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57.信じて
しおりを挟む窓の外はすっかり暗くなっていた。
王都とは違い家と家とが離れたこの村では、夜は風と虫の音しか聞こえない。
灯りも最低限しかないこの家で、薄暗くなった中、僕たちは見つめ合った。
ジャッジ様は思いの丈をすべてが明かしてくれたから、僕も思いっきり返したつもりだ。
けれどジャッジ様からの反応がなくて戸惑う。
自分は何か間違えただろうかと、手を握られたまま不安になっていたら、ジャッジ様はまた静かに口を開いた。
「……それは、ルットも私を愛しているという解釈で間違いありませんね?」
「はい」
「私が貴族だから断れないと──」
「違いますっ!」
「……本心から、私を選んでくださいましたか?」
喜んでくれると思ったのに、まるで信じていないかのような口ぶりに唖然とする。
なぜ今更そんな事を聞くのか。憤りを覚えた僕は、ちょっと不貞腐れながらついつい反論してしまったのだ。
「……そんなに、僕が信用できませんか?」
「信用できないのは自分自身です」
「へ?」
だが、返ってきた答えにまた唖然としてしまった。
あれほど好意を伝えたのに、僕の言葉が信用できないのかと思った。
けれどジャッジ様は自分が信用できないと言うじゃないか。
「ルットが何も言わずに去った事実に、やっと自分がから騒ぎをしていたのだと気づいたのです。自分だけが、勝手に盛り上がっていたと……」
なぜこんなにも確認するのかと思ったが……
「勝手に盛り上がって、浮かれてせっせと準備をして……その結果、アナタを傷つけていた」
思いが伝わらなくて歯がゆくもあったが……それは──
「だからもう間違えたくない。思い込みを捨てて、ルットの思いを正しく知りたい」
「……それは」
それはもしや、僕がジャッジ様にトラウマを植え付けてしまったから?
そう考えると、改めてとても悪い事をしたと思う。
せめて逃げずに挨拶ぐらいしておけば、ここまで拗らせなかっただろうに。
花の行方を気にしただけで好意があると確信した人が、とたんに好意を信じられなくなっている。
完全に僕のせいだ。
だから、どうにかしてジャッジ様を安心させたいと思った。
自分が撒いた種だから、自分がなんとかしないといけない。
じゃあ、どうしたら信じてもらえるだろうかと考えて、考えて──
「ルット?」
──僕は立ち上がり、ジャッジ様の目の前にまで移動した。
座ったままで良いのに律儀に立ち上がろうとするジャッジ様を手で制し、また腰掛けてもらう。
その状態のまま、僕は両手を広げたのだ。
「……っ!? ルット……?」
「あの、好きですよ……?」
「……っ」
そして、ぎゅっとジャッジ様を抱きしめた。
だってこれが一番安心できる行為だと思ったから。
不安そうなリリーも、ぎゅっと抱きしめたら安心してくれたから。
ジャッジ様をリリーと同じ扱いにするのは失礼かもしれないが、僕の頭では他に思いつかなかったのだ。
やってしまってから羞恥心が襲ったが、今更止めたら更に恥ずかしい。
なのでこの勢いのまま、固まってしまったジャッジ様の頭を胸に抱き、何度も何度も伝える事にした。
「僕はジャッジ様が好きです。好きだからこそ、逃げてしまいました。そんな情けない僕なのに、追いかけてきてもらえてとっても嬉しかった……」
まさかいきなり求婚されるとは思わなかったが、順番などどうでも良くなるほど嬉しかった。
「僕はジャッジ様についていきたいんです。他の誰でもなく、ジャッジ様のそばにいたいんです。貴族だからとか関係ない……僕はアナタだから好きになったんだ」
そばに居ると安心した。恋人の噂で苦しくなった。
初めての恋に戸惑ったけれど、それでもジャッジ様が僕を選んでくれるのならば──
「──ずっと一緒に居たいんです。どうか、信じてもらえませんか……」
ありきたりな言葉しか浮かばなかったけれど、これが僕の本心だから。
どうか伝われ、と願えば、ガチガチだったジャッジ様の肩からふと力が抜けるのを感じた。
そしてそのまま、背中に手を回されたのだ。
「……っ」
そして今度は、僕が体を固くする番だった。
だって、思いの外力強く引き寄せられたから。今まで弱々しかったのが嘘のように。
殿下の側近として様々な鍛錬を積んでいるのか、僕とは比べ物にならないほど引き締まった体をしている。
けれどいつもは机に向かう場面ばかり見ていたから、すっかり忘れていた。
そんな中、長い腕に捕まって、体格の違いを初めて意識したのだ。
「ルット」
「は、い……っ」
上ずった声で返事をしたら、胸に埋まっていたジャッジ様の顔がゆっくりとこちらに向く。
そのジャッジ様の顔を見て、心臓が爆発するかと思った。
「あ……」
だって、笑っていたんだ、あのジャッジ様が。
ふわりと柔らかく、愛しそうに目を細めて、僕の頬に触れる。
「良かった……」
そんな顔のまま、幸せそうにそう呟くから、僕はただただ見惚れてしまったんだ。
頬に触れていた指が髪に触れ、後頭部を包むように撫でられる。
気持ちいいような、そわそわするよう不思議な感覚だった。
「口づけても……?」
緊張と、戸惑いと、美しすぎるものに見惚れるのとで、僕の頭は忙しない。
けれどジャッジ様の問いかけは、頭で理解してないくせにとても魅力的に思えて、気がつけばうなずいていたのだ。
そして優しい力で引き寄せられて、ゆっくり合わさった唇は、柔らかくて、熱かった。
ついでにカチリと、鼻に眼鏡が当たった。
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