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第二章
あー!それでしたか!
しおりを挟む「そうだマテオ、なぜ君がここにいるんだ?」
少し不機嫌そうなリュシアンの言葉を聞きながら、アリアは礼儀正しく公爵令息へと尋ねる。
父より、マテオは王太子と一緒に軍の視察に来た、という事までは聞いている。
リエール領は隣国との境に存在しているので定期的に王家の視察は行われているが、王太子が自ら出向いて来る事はあっても、そこにマテオが同行している事があるのは知らなかった。未来の王の側近としての仕事の一環なのだろうか。
アリアの問いかけに、マテオは先にリュシアンに対して「別にいいだろう?」と言った後、少女に対して美しく微笑む。
「ああ、視察はレブリオ王子の仕事だよ。国境の軍事確認でね。
僕の目的はまた別。実は最近、王都でリエール領の特産物が話題になっていてね。そちらに興味があったから、アリア嬢に会いに来るついでで視察に付いて来たんだ。」
「特産物、ですか?」
(...特産物とは?海鮮物?それとも山の幸の事でしょうか?確かにリーエルは自然豊かなので食べ物に関してであれば色々ある気がします。
そして、まるで私に会いに来ることのついでのような言い方をしてますけど、何でしょうか…まだ何か言い残したことがあるのですか…?!)
マテオの意味深な言葉に戦々恐々としながらも、新たに見つかったリエール領地の特産品は、この地に住んでいる者としてもとても気になる。
住んでるのに知らないのかと思われるのも何だか恥ずかしかったが、少女はあまり街へと出向くことも無いので、知らないことも多い。なので、アリアは恐る恐る尋ねた。
「...リエール領の特産物とは、どう言ったものかお伺いしてもよいでしょうか?お恥ずかしいのですが検討がつかなくて。」
「ん?アリア嬢は知らない?こちらで流行しているという珍しいパンの事。」
「パン…。」
「そう、王都に出入りしている商人がこちらで買いつけたパンを、魔法で低温にさせて王都へと送ったんだ。
それを貴族向けに売りに出したところ、買った者がたまたま高位の貴族でね。その屋敷の令嬢がお気に召したらしくて、一気に広まったんだ。市井で売られている物とかなり違っていたようでね。」
(パン...と言いますと。あら?)
リエール領地のパン。
最近流行しているパン。
それってもしかしなくても、アリアのパンの事ではないだろうか。
自分の生み出した製品がまさか王都で既に評判になっているとは思わなかったアリアはくるっと紫水晶の瞳を丸くした。
マテオは微笑みながら話を続ける。
「そのパンがとても美味しいと評判だったから気になっていてね。」
「パン、の事でございましたか。」
「そうなんだ。その言い方だとやっぱり知っていた?
...それでこの後、少し街を歩きたいのだけれど、アリア嬢も是非一緒に行かないかい?」
何故か頬を赤く染めながらそう言ったマテオを、アリアは不思議そうに見つめた。
...何を言っておられるのでしょうか?
街中を、この国の公爵家の令息と連れ立って歩く?
...チラッとその事を考えた瞬間、恐怖にアリアは身体をブルリ、と大きく震わせた。
それは...それは考えただけでも恐ろしい。
アリアの事は知らないわけは無いので(多分)領主の一人娘と、見るからに高貴な貴族が並んで歩いているのを見られ、それがマテオだとバレた時。
そして二人の噂が流れに流れて王都に到着してしまった時。それはもう物語からは既に脱出しているはずのアリアが、良くない意味でまた登場してしまう気がして、気が気でならない。心が全く休まらない。
あ、何か見えた、すごく怖い顔の侯爵令嬢が!
無理、絶対。ダメ、絶対!
それは断固阻止したいです...!!
「あ、あああの!」
「何?どうしたの?」
「パ、パンを、食べられたいのですよね?」
「そうだよ。何でも街中の小さな雑貨屋の角にある販売店が一番人気があると聞いてるから、そこに行きたいんだ。」
(あーーーーーー!!
それは完全に私のお店ですねーーーーー?!
嬉しいのですがあそこに一緒に行くのは勘弁ですーーーーーーーっ!)
こうなってしまっては仕方がない。
「...ア、アレンダラス公爵令息様、ご提案があります。」
「僕の事はマテオと呼んで。」
「...マ、マテオ公爵令息様。」
「マテオ。公爵令息はいらないよ。」
「...マテオ様、あの、ご提案が「私のこともリュシアンと。」
会話に割り込んできた隣国の王太子にアリアはギョッとする。リュシアンは会話に置いていかれて面白くないのか、どこか不服そうにしている。けれど、そんな事出来るわけない。不敬すぎて死罪になってしまうかもしれない。
「も、申し訳ございません、アレキサンドラト王太子殿下。そのようにわたしがお呼びする事は、お、恐れ多いことですので...。」
「私が良いと言ってるのだから良いんだよ。マテオだけ名前を呼んでもらえるなんてずるい。」
「ず...?」
(ずるいとは何でしょう?何に対して?わたしが名前を呼ぶと何か良いことでもあるのでしょうか...?
...ハッ!もしや!親族であるが故に同じ扱いでなければ駄目とか?!...)
何故そんな子どもみたいな事を...とアリアは一瞬思ったが、リュシアンの表情からして本気で言っているようだった。
このままでは話が進まないと思い、アリアは覚悟を決めた。
「...畏まりました。......リュシアン殿下。」
「リュシアンとは呼んでくれないのかい?」
「こ、これ以上は出来ません。」
「...分かった。それで妥協しよう。」
若干不服そうな顔をしているものの、それでも納得したのかリュシアンは小さく笑みを浮かべると、そのままソファーの背もたれにもたれかかった。
ホッとしたアリアは、話の続きをする為にマテオに向き合った。そして一度大きく息を吸い込むと。
「パン作りしてるところを、見られますか?」
と、言った。
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