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番外編
他愛もない犬の話。
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「最近、犬を飼おうか迷ってるんですよねぇ」
近くの食処で昼食を摂っていたら、成子がそんな事を言い出した。
「成子は犬派か」
先日のゴルフで益子に負けて一週間分の昼食を奢る羽目になった真壁が口を挟んだ。
「はい。常務は?」
「うーん。どちらかと言えば犬かな」
益子はせっかく部長に昇進したのだが、彼女は秘書課に異動してしまった。コンソメスープの約束は果たされそうにない。
おまけに中間管理職は思ってた以上につまらない。なので肩書きは変わったものの、営業マンの一人として動き回っているのだが、以前よりその数は減っていて、楽すぎて気持ち悪い。
正直、休みになんの予定もないと不安でどうしていいかわからない。それならば、ゴルフでもボウリングでも、登山でもスキーでも、キャバクラでもラウンジでも誘われたら、すぐに顔を出す。フットワーク軽すぎ問題と某バラエティー番組風に茶化されても暇をもて余すよりずっといい。
「犬、いいですよねぇ」
と成子がちょっと表情を緩めた。
「従順で甘えん坊で呼んだらすぐ膝の上にくるところとかな」
と真壁も口角を上げた。
「オヤツとか大好きで喜んで食べてるところを見ると癒されます」
成子は実家に犬がいるようだ。
「食べている様子を眺めていると可愛くてついつい与えてしまうんだよな」
と相づちを打つ真壁。
「でも与えすぎはよくないですよ。肥らせすぎは虐待ですって」
「いや、運動もさせている。一緒にできるメニューをちゃんと考えてしている」
「そうなんですね。いいなぁ。小型犬ですか?」
「いや、どちらかといえば中型かな」
「ミックスですか?」
「日本の純血だ」
「どちらかからもらってきたんですか?」
「ああ。きちんと手続きを踏んで」
「血統書つきですか。すごい。やっぱり躾はきちんとしてらっしゃいます?」
「ああ。マナーは弁えている。が、家にいるときは俺が甘やかしてつい、なあなあになることも多々ある」
「うちの実家の犬、噛みぐせがあって困ってたんですけど、トレーナーさんにお願いしたらなおったんです。常務はそういうのありませんでした?」
「いや、噛むのはどちらかといえば俺がやってしまう。舐めるのは好きみたいだ」
「マズルを口にいれたりする人いますもんね。あ、常務はいつもお忙しそうですけれど、散歩とか大変じゃないですか?」
「外に出たがるんだが、俺は閉じ込めて置きたいタイプなんだよ」
「それはダメです! 虐待になりますって」
「わかってるよ。だからちゃんと好きに外出できるようにしてあるんだ」
「えっ。そんな、田舎の田んぼの真ん中じゃないんですから、放し飼いはダメですよ」
「放し飼いはしてない。離すわけにはいかないんでね」
「はいストップ。ナチュラルに嫁の話を混ぜるのやめてもらっていいですか」
益子が顔をしかめて真壁にいう。
「えっ」
成子はまだよくわかっていないようだ。
「えー。俺だってたまには恋バナくらいしたい」
「なにが恋バナだ」
「だってあからさまにしたらセクハラになりかねないだろ?」
「えっ。恋バナならむしろ歓迎ですよ、私は」
「あ、本当?」
「やめとけ。三日酔いと胸焼け並みの苦痛だぞ」
「益子ひどいな」
「言っておきますが、真壁さん。俺、嫁と面識ありますからね?」
「!!」
珍しく真壁が表情を強張らせた。
「どういう生活を送ってらっしゃるか、そりゃもう手に取るようにわかりました」
益子が人の悪い笑みを浮かべる。
「なにかに目覚めそうなんだが」
と真壁が胸を押さえて呼吸を整えている。
「是非とも眠らせといて下さい。あと、成子。一人暮らしなら犬飼うのやめとけ」
「いき遅れるとかおっしゃるんでしょ?」
「違う。普通に犬が可哀想だからだよ。相手も生き物だぞ。お前が一人で寂しい思いをしてるのと同じように、お前がいない間、犬が寂しい思いをするんだぞ。犬が可愛いならそんな飼い方するな」
「益子さん……」
成子はハッとしたように益子を見つめる。
「目から鱗とはこのこと……!」
成子は目を輝かせて手を叩いた。
「じゃあ彼女の寂しさはお前が埋めてやるんだな」
「はっ?」
「犬飼うのを阻止した責任取れよ」
「いやいや、真壁さん。成子にも選ぶ権利がありますからね? なあ、成子」
益子が慌てていうと真壁はニヤリと笑った。益子と視線がぶつかると成子は顔を真っ赤にさせて下を向いた。
「さて老兵は去ろう。年寄りは金を出して口出ししないのが一番だからな」
と注文書を持って席を立った。
「真壁常務、ごちそうさまでした」
成子が頭を下げる。
「こちらこそ」
にこやかに片手を上げ、座敷を出ていった。
有給は誰かと合わせれば退屈しない。
益子は思う。
なるほど、その手があったか。
「成子って、休み決まってんの?」
「えっ、あっ、はい。益子さんは?」
「有給消化しろって言われてるんだけど」
「私はまだ土日祝日が休みなんですけど、益子さんはそういうとこにお休みとれますか?」
「取ったらどっか行く?」
「はいもちろん!」
成子の力強い返事が可笑しかった。
彼女に尻尾が見えるようだ。
その様子を見ていると、なんだか自分にも同じものがついている気がしてきた。
ぶんぶんぶん。風を切る。パタパタパタ。どこにいこう?
近くの食処で昼食を摂っていたら、成子がそんな事を言い出した。
「成子は犬派か」
先日のゴルフで益子に負けて一週間分の昼食を奢る羽目になった真壁が口を挟んだ。
「はい。常務は?」
「うーん。どちらかと言えば犬かな」
益子はせっかく部長に昇進したのだが、彼女は秘書課に異動してしまった。コンソメスープの約束は果たされそうにない。
おまけに中間管理職は思ってた以上につまらない。なので肩書きは変わったものの、営業マンの一人として動き回っているのだが、以前よりその数は減っていて、楽すぎて気持ち悪い。
正直、休みになんの予定もないと不安でどうしていいかわからない。それならば、ゴルフでもボウリングでも、登山でもスキーでも、キャバクラでもラウンジでも誘われたら、すぐに顔を出す。フットワーク軽すぎ問題と某バラエティー番組風に茶化されても暇をもて余すよりずっといい。
「犬、いいですよねぇ」
と成子がちょっと表情を緩めた。
「従順で甘えん坊で呼んだらすぐ膝の上にくるところとかな」
と真壁も口角を上げた。
「オヤツとか大好きで喜んで食べてるところを見ると癒されます」
成子は実家に犬がいるようだ。
「食べている様子を眺めていると可愛くてついつい与えてしまうんだよな」
と相づちを打つ真壁。
「でも与えすぎはよくないですよ。肥らせすぎは虐待ですって」
「いや、運動もさせている。一緒にできるメニューをちゃんと考えてしている」
「そうなんですね。いいなぁ。小型犬ですか?」
「いや、どちらかといえば中型かな」
「ミックスですか?」
「日本の純血だ」
「どちらかからもらってきたんですか?」
「ああ。きちんと手続きを踏んで」
「血統書つきですか。すごい。やっぱり躾はきちんとしてらっしゃいます?」
「ああ。マナーは弁えている。が、家にいるときは俺が甘やかしてつい、なあなあになることも多々ある」
「うちの実家の犬、噛みぐせがあって困ってたんですけど、トレーナーさんにお願いしたらなおったんです。常務はそういうのありませんでした?」
「いや、噛むのはどちらかといえば俺がやってしまう。舐めるのは好きみたいだ」
「マズルを口にいれたりする人いますもんね。あ、常務はいつもお忙しそうですけれど、散歩とか大変じゃないですか?」
「外に出たがるんだが、俺は閉じ込めて置きたいタイプなんだよ」
「それはダメです! 虐待になりますって」
「わかってるよ。だからちゃんと好きに外出できるようにしてあるんだ」
「えっ。そんな、田舎の田んぼの真ん中じゃないんですから、放し飼いはダメですよ」
「放し飼いはしてない。離すわけにはいかないんでね」
「はいストップ。ナチュラルに嫁の話を混ぜるのやめてもらっていいですか」
益子が顔をしかめて真壁にいう。
「えっ」
成子はまだよくわかっていないようだ。
「えー。俺だってたまには恋バナくらいしたい」
「なにが恋バナだ」
「だってあからさまにしたらセクハラになりかねないだろ?」
「えっ。恋バナならむしろ歓迎ですよ、私は」
「あ、本当?」
「やめとけ。三日酔いと胸焼け並みの苦痛だぞ」
「益子ひどいな」
「言っておきますが、真壁さん。俺、嫁と面識ありますからね?」
「!!」
珍しく真壁が表情を強張らせた。
「どういう生活を送ってらっしゃるか、そりゃもう手に取るようにわかりました」
益子が人の悪い笑みを浮かべる。
「なにかに目覚めそうなんだが」
と真壁が胸を押さえて呼吸を整えている。
「是非とも眠らせといて下さい。あと、成子。一人暮らしなら犬飼うのやめとけ」
「いき遅れるとかおっしゃるんでしょ?」
「違う。普通に犬が可哀想だからだよ。相手も生き物だぞ。お前が一人で寂しい思いをしてるのと同じように、お前がいない間、犬が寂しい思いをするんだぞ。犬が可愛いならそんな飼い方するな」
「益子さん……」
成子はハッとしたように益子を見つめる。
「目から鱗とはこのこと……!」
成子は目を輝かせて手を叩いた。
「じゃあ彼女の寂しさはお前が埋めてやるんだな」
「はっ?」
「犬飼うのを阻止した責任取れよ」
「いやいや、真壁さん。成子にも選ぶ権利がありますからね? なあ、成子」
益子が慌てていうと真壁はニヤリと笑った。益子と視線がぶつかると成子は顔を真っ赤にさせて下を向いた。
「さて老兵は去ろう。年寄りは金を出して口出ししないのが一番だからな」
と注文書を持って席を立った。
「真壁常務、ごちそうさまでした」
成子が頭を下げる。
「こちらこそ」
にこやかに片手を上げ、座敷を出ていった。
有給は誰かと合わせれば退屈しない。
益子は思う。
なるほど、その手があったか。
「成子って、休み決まってんの?」
「えっ、あっ、はい。益子さんは?」
「有給消化しろって言われてるんだけど」
「私はまだ土日祝日が休みなんですけど、益子さんはそういうとこにお休みとれますか?」
「取ったらどっか行く?」
「はいもちろん!」
成子の力強い返事が可笑しかった。
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