子しか買った事がなかったから、こんなに大勢で食べるのは初めてだった。

「おにいちゃん、たのしいねぇ」

 緊張していたリリーも、みんなでキャッキャッとはしゃぎながら菓子を選ぶうちに、いつものように笑ってくれるようになった。
 ただ気がつけば、子供が集まれば集まるほどに、ジャッジ様の監視が遠くなっていた。

「あの、ジャッジ様もよろしければ……」

「いいえ、私はけっこうです」

「そうですか……」

 そしてジャッジ様はほとんど子供と話す事もなく、教会でのひとときは終えたのだった。


 * * *


「今日はお世話になりました」

 教会を出て、日が暮れた学園に僕とジャッジ様は帰ってきた。
 僕にとっては長かった一日が終わり、ジャッジ様に頭を下げる。
 絶望した始まりだったが、終わってしまえば意外に楽しい一日となる。
 結果的に服や菓子を買ってもらえ、リリーや周りの子供達を笑顔にできたのだから。
 ただ、一つ気になる事がある。
 ジャッジ様に関する事だから確認するかどうか迷ったが、今後もあるので、僕は意を決して聞いてみる事にした。

「あの、つかぬ事を聞きますが……」

「なんです」

 裏門から入って細い道を歩き、夕日色に染まったジャッジ様の揺れる髪を見ながら言葉を続けた。

「……子供、お嫌いなんですか?」

 そう思ったのにはわけがある。
 教会でのジャッジ様が、あまりにも日頃と違いすぎたからだ。
 初めは子供相手だからと多少の無礼は目をつぶってくれているのだと思っていた。
 けれどあの態度は、子供にあまり関わりたくないかのように僕の目には映った。
 もしそうだとすれば、今度教会に共に来てもらうのは申し訳ないだろうと、そう思ったのだ。
 しかし、ジャッジ様からは否定の言葉が返ってくる。

「嫌い……と言うより、どう接すれば良いのか分からないだけです。子供はすぐに泣きますし、すぐに怪我をする。それに私は、怖がられる事も多いですので……」

「……」

 眼鏡を押し上げながら答えたジャッジ様は、どこか気まずそうだ。
 そして確かに言われてみれば、あの時のジャッジ様は嫌いな物を避けるというより、どうすれば良いのか分からず戸惑っているようだったと思いあたる。

「ふふ……」

 分かってしまえば、そんな姿がとても新鮮に感じた。何より子供を気づかうあまりにあんな態度になってしまったのだと知ると、どうにも可愛く思えてしまう。
 あのジャッジ様なのに。
 だからつい、つい口を滑らせたのだ。

「ジャッジ様にも、苦手な事があるんですね──」

 ──と、言ってしまってからハッとした。
 一日共に過ごしたからだろうか。
 慣れとは怖いもので、すんなりジャッジ様に軽口をたたいてしまった事に、今さらながら気づく。

「すっ、すみません! つい無駄口を……っ」

 慌てて謝罪の言葉を述べるが、意外にもジャッジ様は怒らなかった。

「……かまいません、その程度で謝らなくてけっこうです」

 深々と下げていた頭の上から聞こえた許しに、緊張していた体がゆるむ。
 しかし、意外な出来事はそれだけで終わらなかった。

「アナタは気を使いすぎる傾向にあります。今のアナタの立場では必要なのでしょうが、せめて私の前ぐらいは気を緩めていただいてかまいません」

「え……」

 本当にジャッジ様の口から出た言葉なのかと疑いたくなる内容に、僕は下げていた頭を上げてまじまじと見つめてしまった。
 すると僕の考えている事が分かったのか、むすっとしたジャッジ様が「何か問題でも?」とこれまたむすっと問いただされた。

「いえそんな! あの、ありがとうございます……」

 まさか、一番気を使わなくてはいけない相手から、気を使うなと言われるとは思わなかった。
 それは無理があるだろうと思う中で、でも、その言葉が嬉しくもあった。
 だってそれは、ジャッジ様からやっと頑張りを認めてもらえたようなものだ。
 それが嬉しくて、嬉しくて。

「では、僕はこれで……」

 寮の前に着き、ここでぼくらは別れた。
 僕にはまだ仕事があるので、夕日に染まった校庭の倉庫に向かう。
 ジャッジ様と晴れやかな気持ちで別れられたのは、監視から開放されるから、だけでは無いように思えた。
 単純かもしれないが、彼はそう怖い人でもないのかもしれない、と、ほんの僅かに、ジャッジ様の印象を変えた一日となったのだった。

「──……苦手な事だらけですよ……」

 そんな僕の背後で、ジャッジ様の呟きがこぼれ、ため息と共に風に乗って、長く伸びた影に消えた。
 
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