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翌日、船に乗って自分で漕いで帰った司祭を見送りながら、ふと何故ゲームでは翌日に彼の遺体を引き渡せたのだろうと思った。
こちらから本土へ呼びかける方法はなく、1週間に1回のみ司祭が食料補給と相談に訪れることが唯一の連絡手段であるはずなのに。
考えても詮無きことではあるが、何か引っ掛かる。
ゲーム故のご都合主義であればいいが、もやもやとした胸の閊えが取れない。
無意味かもしれないが、ドーパの件同様一応このことも覚えておこう。
「さて、昨日見られなかった物置と加工場でも見に行きますか」
頭をひとつ振り、ぐっと伸びをした俺は魔物のドタバタで中止された施設確認の続きを1人で敢行することにした。
なお、イクスキャリバーは今日も俺の背にしっかりとある。

「物置では右の棚の2段目と縄の間と樽の横にアイテムありっと」
まず物置に向かった俺は記憶にある入手可能なアイテムを見つけて自分の部屋へと持ち帰った。
それは戦闘で必要な『回復薬×5』『古びた剣×2』『こん棒×2』だ。
これが見つかってしまうと大団円エンドの発生条件である『王子と出会うまで戦闘禁止』が気づかないうちに破られてしまうかもしれないので、何より先に回収して隠さなければならない。
場所はどこにしようとぐるりと部屋を見回し、どう頑張ってもベッドの下しかないことに少しだけ気落ちする。
まるで思春期の少年の宝物の隠し場所のようではないか、と。
あ、でも俺布団だったから隠したことないわ。
思春期の少年諸君、宝物を隠すなら普段使わずに押し入れにしまっている大きなカバンの中がおすすめだぞ。
誰に向かって言っているのか自分でも疑問なことを思いながら作業を終えた俺は、休む間もなく次の場所へと向かった。

「えーっと、どれだ…。これか?」
俺は次の目的地の加工場、ではなく浜辺を歩き、目的の物を見つけた。
『流れ着いたボロボロの革鞄×1』。
なんとこれ、加工場でドーパの手に渡ると『革グローブ×1』という恐ろしい物に進化する。
俺の目指す未来のために、こちらもベッドの下行きとなった。
その後、加工場にはアイテムが何もないので、場所だけ確認して俺の施設確認は終わった。

昼。
俺は思ってもみなかった事態に遭遇する。
「それは…間違いなく?」
大声でマジかよと言いたいところだが一応清く正しい修道女の皮を被っている俺は、頭に手をやり呻くドクトにゆっくりと念押しで確認する。
「はい、残念ながら間違いなく」
そしてそれにぷるぷると頭を振ることで答えるドクトを見て、揺れる金髪を掴んでぶん投げたい衝動にかられたが寸でのところで耐えた。
彼に罪はない。
誰にあるのかと言えば、なんと俺が助けた司祭にだ。
彼は昨日魔物に命を脅かされたことで酷く動転していたのだろう。
自分が持ってきた補給用の食料をそのまま持って帰ってしまうくらいに。
「船を降りる時にでも気がついてくれれば再び持って帰って来てくれるとは思いますが、お昼には間に合いませんね…」
というか下手をすると明日の朝まで食料がない可能性がある。
もちろんこんなことはゲームでは起きない。
あったら何が何でも対処したわ。
なるほど、迎えの船が来てくれないとこんなイレギュラーも起こるのかと変に学習したところで、さてどうするか。
「食料は全くないんですか?」
食事の支度は基本的に囚人たちが行うことになっているので、俺はここへ来てから一度も台所へは立ち入っていない。
だから食糧事情も全くわかっていなかったので再びドクトに確認してみる。
「衛生管理のため補給日の夕食には前回補給分を使い切る規則があるので、今残っているのは非常用の小麦粉と調味料だけですね」
悔し気に返したドクトの言葉に、俺の胸にも悔しさと切なさが込み上げてくる。
ほんとになんであの時先に積み荷を降ろしておかなかったのかと。
船酔いをしたことは翌日になっても俺を苦しめるのだ。
返す返すも悔しいが、嘆いていても事態は好転しないとため息一つで気持ちを切り替える。
「ないものは仕方ありません。幸いにも小麦粉があるのなら、ホウトウもどきでも作りましょうか」
具はなにもないし、調味料だけでは味に深みも出ないが贅沢は言っていられない。
小麦粉のみでできることなど限りがあるのだから我慢してもらおう。
そう思っていた俺に、
「「「ホウトウ…?」」」
と聞き返すドクトと、昼食当番でずっとドクトの後ろにいたグランプとハーピスの声が重なる。
背中を氷で撫でられたような寒気をきたす嫌な予感がする。
「ネージュ、ホウトウとは何ですか?」
「聞いたこともない言葉だけど、料理名なの?」
その予感を肯定するようにドクトとハーピスから質問が飛ぶ。
…そういや白雪姫の発祥ってドイツだったし、話し的にホウトウなんて料理このゲームに出て来やしねぇよな。
日本で作ったゲームだからと油断していた。
そんな心の悲しみを抱えながら、再び俺はため息で気を落ち着けるとホウトウの説明を始めた。
「ホウトウというのは東にある島国の伝統料理で、小麦粉を水で練ったものをパスタ代わりにスープに入れた料理です」
実際は出汁からして全然違うけれど、彼らに理解させるためにはこういう言い方のがわかりやすいのではと判断し、俺は雑に説明を続けていく。
「小麦粉に少しずつ水を加えて、耳朶くらいの硬さになったら茹でる。茹で上がったらスープに入れて、味が染み込んだらたら完成です」
多分ね。
俺、作ったこともなければ食べたこともないから。
3人を安心させるためにさも当然のような顔をして説明したが、本当にそれで合っているかどうかはわからない。
それでも他に食べるものはないのだから、挑むしかない。
人生は挑戦の繰り返しだ。

実際に作ってみれば、小麦粉全体に水が行き渡ってなかったり水を入れすぎて柔らかくなりすぎたりしたものの何とか完成させたホウトウを、海で見つけてきた二枚貝(名前不明)を数個出汁として入れて味を塩コショウとオリーブオイルでつけただけのスープに入れた簡素で適当な昼食は、思いの外好評だった。
文句を言う者はいないと思っていたが、全員が完食し、今後もたまに作ろうという話が出るほど気に入られるとは思ってもみなかった。
もしかして日本食がないから物珍しいのかもと思い、今日の夕飯は日本食風にしてみようかなと思った。
尤も、今から挑む賭けに勝てたら、だが。
昼食の後片付けを双子とバッシルに任せ再び海岸に来た俺は、手ごろな枝と打ち上げられた投網のようなものと金属っぽいものを拾って食堂に取って返した。
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