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33.最後の

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 * * *


 賑やかだった共闘試合を終えて数日経った。
 片付けは後日の安息日に一日がかりで行われ、僕も駆り出されたのでなかなかハードな仕事になった。
 片付けも終えて日常が戻り、僕は今、以前と同じようにジャッジ様の私室で仕事をしている最中である。
 以前と違うのは、僕の作業机がジャッジ様の机の隣になった事だ。作業効率の為なのだろう。
 最近は任せられる仕事も多くなり、黙々と作業をこなしていく。

「……」

 そこで、ジャッジ様が深く息を吐いた。
 最近は疲れ気味のようで、良くため息を吐く姿が見受けられる。

「ジャッジ様、お茶をお淹れしますか?」

 何かと忙しいジャッジ様は、共闘試合を終えて日頃の疲れが出てきたんじゃないだろうか。
 僕に出来る事など限られているが少しでも疲れが取れればと思い、僕は席を立つ。

「……では、いつものように」

「はい」

 許可を得て、僕は隣の部屋に行き茶を淹れる準備をする。
 いつもの、とは、僕が茶の種類を選んで二人分を淹れる事。そして菓子も用意する事だ。
 今回もその通りにして、ソーサーにクッキーを添える。

「お待たせしました」

 トレーで運び、慎重にジャッジ様の机に置いた。
 ここで溢そうものなら余計にジャッジ様の心労が増えるだけだからだ。
 無事に運び終えてホッと息をつき、僕も隣の自分の机に座り茶を飲む。
 今日も落ち着く香りの美味しい茶だった。

「ルット・ミセラトル」

「はい」

 しばし休憩時間になったからか、ジャッジ様が珍しく話しかけてきた。
 というのも、最近は特に忙しかったのか、ほとんど話しかけられる事が無かったからだ。
 少しは余裕ができたのだろうかと思いながら顔を上げると、ジャッジ様は茶の湯気で曇った眼鏡を押し上げて僕を見た。

「共闘試合は、楽しめましたか」

「共闘試合、ですか?」

 何の話かと思えば、なんてこと無い世間話だった。
 ここのところとんと無口だったジャッジ様だが、ティータイムで息抜きが出来ているなら喜ばしい。
 僕は椅子をずらして体ごとジャッジ様に向き合い、会話をする体勢に入る。

「楽しかったです。本当にお祭りみたいで、村では見た事もないような物ばかりで、いい思い出になりました」

 共闘試合は、問題も起こったが全体的に楽しかったと思う。
 行事の仕事に明け暮れるかと思ったのに、予想に反してまる三日、自由に過ごす許可をもらえたのだ。
 初日の事故では落ち込んだが、誰も僕を責めなかったし、ジャッジ様でさえ気にする必要は無いと言ってくれたのだ。
 それにジョーの友人とも仲良くなれた。
 その後は私室でのんびり読書をするか、ジャッジ様に付いて祭の視察に周ったりもした。

「色々とお気遣いを、ありがとうございました」

 巻き込まれやすい僕の立場を考慮して、視察のついでに僕を連れて行ってくれたのだ。
 監視の意味もあったのだろうが、僕には楽しい時間だった。
 思い出を振り返りながら、僕は感謝の意を示す。
 するとジャッジ様はカップに口をつけて、綺麗な所作で飲んでからソーサーに置いた。

「花は……渡したのですか?」

「花?」

「共闘試合の最終日に配布された花です」

「あぁ!」

 言われてやっと気づく。
 確かに最終日に、ジョーと共に花を貰った。
 ジョーは一大イベントだと言っていたが、僕にとってはただの良くできた綺麗な造花なので、存在を忘れていたのだ。
 なので改めて花の行方を考え、今日もつい、へにゃりと顔を緩めてしまった。

「はい、ちゃんと渡しました」

 安息日の片付けを終えたら、僕は急いで教会に行った。
 バラの造花は、リリーに渡すと予想通りに喜んでくれた。
 髪飾りに加工して、リリーのストロベリー色の髪に付けてあげると何度も窓に映る自分を眺めていた。
 そんな心から喜ぶ可愛い笑顔を思い浮かべたら、いつでも頬が緩んで仕方ない。

「……良かったですね」

「はい!」

 リリーは教会に預けられてずいぶん経つが、笑顔で過ごしてくれて良かったと思う。
 こうして仕事をもらえている事で、いつもリリーが喜ぶ物を買ってあげられてもいる。
 リリーが不自由なく暮らせているのは、とても有り難い。

「ルット・ミセラトル」

「え……はい」

 次は何を買っていこうか、そんな楽しみに浮かれている僕とは正反対の、色のない声が呼ぶ。

「……次の安息日、食事に行きましょう」

「へ」

 リリーの笑顔に思いを馳せる思考が、抑揚のない声によって引き戻される。
 気づけば、眼鏡の向こうの紫の瞳が僕を見ていた。いつも澄んで綺麗だと感じていたのに、今日は仄暗く濁って見えるのはなぜだろう。

「これが……最後にしますので」

「……はい」

 ずんと響く声に、うなずかずにはいられなかった。
 
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