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目を開けると、そこは監獄島にある俺の部屋のベッドの上だった。
今見た夢はなんだったのか。
考えるよりも先に人の動く気配と声が聞こえた。
「ドクト、ネージュが起きた」
呆然と目を開いていた俺の枕元にはバッシルが立っていて、首を巡らすと机のところにはドクトとハーピスがいた。
「ああ、気がつきましたか。気分はどうですか」
バッシルの声に近寄ってきたドクトが気遣わし気に俺を見る。
医者だけあって俺の看病をしていてくれたらしい。
他の2人はなんでいるのかわかんないけど。
「えっと、多分大丈夫です」
俺は体を起こしながらドクトに答える。
さっきまで見ていた夢が本当であるなら、恐らく俺はおじさんに呼ばれたから意識だけあの不思議な場所へ向かったのだろう。
そのせいで意識のなくなった身体が倒れただけなのだから、具合が悪くなっていることはないはずだ。
副作用とかがなければ。
「バッシルが慌てていましたよ。真珠を見せた瞬間に悲鳴を上げて倒れたから、自分のせいではないかと」
手をグーパーグーパーと開いたり閉じたりしながら不調がないか確かめていた俺は続くドクトの声に顔を上げる。
「え?なん…どうしてですか?」
そんな思ってもいなかった言葉に地が出かけたが、何とか誤魔化しバッシルを見る。
すると普段は眼鏡の奥に隠されている神秘的な雰囲気の金色の瞳がゆっくりと揺らいだように見えた。
「俺があんたに真珠を見せた瞬間叫んで倒れたから、卒倒するくらい真珠が嫌いなのかなって」
そう言うとバッシルは小さな端切れでできた包みを俺に見せる。
膨らみ方から察するに、さっきの真珠がその中にあるようだ。
「俺、あんたに喜んでほしかったんだ」
それをぎゅっと強い力で握り込み、バッシルは言葉を続ける。
「この島には今まであんたみたいに派遣された修道女が何人か来た。でもみんな顔は笑ってるのに目が笑ってなくて、嫌々ここへ来たことを隠そうともしない奴もいて、俺、あいつら大嫌いだった」
彼から紡がれた言葉に、俺は目を瞠る。
え?前任者とかいたの?
と思ったが、おじさんも言っていた通りここは現実なのだ。
全員がネージュが島に派遣されたタイミングで投獄されたわけではない。
改めて俺はそれを理解した。
「でもね、あんたは違ったんだよ」
一人納得していると、普段のコミュ障が信じられないくらいバッシルは真っ直ぐに俺に気持ちをぶつけてきた。
「船酔いで部屋に籠ったって聞いた時はまたかと思った。でも食堂で挨拶した時の表情に嫌な気持ちが見えなかった。司祭のおっさんの話やドクトたちの言葉を穏やかな目で聞いてて、俺のことやハーピスのことも変な目で見ないで、ドーパの態度にも嫌な顔一つしないで。俺はもしかしたら先入観であんたを歪めて見ようとしてたんじゃないかって思った。そしたら」
「そしたらネージュは魔物から司祭を守った。あの人、囚人に気を許しすぎてるからって他の教会関係者から嫌われてるって聞いてたから、すごく意外だったよ」
バッシルが涙声になってきていたことに気がついてか単に自分が話したかっただけかわからないが、ハーピスが彼の言葉を継ぐ。
バッシルの反対横の枕元に膝をついて、右手の背でそっと俺の頬を撫でていく。
彼は自己紹介の時のように口元をうっすら緩めていた。
「あの人だけなんだ。ここに来てから俺たちのために何かを真剣にしてくれた人。だから俺たちはあの人が好きだし、信じられる」
まあ今日一瞬殺意を覚えたけど、と苦笑しながらハーピスは俺を見る。
「ありがとな。俺たちの大事な人を助けてくれて。言うタイミング逃したから、礼が遅くなっちまったけど」
「そんな、お礼なんて」
そう言うなりがばっと頭を下げたハーピスに必要ないと思わず手を伸ばそうとすると、横からその手を取られた。
「よくありませんよ。人から嬉しいことをされたらお礼を言うのは当然です。私たちは全員あなたに感謝しているのですから、どうかこの気持ちを受け取ってほしいのです」
手に取った俺の右手を両手で包んだのはドクトで、彼はベッドの横に跪くと目を瞑り、その手を己の額につけた。
「ありがとうネージュ。この島に来たのが貴女で本当によかった」
彼の形のいい唇が薄い弧を描き、閉じたまつ毛の隙間には煌めくものを見たが、俺はそっと目を逸らした。
男性が泣く姿を外見だけとはいえ女性に見られるのは恥ずかしいだろうと慮った結果ではない。
ただ単にイケメンの過剰供給に耐えられなかっただけだ。
「だからこれは俺たちからの感謝の気持ちだったの」
気持ちが落ち着いたらしいバッシルが再度口を開き、握りしめた真珠を見る。
「倒れるくらい嫌いだなんて思わなかったから、その、本当にごめん」
そう言って彼も頭を下げた。
下から見上げたその瞳には、また揺らめきが戻ってきている。
ああ、こいつってこんなに泣き虫なんだ。
なんだよ、俺がモデルとか言って、全然似てないじゃないか。
やっぱりちゃんと別の人間なんだな。
彼には悪いがそんなことが妙に嬉しくて、気がつけば俺は笑っていた。
「こちらこそごめんなさい。真珠が嫌いで倒れたわけではないの。きっと、そう、私も緊張をしていて、あの時にその糸が切れてしまっただけだと思うの。だから貴方は何も悪くない」
そう言ってドクトに握られていない左手で彼の長い深緑色の髪をかき分け、その下にある綺麗な金色と目を合わせる。
「こんなに綺麗なものを見つけてくれてありがとう。まだ間に合うのなら、受け取ってもいい?」
俺はちゃんと笑って言ったのに、それを見たバッシルの瞳にはまた涙が溜まっていく。
「もちろん。貰ってくれなきゃ困る」
そう言って彼は左手をベッドについて少し屈み、頬に添えられている俺の左手を右手で握ると、涙を湛えた瞳を細めて笑った。
不器用なその笑みは、しかし流れた涙の輝きで儚くもとても美しいものに見えた。
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