罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

初めての彼氏

　学校一のイケメン王子こと向坂秀星こうさかしゅうせいは俺のことが好きらしい。なんでそう思うかって、現在進行形で告白されているからだ。

「柿谷かきたにのこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」

　そうか、向坂は俺のことが好きなのか。
　学年が同じってこと以外接点がなかったから全然気づかなかった。ていうか向坂、俺のこと知ってたんだ。
　内心ではいろんな驚きがあったけど、その感情が表に出ることはなかった。裏で鉄仮面なんてあだ名がつくくらい、俺の表情筋はカチコチなのだ。
　ぼんやりした顔のまま返事をしない俺に焦れたのか、向坂が地面に落としていた視線を上げた。

「返事は？」

　緊張してるからなのか、向坂の声は硬かった。声だけじゃなくて表情も硬い。硬いと言うか怒ってる？　不服そう？
　少なくとも、校舎裏で好きな人に告白するっていう青春シチュエーションからはかけ離れたオーラを纏っている。
　俺の反応が鈍いから怒らせてしまったのかもしれない。これ以上怒らせないように、俺なりに頑張って笑顔を作ってみた。

「俺でよければ、お願いします」

　普段使わない筋肉を使ってるせいで、口の端がピクピクした。頑張ってアーチを作った瞼も痙攣してる。
　ど下手くそな笑顔もどきの俺と不機嫌な向坂。側から見たら告白じゃなくて決闘に見えたかもしれない。
　しばらくの間、向坂は何も言わなかった。
　OKを貰えたことに感激してる、わけではもなさそうだ。むしろ、さっきより不機嫌オーラが増した気がする。

「それって、付き合うってこと？」
「うん。俺でよければ」
「……俺、男だけど」
「知ってるよ。あ、俺も男だけど大丈夫？」
「……マジかよ」

　え、まさか俺のこと女の子と勘違いしてたのか。
　悲しいかな、俺はどこにでもいる普通の男だ。女の子に間違われるような中性的な美少年では断じてない。
　ていうか普通に男子の制服着てるし。トイレも更衣室も男子用のを使ってるし。
　それで勘違いするって、向坂は超ド級の天然さんなのだろうか。
　予想外の展開に内心では動揺MAXだったけど、相変わらず俺の表情筋は硬い。

「……柿谷ってやっぱゲイなんだ？」
「うん」
「……俺のこと好きなの？」

　それはどうだろう。
　別に向坂のことは嫌いじゃない。でも、好きになるほど向坂のことをよく知らなかった。
　だからこそ、これから好きになれる可能性は無限大だ。
　好きだから付き合う。じゃなくて、付き合ってから好きになるパターンじゃダメなんだろうか。わざわざ聞くってことは、後者じゃダメなのかもしれない。
　しばらく悩んだ末に、こくんと小さく頷いていた。

「好き」
「……マジか」

　くしゃりと前髪をかき上げた向坂はイケメンだった。
　なんかちょっと嫌そうというか、なんなら最悪だ、みたいな雰囲気を感じないでもない。いやでも、これは向坂なりの照れ隠しなのかも。だって向坂、俺のこと好きみたいだし。

「これからよろしくお願いします」

　ぺこりと頭を下げる。
　十秒くらいの間があって、「ん」と向坂が返事なのか吐息なのかわからない声を漏らした。
　顔には出なかったけど、内心では小躍りしたいくらい嬉しかった。
　人生で初めて人に好きになってもらえた。一生無理かもと諦めていた彼氏ができた。
　後になって思えば、俺はもうこの時点で向坂のことを好きになりかけていたんだと思う。

「とりあえず、連絡先交換しますか」
「……ん」

　緊張して敬語になった俺と、相変わらず吐息みたいな返事の向坂。それを照れ隠しだと思っていた俺は宇宙一おめでたい奴だったわけだけど、この時は有頂天すぎてそのことに一ミリも気づかなかった。

「じゃあまた明日」
「……ん」

　かくして、俺たちはお付き合いを始めた。