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39.あの花は誰に

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「腕輪も貴重な物だからね。本当は半年ほどで使用を止める予定だったんだよ。でもジャッジがまだ必要だと主張したんだ。今思えばつけたままで良かったよね」

「そう、ですね……」

 話を聞けば聞くほど、僕は知らぬ間にいつもジャッジ様に助けられていたのだと知る。
 嫌われていると思っていた。実際に、僕は確か嫌われていたのだと思う。
 出会ったばかりの頃の冷たい視線は本物だったのだから。
 でも、それでも、ジャッジ様はあんな視線を寄越しておきながら、公平な目で見てくれていたのかもしれない。
 嫌味は酷かったが、そんな嫌味の裏で動いてくれていたのだろうか。

「僕は……たくさん助けられていたんですね」

 だったらなおさら、僕はしっかりしなくてはいけないのだ。
 このまま何事もなく無事に刑期を満了させて、早く学園から去るのが一番の恩返しだ。
 ジャッジ様からしたら面倒事でしかない僕が、一刻も早く手から離れるのがお互いのためなんだ。

「……んー、やっぱり浮かない顔してるなー」

「え、僕……でしょうか?」

「うん、キミ」

 辛い事も多かった学園での生活。
 けれど、こんな僕にも優しくしてくれる人達がいて、気にかけてくれる人達がいて、助けてくれる人達がいて。
 僕は自分が思うより沢山の優しさに守られていたんじゃないだろうか。
 思いがけず知った人の温かさ。
 嬉しくて、ありがたくて、感謝の気持ちでいぱっいなのに。
 だけど、ほんの少しだけ心がチクチクと痛むのは、それは──

「あー分かった! ルットくん寂しいんでしょ!」

「え」

 ビシリッ、と得意げに指をさし、グラーナム様から指をさすなと怒られるエドワード殿下。
 それでも懲りた様子もなくウンウンと頷く殿下は「そりゃそうだよねー」と話を続けた。

「僕らって結構仲良くなったし、もうお互い気が置けない仲って感じじゃない?」

「お前だけだろ」

「だからそんな僕らとさよならしちゃうのは寂しいよね。うんうん分かるなー。でもそこまで大切に思ってもらえるなんて嬉しいよルットくん! 大丈夫、またきっと会えるさ!」

「大して会いたくないんじゃないか?」

 二人の軽快なやり取りに僕も笑いそうになるが、けれどエドワード殿下の言葉にしっくり来るものがあった。
 寂しい。
 その言葉を聞いて、ハッとした。
 たぶん、今の僕の気持ちに一番当てはまりそうな気がしたのだ。

「……そうですね。僕、ホントに寂しいみたいです」

「えっ!? ほらほらゴッツ聞いたかい!」

「ルット、お前いい奴だな」

 グラーナム様を嬉しそうに肘で小突くエドワード殿下。
 そんな仲の良さそうな彼らを見ていて、僕もつられて笑う。
 こんな賑やかで楽しい彼らとも、もうすぐお別れなのか。
 それはそうだ。フレンドリーに接してくれてはいるが、彼らは元々僕とはまったく接点の無かった階級の人達だ。
 卒業すればもう、姿すら簡単には見られなくなるのだろう。
 エドワード殿下はもちろん、グラーナム様も、そして、ジャッジ様も──

「あ、もしかしてさあ、ジャッジとさようならするのも寂しかったりするかい?」

「はい」

「え……」

 ──ジャッジ様とも、会えなくなるのか。

「……おぉ?」

「ほぉ」

 当たり前のようにサラリと出てきた僕の返事に、僕自身も驚く。
 しかし目の前の二人が更に驚いた様子を見せるので、そこまで驚く事かとそちらに気が散ってしまった。

「……まったく脈なしだと思ってたがな……」

「……あの堅物、なかなか頑張ってるじゃないか……」

「堅物というのは私ですかね」

「やあジャッジ! もう終わったの? さすが僕の側近は優秀だね!」

「仕える主人があまりにもサボるからではないでしょうか」

「うわそういう事言うんだ? あーあ。せっかく良いこと教えてあげようと思ったのにもう教えてあーげない」

「ガキかお前は」

 そして噂の人物の登場に、瞬時に笑顔を向けるエドワード殿下。
 しかしジャッジ様はその笑顔に騙される事なくブスリと言葉の棘を刺す。いつもの流れだ。

「あまりルット・ミセラトルの邪魔をしないよう願いますよ」

「邪魔してないもん。ちょっと僕の話を手を止めて聞いてもらってただけだもん」

「それを邪魔と言うのです」

 エドワード殿下の反省などまったくしていない言い草に、今日もジャッジ様はため息を吐く。
 そして脇に抱えていた紙束を殿下の目の前に突き出し、淡々と、しかし妙な気迫のこもった声で告げた。

「式典について大まかにまとめています。さっさと確認して詳細を詰めますよ。卒業までにやらなければならない事が山程あるのですから」

「ジャッジに全部任せるって言ったら怒るかい?」

「怒りはしません。すべて陛下とルドファール公爵令嬢にご報告するだけです」

「やるからローズには言わないでね!」

 婚約者にはかっこをつけたいのか、はたまた怒ると怖いからなのか。
 急に素直になったエドワード殿下は「じゃあねルットくん!」と元気に言い残して彼らと去っていく。
 静かになった花壇で僕は再び手袋をはめて草むしりを再開するが、いまだに胸はチクチクと痛む。
 手を止めて、僕はいつの間にか無意識にジャッジ様が去っていった通路を眺めていた。

「……寂しい」

 ポツリとこぼれた言葉は、やはりチクチク痛む胸にじわりとしみる。
 あぁ、そうか。僕は寂しいんだ。
 それはそうだ。罪人生活だったとはいえ、一年も世話になった場所だ。
 優しい人もたくさん居て、親しくなった人達も居た。
 だから僕は、学園世話に終わりが見えて、嬉しくも寂しくもあるんだ。
 特にジャッジ様にはたくさん世話になった。たくさん助けてもらった。
 だから寂しくて、だから、だからあの日から僕は──

「……」

 ──今さら僕は、気になったりしているんだ。
 ジャッジ様の手に握られていた花の行方が、どうしても、気になるんだよ。
 
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