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騒ぎの後、客をもてなすところではないと判断したジュリアは彼女たちを帰宅させた。
お詫びのクッキーを包み、支払いはなしとした。補填は問題を起こした男たちと雇ったライバル店に請求する予定だ。
喫茶店「レディーロラン」に残ったのはジュリアと従業員、アベル、アルマと護衛騎士、そして先程問題になった男3人組だった。
アベルの尋問が効いたのか、必要な情報がさくさくと集まった。証拠の手紙も差し押さえられた。
「なるほど、大体は理解できました」
アルマは情報を整理した。
お気に入りの喫茶店でガラの悪い男がきたと報告を受け、護衛騎士を連れて助けに入ろうとしたが既に片が付いていた。
助けたのは変装していたアベル・アガリア伯爵。
変装していた理由は離婚した元妻ジュリアの様子が気になって、静かに見守りたかったから。
「ジュリアさんはベルティー男爵の娘さんだったのね」
総括して出た言葉がそれであった。
「はい。あの、騙すつもりはなかったのです。アルマお嬢様」
「別に怒ってないわ。そうよね。本棚の並びやあなたの会話から出る知識の豊富さで気付いてもよかったわ」
婚約者が勧めるコーヒーサロンの姉妹店のスタッフならそれくらいの教養を受っているのだろうと考えてしまっていた。
実は、母がジュリア・ベルティーを探していたのだ。アルマと弟妹たちの家庭教師に。
母も同じ低い爵位の出で、学者の家系でジュリア・ベルティーに強い親近感を抱いていた。
夫に冷遇されても仕方ない夫人というイメージを変える為、妹のデビュタントでシャペロンを依頼しようとさえ考えていた。
離婚した彼女の行方はつかめず、実家にもいないという。世に嫌気さして修道院に籠っているのではと、しらみつぶしに修道院通いしていた母の姿を思い浮かべた。
こんな近くにいるなんて灯台下暗しね。
もしかしたら婚約者のレイモンドは知っていたのかもしれない。
アルマの不満はどちらかというと婚約者へと向けられた。
「裁判で必要な弁護士は大丈夫ですか? 我が家のお抱えを紹介しますが」
「はい。大丈夫です。会社顧問の弁護士もいますし、いざとなれば兄を頼ります」
これだけ証言が揃えば大丈夫なはずだ。
ライバル店の親会社が厄介な家でなければ。
「では、ライバル店についての調べをさせましょう」
「いえ、お嬢様に迷惑をかける訳には」
「もうかかっています。私の癒しの場をこの方々は壊そうとしたのだから!」
アルマはフンスと怒り出した。
はじめて会った時より年齢相応な表情豊かな令嬢になったものだ。
令嬢たちのコーヒーブームの先駆けになったことで父と衝突せず、今は一緒にコーヒーの香りで感想を言い合う仲だという。
「それでアガリア伯爵は何故こちらへ?」
アルマはじっとアベルに視線を向けた。
その視線は警戒心だった。
まさか今更よりを戻したいと言いにきたのでは?
そうなればジュリアは喫茶店に顔を出さなくなるかもしれない。
大事な憩いの場、オアシスを奪う敵と認識している目であった。
それをみてアベルは安堵感を覚えた。
ジュリアは自分の場所を作り上げている。
自分がいなくても幸せを掴む度胸と行動力がある。危なっかしい部分はあるが、こうして彼女の味方になる存在もいるのだ。
ジュリアの生活に自分は必要ない。
同時に寂しさを覚えた。
口にすれば今更だと言われるだろう。
「ジュリア」
アベルの呼ぶ声でジュリアは緊張した。
久々の彼の雰囲気はずいぶんと変わったように思える。
「君に謝らなければと思った。だけど、どの面下げてと自分でも思い、隠れてみるしかなかった」
アベルは頭を下げた。
「私が悪かった。言い訳はしない。君の8年間を無駄にしてしまったのだから」
そして懐から紙を出した。
金額が書かれた小切手である。
金額はジュリアが離婚をした時の額そのままだった。
「離婚の原因は私にある。慰謝料は必要ない。むしろ私が払うべきだろう。金額は後日弁護士を通して伝えたい」
震える手でジュリアに渡そうとしたが、ジュリアの手が動く気配はない。
当然か。
アベルは小切手をテーブルに置いた。
「これは君のものだ。受け取ったからと私を許す必要はない」
それを言い残して、アベルは店を立ち去ろうとした。
できれば、後数日で戦場に赴くことになるが、そんなことは言わないでおこう。
彼女の決意を揺らす行為につながるかもしれない。
これからは弁護士を立てて、彼女の新しい人生に関わらないようにしなければならない。
それがアベルに残された許された行動だと思った。
「待ちなさい」
ジュリアは店の中から適当なものを紙袋に詰め込んだ。
「簡単にコーヒーが飲めるドリップ袋よ。あとはチョコクッキー、飴玉」
紙袋をアベルにさしだす。
「さすがに助けてくれたお礼をしないほど薄情
な女じゃないつもりよ」
視線は横に逸らしながらいうジュリアにアベルは笑みをこぼした。
「紛争地がいち段落したらまた来なさいよ。勿論許すわけはないわ。よりを戻す気はないわ。ただ、私とあなたはお互いを知らなすぎる。もう夫婦には戻れなくてもコーヒー仲間にくらいはなれるんじゃないかしら」
勿論アベルにその気があればの話だが。
アベルが言わなくてもジュリアは知っていた。コーヒーサロンで得た情報で時勢を読む力は備わっていたから。
このままアベルが紛争地に行くことを理由にジュリアに強く出なかった。それだけでも彼が変わったと理解できた。
「そうだな。私たちは何も知らないままだった」
今更すぎること。
もう関係を修復できない。
だが、これからの行動次第で新しい関係を築くのはできるかもしれない。
お詫びのクッキーを包み、支払いはなしとした。補填は問題を起こした男たちと雇ったライバル店に請求する予定だ。
喫茶店「レディーロラン」に残ったのはジュリアと従業員、アベル、アルマと護衛騎士、そして先程問題になった男3人組だった。
アベルの尋問が効いたのか、必要な情報がさくさくと集まった。証拠の手紙も差し押さえられた。
「なるほど、大体は理解できました」
アルマは情報を整理した。
お気に入りの喫茶店でガラの悪い男がきたと報告を受け、護衛騎士を連れて助けに入ろうとしたが既に片が付いていた。
助けたのは変装していたアベル・アガリア伯爵。
変装していた理由は離婚した元妻ジュリアの様子が気になって、静かに見守りたかったから。
「ジュリアさんはベルティー男爵の娘さんだったのね」
総括して出た言葉がそれであった。
「はい。あの、騙すつもりはなかったのです。アルマお嬢様」
「別に怒ってないわ。そうよね。本棚の並びやあなたの会話から出る知識の豊富さで気付いてもよかったわ」
婚約者が勧めるコーヒーサロンの姉妹店のスタッフならそれくらいの教養を受っているのだろうと考えてしまっていた。
実は、母がジュリア・ベルティーを探していたのだ。アルマと弟妹たちの家庭教師に。
母も同じ低い爵位の出で、学者の家系でジュリア・ベルティーに強い親近感を抱いていた。
夫に冷遇されても仕方ない夫人というイメージを変える為、妹のデビュタントでシャペロンを依頼しようとさえ考えていた。
離婚した彼女の行方はつかめず、実家にもいないという。世に嫌気さして修道院に籠っているのではと、しらみつぶしに修道院通いしていた母の姿を思い浮かべた。
こんな近くにいるなんて灯台下暗しね。
もしかしたら婚約者のレイモンドは知っていたのかもしれない。
アルマの不満はどちらかというと婚約者へと向けられた。
「裁判で必要な弁護士は大丈夫ですか? 我が家のお抱えを紹介しますが」
「はい。大丈夫です。会社顧問の弁護士もいますし、いざとなれば兄を頼ります」
これだけ証言が揃えば大丈夫なはずだ。
ライバル店の親会社が厄介な家でなければ。
「では、ライバル店についての調べをさせましょう」
「いえ、お嬢様に迷惑をかける訳には」
「もうかかっています。私の癒しの場をこの方々は壊そうとしたのだから!」
アルマはフンスと怒り出した。
はじめて会った時より年齢相応な表情豊かな令嬢になったものだ。
令嬢たちのコーヒーブームの先駆けになったことで父と衝突せず、今は一緒にコーヒーの香りで感想を言い合う仲だという。
「それでアガリア伯爵は何故こちらへ?」
アルマはじっとアベルに視線を向けた。
その視線は警戒心だった。
まさか今更よりを戻したいと言いにきたのでは?
そうなればジュリアは喫茶店に顔を出さなくなるかもしれない。
大事な憩いの場、オアシスを奪う敵と認識している目であった。
それをみてアベルは安堵感を覚えた。
ジュリアは自分の場所を作り上げている。
自分がいなくても幸せを掴む度胸と行動力がある。危なっかしい部分はあるが、こうして彼女の味方になる存在もいるのだ。
ジュリアの生活に自分は必要ない。
同時に寂しさを覚えた。
口にすれば今更だと言われるだろう。
「ジュリア」
アベルの呼ぶ声でジュリアは緊張した。
久々の彼の雰囲気はずいぶんと変わったように思える。
「君に謝らなければと思った。だけど、どの面下げてと自分でも思い、隠れてみるしかなかった」
アベルは頭を下げた。
「私が悪かった。言い訳はしない。君の8年間を無駄にしてしまったのだから」
そして懐から紙を出した。
金額が書かれた小切手である。
金額はジュリアが離婚をした時の額そのままだった。
「離婚の原因は私にある。慰謝料は必要ない。むしろ私が払うべきだろう。金額は後日弁護士を通して伝えたい」
震える手でジュリアに渡そうとしたが、ジュリアの手が動く気配はない。
当然か。
アベルは小切手をテーブルに置いた。
「これは君のものだ。受け取ったからと私を許す必要はない」
それを言い残して、アベルは店を立ち去ろうとした。
できれば、後数日で戦場に赴くことになるが、そんなことは言わないでおこう。
彼女の決意を揺らす行為につながるかもしれない。
これからは弁護士を立てて、彼女の新しい人生に関わらないようにしなければならない。
それがアベルに残された許された行動だと思った。
「待ちなさい」
ジュリアは店の中から適当なものを紙袋に詰め込んだ。
「簡単にコーヒーが飲めるドリップ袋よ。あとはチョコクッキー、飴玉」
紙袋をアベルにさしだす。
「さすがに助けてくれたお礼をしないほど薄情
な女じゃないつもりよ」
視線は横に逸らしながらいうジュリアにアベルは笑みをこぼした。
「紛争地がいち段落したらまた来なさいよ。勿論許すわけはないわ。よりを戻す気はないわ。ただ、私とあなたはお互いを知らなすぎる。もう夫婦には戻れなくてもコーヒー仲間にくらいはなれるんじゃないかしら」
勿論アベルにその気があればの話だが。
アベルが言わなくてもジュリアは知っていた。コーヒーサロンで得た情報で時勢を読む力は備わっていたから。
このままアベルが紛争地に行くことを理由にジュリアに強く出なかった。それだけでも彼が変わったと理解できた。
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