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32.その花は誰に

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「今年はバラかぁ」

 人混みをかき分けて進んだ先には、綺麗なバラが木箱に山盛りに積まれていた。
 ジョーはその一つを手に取り、僕に渡す。

「ほい。ルットもついでだから貰っとけよ」

「えっ、良いんですか?」

「良いの良いの。これ誰でも貰って良いやつだから」

 自分の分も確保したジョーと共に人混みを離れたら、そのまま歩きながら花の使い道を教えてくれる。

「共闘試合の最終日はな、男は花を思いを寄せる人に贈るのが風習になってるんだ。誰かが決めたわけじゃないんだけど、いつの間にか祭の一大イベントになってたらしい」

「へー、面白い風習ですね」

 ジョーも誰かに渡すのかと尋ねれば、一学年の時から付き合っている彼女に渡すのだと言う。

「ここだけの話なんだけどさ、裏で花を買う女子生徒も居るらしい。特に貴族のご令嬢はな……次の日に自分だけ花を身に着けてなかったらプライドが傷つくんだろな」

「……大変ですね、人付き合いも」

 見栄と体裁とプライドが渦巻く生活も疲れるだろうに。
 自分は庶民で良かったとこっそり思う。

 バラは造花だったが、まるで本物のように良くできていて綺麗だった。
 街で買えばそれなりの値段がしそうなのだが、そんな品物をタダで配るなんて太っ腹だ。

「その花、気に入ったのか?」

「はい、すごく良くできてますから……きっとあげたら喜ぶだろな」

「えっ!?」

「え?」

 何気ない会話、だったはずなのだが、突然ジョーが驚いたように声を上げる。
 何か変な事を言っただろうかとジョーを仰ぎ見れば、ジョーはなんだかオロオロと狼狽えていた。

「え、やる……って、え、マジで? ルットも誰かにやんの!?」

「あっ、あぁ、なるほど。違いますよジョーさん」

 ジョーの話で、狼狽えている理由を知る。
 なるほど、花を誰かに渡すとは、恋人がいるか、もしくは想い人が居るとの意味に取れるからか。
 だからってそこまで狼狽えなくても、と笑いを堪えながら否定をしておいた。

「妹です。五歳の妹にあげたら綺麗だから喜ぶだろなって思っただけですよ」

「あぁ……なんだ、ビビった。暗黒時代が訪れるかと思った」

「あはは、何ですかそれ!」

 ジョーの冗談に笑いながら、改めて良くできた花を見る。
 リリーの髪飾りにしてあげたら喜ぶだろう。ストロベリー色の髪に似合いそうだ。
 胸に付けてブローチ代わりにしても可愛いだろうな。
 リリーの喜ぶ顔を思い浮かべて、自然と僕も頬が緩む。

「お、噂をすれば」

 そんな楽しい時間を過ごしていたら、ジョーが僕を肘でつついて視線を促す。
 その視線先に、ジャッジ様がこちらに向かって来てる姿があった。
 だが、ジャッジ様の噂話なんてしていただろうか。

「じゃあルット、またなー」

「はい、また」

 そして当然のようにジョーはそそくさと逃げていく。
 よっぽどジャッジ様が苦手なようだ。見た目ほど怖い人では無いのだが。

「こんにちは、ジャッジ様」

 ジョーと別れたらそのままジャッジ様と合流した。
 どうやらこれから最終日の試合が始まるようだ。
 正式な試合なので、たとえエドワード殿下でも側近をそばには置けない。
 だからジャッジ様といえども、試合と関係のない者は控室にすら入れないのだ。

「しばらく外の視察ですか?」

「えぇ」

 ジャッジ様の隣を並んで歩き、これからの予定を確認した。
  頭を打った後遺症も無いようで、凛とした佇まいを見ると安心する。
 しかし、安心したのもつかの間だった。ジャッジ様が、どこかピリついた空気をまとっている事に気づいてしまったからだ。

「えっと、ジャッジ様も花をもらわれたんですね」

「……、えぇ」

 気まずい空気を振り払うように必死に話題を探して振ってみる。
 しかし、いつも以上にそっけない返事をされてしまい、なおさら次の言葉がつむげなくなってしまった。
 そこでふと気づく。
 僕はなぜ、当たり前のようにジャッジ様の隣を歩いているのだろう。
 共闘試合中は自由を許されたとはいえ、ジャッジ様と共に行動する理由は無い。
 ジョーから送り出されて流れでついそのまま隣に並んでしまったが、許可もなく並ぶなんてこれは完全に無礼じゃないのか?

「あ、あの……じゃあ僕はそろそろ──」

 気づいてしまっては、周りの目が気になって仕方なかった。
 調子に乗ってると見られたらまた余計な事故を招くかもしれない。
 そう心配になり早々に離れようとしたのだが、そんな僕をジャッジ様は呼び止めた。

「ルット・ミセラトル」

「はっ、はい!」

 呼び止めた声は、やはりいつもより抑揚が無い。
 これはいよいよ怒らせたか、と背筋が凍る思いをしていたら、今度はさらに抑揚の無い、少しかすれた声が言葉を続ける。

「その花は……誰から渡されたんです」

 しかし出た話題は予想外のものだった。
 まさか花の事を聞かれるとは思わず、戸惑いながらも僕は説明する。

「これは……ジョーさんがもらう時に、ついでに僕も貰ったんです。誰でも貰って良いと聞いたので」

 何だろうか。ジョーからは良いと言われたが、もしかしたら本当は僕なんかが貰ってはいけなかったのだろうか。
 そんな思いで様子をうかがっていたが、なんだかジャッジ様も僕の様子をうかがっているようにも感じた。
 気のせいだとは思うが。

「……誰かに渡すつもりですか?」

「はい」

「……」

 淡々と尋ねるジャッジ様に、僕も淡々と返す。
 そんな中ででも、すぐにリリーの笑顔が思い浮かんだ。
 きっと喜んでくれるだろうと思えば、駄目だと思ってもまた顔が緩んでしまう。
 だってこれほど良くできた造花なんだ。可愛い物が好きなリリーはキラキラした瞳で飛びつくだろう。

「……そうですか」

 そんな、我慢しても緩んでしまう顔を、ジャッジ様が見つめている事に、僕は気づかなかった。
 ジャッジ様の手には、折れてしまいそうなほど強く強く握りしめられた花があった。
 
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